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第2話 〝目覚めて、其処は〟


 ―深く沈んだ闇の中

  夢か現か分からぬ記憶

  それらは「黒」を廻りつつ

  やがて「白」へと近づいてゆく―




          第2話 〝目覚めて、其処は〟




 あれからどれくらい経ったのだろう。真っ黒だった視界が、少しづつ開けていく。

 辺りがぼんやりと見えだしてきた。頭の奥底が痺れる感覚が、僅かに残る。

 俺は……どうなったんだ? おい、誰か答えろよ。誰か――


「……ハッ」

 ――目を覚ました。頭が、くらくらする。

「俺……一体どうなって……」

 体中が、何か柔らかい物に包まれている感覚がする。この重力の感じ方は……。そう思い、俺はよろよろと上体を起こした。

 俺はベッドに寝かされていた。見た限りえらく高級そうなベッドで、前と後ろの方には青色で縁取った装飾が付けられている。シーツも毛布もふかふかで、肌触りも凄く良い。俺の家のベッドとは、比べものにならない程上質な物だ。

「……ここ、どこだ……? 俺は確か、塾から家へ帰る途中……急に頭が……」

 朦朧とする頭でしばらく考えていたが、はっと気がつくと、俺はそのベッドから跳ぶように跳ね起きた。

 訳が分からず、辺りをきょろきょろと見渡す。〝その光景〟を目にすると、思わず自分の記憶を疑ってしまった。

 そこは「部屋」だった。とんでもなく豪華絢爛な、高級そうな部屋だ。

 まず目に入ったのは、自分が寝ていたベッドのすぐ傍にある、豪華な装飾が施されたティーセット。下を見ると、規則正しく並んだ大理石の床に敷かれた艶のあるカーペットが敷かれている。

 部屋の壁には、床から天井まで届くほどの巨大な本棚がいくつも並べられ、その中には見たこともないような分厚い本がぎっしりと詰まっていた。

 近くの窓からは暖かい朝日が差し込み、ベッドを明暗で照らし出している。いつの間にか夜が明けていたようだ。

「…………」

 俺はバカみたいにポカンと口を開け、それらを呆然と見渡す。

 ……俺は一体、どうなってしまったんだ。

 何度も何度も同じ問いを自分に繰り返す。

「……夢でも見てるのか?」

 現状では、それしか思い浮かばなかった。それほどに、その部屋の豪華さは常軌を逸していたのだ。


 すると突然、前方から「コンコン」という、何かを叩く音が聞こえた。目をやると、そこにはこれまた豪華な両開きの扉があり、部屋の外側からその扉がノックされていた。

 ノックをされているのだから「入ってます」と答えるべきだろうか? いや、そんな訳ないか。一体、どういう対応を取ればいいのか……?

 回らない頭でそうこう考えている内に。ギイッと小さな音が鳴り、両の扉はゆっくりと左右へ開かれた。俺は反射的にその向こうを凝視する。


「あら、気がついたみたいね。気分はどう?」

 扉を開けて部屋に入ってきたのは、明らかに自分より年下で背の低い、一人の少女だった。少女は俺が寝ていたベッドの側まで来ると、近くにあったティーカップに、ポットから紅茶を注ぎだした。

「……えっと……あの……きみは……」

 俺はというと全く状況が飲み込めず、恐る恐るその少女に尋ねる。

「……ああ、駄目よ、まだ寝てなくちゃ。熱はないみたいだけど、何だか凄くうなされていたし」

 紅茶がティーカップに程よく注ぎ込まれると、少女は俺にそれを差し出した。

「ハーブティー。美味しいわよ」

「……え、あ、どうも……」

 取っ手の方を受け取り、カップに口を付けて紅茶を飲む。……あ、これは美味しい。しつこすぎないほのかな甘みに少々の酸味が上手く解け合い、フランスの大地を彷彿とさせるふくよかな旨味が……って、何を言ってるんだ俺は。別に紅茶にうるさい訳でもないんだが。

 俺はティーカップから口を離すと、深く深呼吸をし、意を決して少女に尋ねた。

「あの……ここはどこで、君は誰なんだ? ここは君の家なのか? 俺はこんな所に来て寝ていたつもりは無いんだが……」


 すると少女は近くにあった小さな丸椅子に座り、こっちを向いて俺と向き合った。

「あ、自己紹介が遅れたわね。私はエリィ・ローホワイト。ここのアダム図書館の管理人で、近くに倒れてたあなたをここで介抱させて貰ったの」

 その少女はとても綺麗な声で、至って真面目な風にそう言った。エリィ……ってこの女の子、外国人なのか? ってか、え、アダム図書館? 何それ? そんな名前の図書館なんて近くにあったっけ?

 俺はまだ状況が理解できなかったが、とりあえずそのエリィという女の子に名乗っておくことにした。 

「あァ……俺は夏目 飛鳥。どうぞよろしく……」

「うん、夏目君ね。私のことはエリィでいい」

「はァ……そうですか……」

 うーん。何だか微妙に会話がズレている気がする。その少女エリィは、自分のティーカップに紅茶を注ぐと、実に上品な仕草で紅茶を飲んだ。

 よく見ると、エリィは実に可愛らしい少女だった。顔は人形のように整った顔立ちで、薄い紫色の繊細な髪を、腰の辺りまでストレートに伸ばしている。瞳は吸い込まれそうな紫色で、その周りには少し大きめの銀縁眼鏡。服の袖はすこしだぶだぶで手首が出ていない。身長は低く、多分百五十センチ台くらいしかないだろう。……総合して言うと、とても可愛い。

 俺が少し見とれていると、エリィは少し下を向いたまま静かに口を開いた。


「……で、あなたは人間?」

「……は?」

 ? ? ? 一瞬、聞かれた意味が分からなかった。というか、何となく嫌な予感がする。さっきのアダムなんとかという発言も然り、もしかしたらこの可愛い女の子は「電波」なのか? という可能性が出てきた。だとしたら、参ったな。どういう風に対応すれば良いんだろう……?

「……まあ、な……。他に何がいるってんだ?」

 俺は恐る恐る聞き返す。するとエリィは「やはり」といった表情を浮かべた。そこから先、エリィの小さな唇は機械のようにぺらぺらと動き始めた。

「やっぱり……。じゃあ、驚くかも知れないけど、しっかり聞いて。」

「お、おお」

 ごくっとつばを飲み込む。彼女の次の言葉は——


「この世界は、あなたが元々居た世界とは違うところなの」

「…………はい?」

 変わらず、エリィはぺらぺらと喋り出す。

「あなたが元々住んでいた世界と、今ここにいる世界は全く違う物だということ。前者は『現実世界』と呼ばれていて、主に人間達が暮らしている世界。あなたもその『現実世界』に住んでいて、〝こっちの世界〟にはそこから来たの」

「……えっと……」

「そして、今私たちが居るこっちの世界は『幻想世界』と呼ばれる、もう一つの世界。『現実世界』とは次元的に隔絶された空間に存在していて、本来この『現実世界』と『幻想世界』の間を物質が行き来することは不可能――」


「ちょっと待て」

 思わず会話を強引に断ち切った。いや、最早今のは〝会話〟ですら無かったと思う。

「……意味が分からない。お前、それ本気で言ってるのか? 笑い話ですら……」

「信じられないというのも分かるけど……でも、今はこんな説明しか……」

 エリィの目が、少し俯く。

 だが俺は少し強めの口調で、嘆息しながら立ち上がった。

「悪いけど、そんな電波話につきあってる程暇じゃない。よく分からないけど、介抱してくれたのは礼を言うよ。でも、俺も早いところ家に帰らないと。」

「……でも……」

 まだとぼける気なのか。

 俺はこの理解しがたい状況に、追い打ちを掛けるような彼女の意味不明な物言いに混乱し、少し腹が立ってしまったのかも知れない。

 右手に握っていたティーカップを近くの小さなテーブルの上に置くと、俺はさっきエリィが入ってきた扉の方へと向かい、つかつかと歩いていった。

 そうさ、俺だって暇じゃない――。

 そう思い、扉に手を掛けた瞬間だった。


 ドゴオオオオオン‼

 突然、轟音が鳴り響き、地震のような地響きを感じた。その音はかなり近くで発生したらしく、部屋の中は缶に入れられバットで叩かれたかのような衝撃を受けた。

「なっ、何だ地震か⁉ ……うわわわっ!」

「きゃああああっ!」

 俺は思わず、目の前にあった扉の取っ手にしがみつき、揺れに抵抗する。

 後ろでエリィの甲高い悲鳴が聞こえた。

 咄嗟に考える。いくら意味不明な奴とはいえ、こういう時に女を守るのは男の使命だ、と。

 すぐさま彼女の近くまで行こうと、急いで振り返ろうとした瞬間だった。


 思わず目に入った部屋の窓。その向こう側に、俺は見た。

 体長はおよそ横に三十メートル。身体の色はドス黒くゼリーのような形状をして、いくつもの眼球と手足を持った、そう……これを怪物と呼ばずして何と呼ぶといった、まさしく怪物が……俺の目に入った。

「ギャアアアアアアアア‼」

 その怪物は鼓膜が破れんばかりの奇声を発し、咆哮をあげる。

 思わず腰が抜ける。

 声が出ない。

 なんだあれは。

 およそこの世の生物ではないであろうその異形のバケモノを、俺は床にぺたんと座り込んだまま、ただ驚愕するしかできなかった。


 すると、その怪物の眼球の一つが、こっちを見た。

 途端、あいつの体中の全ての眼球が、一斉にこちらをギョロッと睨み付ける。

 俺は反射的に、窓の死角に座り込む。

 どうしよう。体中の震えが止まらない。

 あんな気味悪い生物を見たのは、勿論俺は生まれて初めてだぞ!


 そして次の瞬間、一番聞きたくなかった音がした。

 その怪物が歩き、地が揺れる音。そしてその音が、段々こっちへ近づいてくる音。

 瞬間、悟る。

 嗚呼……俺は死ぬのか。あのバケモノに喰い殺されるか何かして。

 俺の頭には、最早自分の命以外の事項など頭の中にはなかった。



「大丈夫。私が止める」


 ふと、後ろの方で小さな声がした。振り返る。

 そこに居たのは、精悍な表情で窓の外の怪物を視野に入れて立つ、紛れもないあの少女、エリィだった。

 おい……こいつ、大丈夫なのか?

 俺はただただ、彼女を凝視するしかなかった。

 


To Be Continued……


どうも、郷音ヒビキです。

2話目です。楽しんで読んでいただけたら良かったです。

未熟者ですが、3話以降もよろしくお願いします。

一応、次回からバトル展開ですので……。

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