第5話 〝理由〟
——ただ呻くしかない。
いつの間にか俺は部屋へ戻り、ベッドに腰掛けていた。
生ける屍の如く天井を見つめる俺は、さながら何を考えているのか、自分でも分からなかった。
第5話 〝理由〟
コンコン。音が鳴った。
俺はうつろな目でそっちを向く。ドアが鳴ったらしい。
「よう。元気かァ?」
入ってきたのは、あの長身の男、ギルだった。
そいつは軽い表情をしながら部屋にズカズカと入り込むと、俺が腰掛けているベッドのすぐ傍にあった椅子に腰を下ろした。
〝元気かァ?〟じゃねえだろうが……。
「……何の用だよ……」
「ん? いや、少し話しでもと思ってな」
「……悪いが、ちょっと静かにしててくれ。——俺は……自分が訳も分からないうちに、命を狙われることになってただなんて事、今を持って全然信じられない。未だに何かのドッキリじゃないかって、疑ってんだぞ」
「……だーから本当なんだって。どのみちこの『幻想世界』に来てるって時点で、お前が〝資格者〟ってことは確定なんだし」
「…………」
深い、本当に深い溜息をつく。
だってよ、信じられるか? 普通。
〝お前は特別な人間だ〟とかいきなり言われて、おまけに〝だから天界獣ってバケモノに殺されなくちゃいけない〟だとか、合って間もない奴に言われてさ。
極々普通の高校三年生であるこの俺が……あーもう、頭が痛い。
……だが、それが本当だとすればえらいこっちゃだ。現に俺はギルがあの〝天界獣〟と戦ってるところをこの目で見ている。
確かに今になって思えば、あの時天界獣は最初俺を狙ってるようでもあった。
その事実が頭の中に浮かぶと、ますます己の絶望的、かつ破滅的、かつ終局的な運命を自覚するようになる。
「あーそうだ。お前に言っておくことがあるんだったよ」
ギルが突然前に身を乗り出した。今度は何だ――
「俺ら、明日ここを出るんだ」
「――え?」
「ああ、お前とエリィと三人で」
「……どこに行くんだ? 買い物かなんかに行くのか?」
「バーカ……そんな気楽なもんじゃねェよ」
ギルが少し伏し目がちになる。
「俺にもよく分からんが、今回の時空の開き方はどこか普通じゃないらしい。いくらやっても昨日の夜から、『現実世界』に流れる時間が全然動いてないんだそうだ」
「時間が……?」
思い当たる節がある。バタバタしていたせいで忘れかけていた。それも昨日の夜って言えば……!!
「俺、多分それ知ってる……急に頭が痛くなって、気を失っちまった時だ……!」
「何? ……じゃあ、〝資格者〟はお前が最後か……」
「え? 最後?」
首を傾げる。俺の言葉に、ギルは当然のように言葉を連ねる。
「ああ、もうこれで、二つの世界を繋げる扉は完全に閉じられちまった。だから、もうこの『幻想世界』から、『現実世界』へ帰ることはできない。って事だ」
え、えええ!!?
衝撃が俺の脳裏を駆け抜ける。帰れない? 元の世界へ!? どういうこったそりゃあ!?
「そもそも二つの世界同士に流れる時間は共通してたんだ。だからその気になれば〝資格者〟なら『現実世界』へ帰還することもできたんだが……原因不明で、片方の世界に流れる時間がストップしちまった。だからそのまま移動すると時間矛盾が発生し、そいつの存在そのものが消えちまう可能性がある。少なくとも、こうなった以上もう安全に帰る方法なんぞありゃしねェのさ。同じ理由で、あっちからこっちへ来る〝資格者〟ももういないだろ」
頭の中を更なる絶望感が貫く。……そうか、俺はもう元の世界には戻れないんだ。一生この世界で、あのバケモノ達に殺されるのを待つしかないんだ……。
最早諦めに近い形で、俺はがっくりと肩を落とす。だがそれに反するように、ギルは厚い胸の前で握り拳をつくった。
「大丈夫だ。そのために、明日あいつらの元締めをぶっ潰しに行くんだから」
「元締め……?」
「ああ、あいつらの出所は《アルカディア社》って会社からなんよ。〝資格者〟をねらってんのはどうもそいつららしくて、天界獣を刺客として送ってくんのもそいつらだ」
「……会社、ときたか。何か急に日常的な響きに……」
「とんでもねェ。あいつらはただの闇企業さ。裏の世界に堂々と籍を置いて、虎視眈々と俺達を狙ってる。だからそいつらを潰しちまえば、おかしくなった次元空間も元に戻せるかもしらねェし、少なくとも天界獣から襲われることは無くなる。だからその危険を排除しようって事で、明日ここを出るんだ」
「……そうか……なら、お前らがその会社を完全に取り壊してしまえば……!」
「あ? 何言ってんだ。お前も行くんだよ」
「……はい?」
一瞬、言われた意味が分からなかった。だが、ちょっと前にこいつが言っていた言葉を思い出す。
「言ったろ? 俺とお前とエリィとで、三人で行くって」
「な、何で俺まで行かなくちゃいけないんだ!!?」
思わずベッドから飛び起きた。だが、ギルは至極当然のように話を始める。
「だーかーらー。お前も俺と同じ〝資格者〟だから、俺みたいに個別の「能力」を手に入れられるかも知れねェんだ。戦力になるんだったら、連れて行った方が良いってのが得策だろ?」
「ふ……ふざけんな!! 何で俺がそんな危険なマネしなきゃあ……!」
「どっちみち、あいつらを何とかして原因を確かめねェ限り、元の世界に戻ることはできないんだぞ?」
急に怒りがこみ上げてくる。
「けど……っ、そんなの絶対嫌だ! あの天界獣とかってバケモノとも戦って行かなきゃいけないってことだろ!?」
「まあ、そうなるなァ。必然的に」
「……死ぬかも知れないんだろ!?」
「そりゃあ、もちろん」
息を切らしながら大声で続けた。だが、ギルは至って平然としている。
……なんでだよ。信じられるわけないだろ。俺は普通の高校三年だぞ? いきなり漫画やゲームみたいに戦えなんて言われたって、そんなことできるか! やられたってコンティニューできる訳じゃない。それで終わりなんだぞ!!
「俺は、行かねェぞ……」
再びベッドに腰を下ろし、静かに口を開く。
「行くならお前ら二人で行ってこいよ。俺はそんな危険なことになんて関わりたくない。……こんな若さで死の危険に晒されるなんて、まっぴら御免だ」
「……そうか」
ギルはそう答えた。立ち上がると、部屋のドアに向かって歩き出した。
「まあ、嫌がる奴を無理矢理連れて行ったって、死人が増えるだけだし。「能力」を手に入れられるかどうかも怪しいもんだしな。まあ、俺が世界を元通りにできたら、そん時は勝手に『現実世界』へ戻るといい。それでお互いにOKだろ」
「……何でだよ」
ドアの取っ手に手を掛けていた彼に、その言葉を発する。ギルはその場で立ち止まった。
「何で、そんなに命賭けて戦うんだ? 元締めを潰して危険を完全に排除するってのは確かに合理的だけど、別に来た奴を追っ払ってるだけでも良いだろ? 相手の土俵まで行って乗り込んでいくなんて、わざわざ死にに行くようなものじゃないのか?」
「…………」
しばらく場の空気が膠着する。少し経った頃、ギルは静かに口を開いた。
「俺はさ、エリィのために戦ってんだ」
「エリィ……あの女の子?」
「ああ、あいつちょっと訳あって、小さい頃から母さんが居なくてさ。他に頼れる奴も居なかったから、今は幼馴染みの俺が親代わりみたいになってんだ。けど俺は天界獣から命を狙われてる身だろ? だからあいつにも危険が及んじまうんだけど、あいつは離れたくないって言うし。だからせめてその危険をなくしちまえば、俺達は二人でいつまでも、平和に暮らしてられるから」
ギルは胸ポケットからライターを取り出すと、くわえたタバコの先端に火を付けた。
「まあそれも十分危険じゃあるが、俺は絶対エリィを守ってみせる。願わくば戦力になりそうなお前にもついてきて欲しかったけど……嫌なら別にいい」
それだけ言うとギルはずっと握っていた取っ手を引き、外の廊下へと出て行った。扉がパタンと閉まると、部屋の中は再び静寂に包まれた。
居るだけで騒がしい男だ。そう思った。
だが、あんな男にも優しい面はあったんだな。
ま、確かにあの男とエリィに同情はしてやれるが……だからと言って俺までついていく必要は無い。ある訳ない。
行くなら勝手に行ってくれ。こんな急展開を……俺は認めない。
あわよくば世界の次元空間とやらを元に戻した後、俺は勝手に『現実世界』へ帰らせて貰うよ。
窓の外は、だんだん夕暮れ近くなっていた。
俺は、布団に寝ころんだ。
To Be Continued……
明けましておめでとう御座います、郷音ヒビキです。
急展開で申し訳ありません。
昨日年超す時は、寝てました。