第9話 〝旅立ちの朝〟
すっかり日は昇り、朝になった。
血に染まった昨日の夜は嘘のように彼方に消え、明るい寒空には小鳥が羽を広げている。
俺は、まだ昨日の出来事が信じられなかった。
背中を伸ばす。
左足を動かす。
何も痛くない。それどころか、あれだけすっぱり切られたのに傷跡さえ残っていない。
その〝何ともない〟が示す違和感は、確実に、昨日の出来事を俺の記憶の底に埋め込むものだった。
第9話 〝旅立ちの朝〟
結局あの後、ギルは出血多量かなにかで倒れてしまった。
俺も背中と左足からの出血が酷かったが、朦朧とする意識の中、何とか図書館までギルを担いでいったのは覚えている。
昨日の夜のそれから――
「どうしたの、あなた達!?」
エリィが思わず叫ぶ。俺は血まみれになりながらも、近くにあったベッドにギルを寝かせた。
「それがっ……さっき変な鎌を持った奴に襲われて……それで、こいつは俺をかばってこんな傷を追って……」
息が上がったまま、俺はおおよその事情を説明する。
するとエリィは涙目になりながら、酷く焦った様子でギルの傷を優しく触り、出血の様子を確認しているようだった。
「出血が酷い……すぐ治さないと死んじゃうわ……」
「え? 治すって……」
すると次の瞬間、いつか見た時のようにエリィの右手の平が青白く光った。
「限定・包囲・解放……治癒の光!」
すると、エリィの手にと持った青い光が四散し、ギルの身体を包み込んだ。
途端その光は夥しく出血する傷の周りに集まり、光同士が手を取り合うように連結していく。
傷口が、みるみる塞がっていくのが分かった、
エリィは額の汗を袖で拭うと、今度は俺の方に向き直った。
「もう大丈夫……出血が致死量まで達していなければ、一日もあれば回復するはず」
俺は力の入らない左足で床に尻を付いたまま、呆然とその光景を眺める。
すると彼女は俺の足に手を当て、さっきと同じ呪文のような言葉を唱え始めた。
途端、青白い光が傷に入り込むようにして、だんだん血を止めていく。違和感は全く感じず、何だか気持ちが落ち着く感じだ。
同じようにして、背中を横断する傷にも光が回り込んでいった。
エリィはもう、さっきの様子とは打って変わって、安堵の表情を浮かべていた。
「……なんか、痛みが引いてきた……」
二分ほど経って左足を見てみると、もう殆ど傷は塞がっていた。
成る程。あの光は恐らく怪我の回復をしてくれるものなのだろう。
以前の俺であれば、この現代医学でも到底理解できない様な現象に、度肝を抜かれるかただ慌てふためくばかりだっただろう。
……いや、実際俺も最初はそうだったのだが。しかし、ついさっきの戦いといい、この世界に来て目が覚めてから、色々と非常識な事がありすぎた。良くも悪くももう慣れてしまったのだろう。
程なくして、足と背中の傷は完治した。触っても居たくはないし、床に垂れた血もいつの間にか消えていた。
ギルはまだ目を覚まさない。どうやら俺よりも受けたダメージが大きいため、回復に時間がかかるらしい。
「……ありがとう」
素直に、彼女に、礼が言えた。
「……ううん」
エリィは、こっちを向かずにそう言った。
——で、次の日の朝。自室のベッドの上。今に至る。
朝日が差し込む。空では小鳥が楽しそうに舞い、雲は風に流されている。
ギルも目を覚ましたらしい。下から騒がしい話し声が聞こえる。
今日、ここを出るんだと言っていたっけ。
「…………」
複雑な思いが交差する。
もし、あいつらが奴らの会社を潰してくれたら、俺は元の世界へ戻れるのだ。だったら俺はその結果に期待する。
昨日のシルファーは〝資格者〟を全て集めるのが《アルカディア社》の目的、みたいなことを言っていた。
そして、俺もその資格者の一人だ。
ある意味、鴨が葱を背負って行くようなものだ。〝飛んで火に入る夏の虫〟と言うのも正にこの事だろう。
だが、ここでじっとしてたって、いずれシルファーみたいな奴がまた来て、俺達を殺そうとするのが続く……。
「……なぁ、俺、どうしたらいいのかな……」
考え始めると、頭がこんがらがって、何だか分からなくなってきた。
まるで意識だけ宇宙を彷徨ってるみたいだ。
俺は両手で頭を抱える。
普通に勉強して。
普通に生活して。
普通に進学して。
普通に就職して——。
そんな普通の人生を、過ごそうと思っていたのに。
いきなりこんな世界に来て。全然理解が追いつかなくて。
それで今度は〝資格者〟か。
――俺の〝普通〟の生活は何故、こんな風になってしまったんだ——。
「また、会えるかな……千鳥……」
頭は、上がらなかった。
ーーーーーー
「よっしゃ! 絶好の旅出日和じゃねェか!」
ギルが思いっきり背伸びをし、太陽を仰ぐ。その後にエリィも続いて門から出てきた。
「結局……来ないのかしら、飛鳥君」
エリィが指をくわえるように、図書館の方を振り返った。目線の先には二階、飛鳥の部屋。
「……別にいいだろ? あいつはここに残るみたいだし」
「そう。それよりギル、あなた怪我はもういいの?」
「おう、バッチリ全快してるぜ! ……それにしても俺、昨日倒れる前のことあんまり覚えてねェんだよな。あの後どうなったかもサッパリだし。……まァ、結局は勝ってたみたいだし、いいか」
「……気楽なものね……そろそろ行く?」
「……ああ、行こう。あ、手ェ繋ごうか?」
「いらないわよ、ばか……」
「んだよ、寂しいなァ」
エリィは嘆息した。大量の荷物を詰め込んだリュックを二人分背負ったギルは、けらけらと笑った。
ーーーーーー
「おい! ……ちょっ、ちょっと待てって!!」
慌てて叫び声を上げた。向こうはそれに気付いたようで、揃ってこっちを振り返る。
「ったく、こんな早くに出て行くとは思わなかった…………まだ朝の六時じゃねぇか!」
掛けてあったコートを纏い、シーツを簡単に直すと、部屋の扉を開けて階段を駆け下りていく。
一階まで到達するとすぐさま廊下を駆け抜け、外に繋がる最後の門を勢いよくぶち開けた。
「俺もっ……俺も連れてけ!!」
息が上がり、肩で息をしていたが、何とか声にした。
外の風が身体に当たり、コートを揺らす。
目の前には目を丸くして俺を凝視する……エリィとギル。
「あれ……お前、来ないんじゃなかったのかよ?」
「……気が変わった」
「えぇ!?」
姿勢を直し、乱れた服を直す。二人は未だにうろたえているようだった。
「……俺も、付き合うよ。正直まだ、何が何だかよくわからねぇし。会社を潰すなんて言われてもいまいち釈然としないけど……その、俺にも俺で理由はあるから」
「…………」
二人は不思議そうな表情をしていた。俺の気がいきなり変わったのが不自然だったのか、それとも他に何か気にかかることがあったのか、それは分からないが……。
次の瞬間、二人は笑って言ってくれた。
「ああ、行こう」
「まぁ……あなたも〝資格者〟だからね」
「ってか、元々誘うつもりだったしなァ」
ギルとエリィは終始、笑いあっていた。
悩んでいても仕方ない。
それが俺の出した結論だった。どうせここにずっと居たって、元の世界に帰れる訳じゃないし、それどころか天界獣に殺されるのを待つぐらいしかできないのだ。
だったら、という訳でもないが。
最善を尽くしてみよう。
俺なりに。
下手なRPGゲームよりタチが悪いじゃないか。主人公の旅に出る理由が、〝成り行き〟だなんて。
俺は心の中で、少し笑った。
To Be Continued……
どうも郷音です。
主人公が旅に出る理由は前々から考えてあったんですが、相変わらず作者の文章力が地底王国が位置する地層よりも低いので、どうも言葉に直すとえらく不自然……というか、ご都合主義になってしまったように感じます。
後でよりいい書き方を思いついたら、修正しておきたいです。
追記:それから、少し受験勉強に追われているので、暫く掲載ペース遅くなるかも知れません。