第22話 〝memory of Kobato-②「春と小鳩」〟
「よっ」
「…………」
コバトは窓を覗き込みながら、ガラスの向こうに映る一つの人影に向かって声をかけた。
窓の向こうの部屋の中はしんと静まり返り、昼間だというのに明るさも感じられない。その人影はそんな虚空間の中に、人形のようにひっそりと座っていた。
「おーい、ハル」
コバトは二度、人影に向かって声を投げかけた。
すると人影はその声にようやく気付いたのか、ゆっくりとコバトの方を向いた。
そして小さく息を吐くのと同時に立ち上がり、人影は……。
「ハル、またきt……」
「こんの、アホがぁぁぁっ!!」
滅茶苦茶に、怒鳴った。
第22話 〝memory of Kobato-②「春と小鳩」〟
「……ってぇぇ〜〜っ!!」
地面の上で、脳天を押さえながら転がり回るコバト。そしてその様子を、上から鼻を鳴らしながら睨みつける一人の少女。
激しい一筋の閃光が走った次の瞬間には、景色はもうこれに変わっていた。
その少女は、「フォレスト」の市民が着ているような普段着とは懸け離れた絢爛さを持つ可愛らしいワンピースに身を包み、少し大きめの麦わら帽子を被りながら窓に手をかけていた。
少し色の黒い肌に、癖がある長めの黒髪を風になびかせ、黒く大きな瞳で少女はコバトを見下げる。そしてコバトの頭を直撃したその右腕の拳には、猛獣のようなオーラを纏った気迫があった。
「っく、てめぇ何すんだハル! せっかく遊びに来てやったってのに!!」
コバトは頭に大きなコブを作りながら、上の窓から頭だけ出している少女に抗議の声を上げた。
しかし少女はそんなコバトの声を打ち返すような凄い剣幕で、逆に怒鳴りつける。
「やかましわ! いっつも梯子から登って来るんはノゾキやから、やめぇ言うとるやろうが!」
「誰もてめーなんか覗く訳ねぇだろうが! この暴力女!」
「何やと!? 女の子に向かってなんちゅう口聞いとんねん、このクソガキが!!」
二人はお互い大声を上げながら、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てた。ここが街から離れた森の中でなければ、確実に近所から苦情が飛んでくるくらいの大声で。
口論は暫く続いていたが、やがてコバトは数十分前の同じような喧嘩、またここまでずっと走ってきた体力の消耗も相まって、先に息切れを起こしてしまった。
次第に肩で息をするようになり、腰を芝生の上に着く。こういう喧嘩の途中で自分から戦線離脱をするのは、何だか相手に負けたような気がして悔しいのだが、そうも言ってられないほどにコバトは少々疲弊しきっていた。
このまま口論を続けても、どうせあの女には言い負かされるのがオチだろう、と思ったからだ。
「……っはぁ。あぁ、疲れた……」
額に汗を浮かべながら窓を見上げるコバトに対し、少女は高みから少し勝ち誇ったような表情を浮かべた。
コバトはやはり不機嫌な顔になったが、反面、少女は今までの口論を楽しんでいたかのように少し笑うと「ところで」と話を切りだした。
「なんや、あんた何でまた来たん?」
「……お前、さっきそこら辺のガキに何か言われてたじゃん。……ちょっとだけ心配だったからよ」
「…………」
その言葉を聴いて、少女はさっき浮かべた笑顔を少し曇らせた。が、次の瞬間にはまた
「……何や“そこら辺のガキ”て。お前も十分ガキやないか」
と、同年代の子供に比べて少し身長が短めのコバトへ塩を塗り込むような一言を放っていた。
「なっ……っせーな! そういう事じゃねーだろ!」
「それにアタシの事が気になったかて一日に二回もこんな辺鄙な所へ来るなんて、お前も大概変わり者やのぉ」
「てめーっ! それが客に対する態度か!」
コバトはまた声を張り上げるが、上から見下ろす少女の猛烈な毒舌には敵わず、しばらくすると再び地面に座りこんでしまった。
「……なぁ、コバト」
それから数分。コバトがすっかり上がってしまった息を鎮めていると、不意に少女が口をゆっくりと開いた。
その口調はさっきまでの剣幕のような激しいものではなく、どこか曇った感じの声色で。
「ん?」
「ホラ、お前今日はあそこ、行かんのか?」
少女は、窓の外をぴんと指さした。
人差し指の先端が示す場所は、周りの森よりも一際目立つ、一本の大きな大樹。
そこは、コバトにとっても少女にとっても、行き慣れた場所。
コバトはやっと引いてきた額の汗を袖で拭うとすっと立ち上がり、腰に両手を当て、言った。
「……しょーがねーな。連れてってやるよ」
ーーーーーーーーーーー
「大丈夫か? ハル」
「心配すんなや。……よっと」
コバトは雑草が生い茂る草むらを少女よりも先に抜け、ハルと呼んだその少女を、手を引くように引っ張る。
ハルはその手に引かれながら、背の高い雑草の壁を、その細い足を上げて通っていく。
二人が進んでいるのは、屋敷から少し離れた小さな山。
そこへ行く道のりは町中よりも荒れているため、粗悪な生え方をした草木やごろごろと転がる石が後を絶たない。 コバトは、後に続くハルの行く手を遮る雑草を時々横に蹴飛ばし、道を作りながら進んでいった。
「……しっかし、アタシも情けないもんやな。こんなガキにエスコートしてもらわんと、マトモに外も出歩けんとはな」
ハルは小さくため息をついて、そう言葉を漏らした。しかしコバトは、
「ふん、そんな事気にすることねーよ。それに、俺はもうガキじゃねぇ」
と、少し強がったように言う。
そのコバトの姿が、精一杯背伸びしているのがバレバレで。それが何だか可笑しくて。
ハルは、くすっと笑った。
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「……着いたぞ」
歩き始めて十数分。
コバトとハルは、目的地、屋敷の窓から見えた大樹の麓に立っていた。
燦々と太陽が照りつける中、ハルは額に汗を浮かべながら、不規則に肩で息をしていた。その小さな肩胛骨が、白いワンピースに汗で張り付き浮き彫りになっている。
「……大丈夫か? 無理に来なくてもよかったのに……」
そんな疲れて見える彼女をコバトは心配し、背中に手を当てながら声をかける。しかしハルは「にっ」と歯を見せて笑うと、その手を払いのけるように立ち上がった。
「なに、ちょっと疲れただけや。それよりホラ、今日もあそこまで連れてってくれ」
ハルの視線の先は、大樹の天辺。地上から数十メートルはくだらないその高さは、見上げれば首が痛くなってしまう程だった。
コバトはハルの疲れかたを見ると少し怪訝な表情を浮かべたが、すぐに彼女の両手をとって自分の腰に回すと、ハルを体におんぶさせる形で大樹に手をかけた。
「よっしゃ、落ちないように、しっかり掴まってろよ」
コバトはそう言って気合いを入れると、少しずつ、大樹を登り始めた。
To Be Continued……
時間がねェ……orz
進められなくてすみません。