第19話 〝アルカディア社「帝」地帝ガンドラ〟
身体が、焼けるように熱い。
――けど、周りは凍ったように静かだ。
自分の心臓の鼓動だけが、やけに響いて聞こえる。
余計な感情が引いていくような――。
何だ、これは。
第19話 〝「アルカディア社「帝」地帝ガンドラ」〟
「……………………」
ぼーっとしたまま、右手の刀を見る。
いつか、何処かで見たことがある、朧な月明かりを跳ね返し、鋭く光る日本刀。
――あの夜見たものと、同じだ。
けど、俺は……どこか焦点が合っていないような目で。
虚ろな感情で、〝それ〟を見ていたような気がする。
「……………………」
何も言わぬまま、何も考えぬまま。
ただただ、〝それ〟だけを見ていた。
「ゲゲ……」
ふと、こちらが何もしてこないのに痺れを切らしたのか。さっきと同じようにまた複数の天界獣が、唸り声を上げながらこちらを睨み付けてきた。
「ゲギャアアアアッ!!」
「……………………」
「……グギャアアアアッ!!」
「……………………」
――だが、どれだけそいつらから激しく威嚇されても、俺はまるで気にも止めなかった。いや、むしろ耳に入ってすらこなかった。
心が身体を捨てて出て行った後のような抜け殻の如き感覚と、静かに、ふつふつと胸の奥に込み上げてくる不思議な感触。それだけが、この時の俺の全てだった。それ以外の事なんて、俺の世界には無かった。
自分でも、俺が誰だか分からなかった。
そいつらが何なのか、分からなかった。
「ギャアアアアッ!!!」
途端、五体ほどの天界獣がもの凄いスピードで、俺を目がけて突っ込んできた。あまりにその動きが速かったのだろう。俺と天界獣の間の距離は、一瞬で目と鼻の先まで縮まってしまった。
俺は――普段であればその光景に戦慄く所だったが、今はそんな感情さえ沸かない。何も感じず……ただただ、冷たく冷え切った瞳でそれを傍観していた。
逆に、それ以上の冷たい感情で。
――そいつらの方に振り返りつつ……俺は無意識に、右手の刀を振った。
ドクンッッ!!
「ゲ………!」
再び、血が沸騰するような感覚を感じた後。
襲ってきた天界獣達は……
大量の鮮血と共に、全員が宙を舞っていた。
「ゲギャアアアアッ…………アアア……アッッ……!!」
苦しそうな悲鳴を上げ、血を吐き出しながら、ドシャドシャと次々に地に堕ちていく。
「…………!!」
その光景を見てやっと——俺は意志を取り戻し、初めて、それを確認できた。
虚ろだった精神が、身体に戻っていく感覚を感じる。
血に染まった視界を目の当たりにし、青ざめると同時に息を飲んだ。
何だ、これは。
「……ちっ、面倒くせェな。こんな時に能力に目覚めちまうなんてよォ」
「え?」
ふと、奥の方で野太い声が聞こえた。
聞き覚えはない声だ。誰だろう。
「まあいい。もう一人の方は殺しちまった事だしな。次はテメェだ」
「…………な!!」
瞬間。声が聞こえていた奥の方から、途轍もなく巨大な岩の塊が砲弾のようにぶっ飛んできた。
「な、何だ!?」
岩は凄い速さで、螺旋回転を描きながら俺の方へ向かってくる。途中の軌道上にいた天界獣達はその岩石に巻き込まれ、苦しそうに身を引き裂かれていく。……ちょっと待て、何だいきなり!?
「死になァ!!」
「うっ、うわあああっ!!」
思わず目を塞ぎ、迫り来る岩石を直視できず目を背けてしまう。
——が、次の瞬間。
スパンッと小気味良い音がしたかと思うと、目の前まで接近してきていた岩の塊は、真っ二つに切断されていた。それはもう包丁でジャガイモを切ったときのように、見事に。
二つの半月状となった岩石は断面の間で俺を避けるように通り過ぎ、遥か後ろで轟音を立てて粉々に砕け散った。
「…………は!?」
「ちっ、こいつじゃ殺せねェか。面倒くせェな」
俺が事態について行けずに汗をダラダラ流していると……。
声が聞こえる奥の方から、さっきのような巨大な岩石が何十発も、さながら流星群の如く大量に飛んできた。周囲にいた天界獣は危険を察知したかのように、一目散に避けだした。
「オラオラァ! こいつならどうだァ!?」
「いや、な、なんだよこれ!! ちょっと待って……!!」
言うが早いか、俺は震える腰を無理矢理立たせ、さっきの光景を回想のように思い出す。
——思い出せ! さっき俺はどうやって……!!
「……ん?」
すると、ふと、右手に握っていた細身の日本刀が視界に入った。
……俺はいつの間にこんな刀を持っていたんだろう。皆目見当は付かないが……だが、さっき起こった光景を説明するには、今はこれぐらいしか思い浮かばない!!
「……だああああっ!!」
俺は悪あがきをするように、右手に握っていた刀を目の前で無茶苦茶に振り回した。
まるで小学生がテレビのヒーロー番組を真似ているようで情けなかったが……この時の俺には、これしかやる事がなかったのだ。
——すると、どうだろう。
視界にはいま刀を振った軌道がそのまま強調されているかのように、ぼんやりと薄い緑色に光る流線が、あちらこちらに鋭く宙を舞った。
「…………!!」
その光る流線に触れた岩石はことごとくズタズタに切り裂かれ、やがて破壊されていく。そんな光景が目の前で何度も何度も、流線と接触した岩石全てに行われていくのだ。
俺はとことん理解が追いつかなかったが……
「……あれ? これって……」
一つだけ〝感づいた事〟があった。俺の予想が正しければ、この刀は……。
途端、宙に放たれた流線に運良く触れず、原型を保てている岩石が数個、俺の方に向かって引き続き凄い速さで飛んできた。
「やっべ……!」
だが俺はさっきよりかは落ち着いた心持ちで……右手に握っていたその刀を強く握りしめると、野球のバットを持つように肩に構えた。
「……うらあっ!!」
叫ぶと同時に、力の限り刀を振り切った。
……しかし、俺はさっきの〝感づいた事〟を試す意味でも、少し変則的な振り方をしてみた。
その軌道はバットでボールを打つときのような直線的なものではなく、目の前で螺旋を描くように円形に振り切ったのだ。
すると……俺の思っていた通りの事が起きた。
「やっぱり……」
今度は、目の前でグルグルマークのように、さっきの光る流線が何重にも螺旋回転を描いて浮き出た。それは回転を加えつつ、眼前でどんどん幅を増やしながら大きさを増していくと、やがて俺の視界を埋め尽くすかの如くバカでかい大きさとなった。
「いっけええええええっ!!」
俺の身を守るように〝盾〟となった平面上の渦は、向かってきた岩石を触れると同時に一瞬で切り裂き、粉に変えてしまった。
「……やった……」
安堵して、がっくりと膝から座り込む。
「ちっ、おいおい何つう能力だよ……。マジか」
――だが、向こう側からは変わらずあの野太い声が聞こえて来る。状況からして今の岩石は、十中八九あの声の主の仕業だろう。
俺は何とか口を開けると、まだおぼつかない心臓を抑えるように口を開いた。
「誰だ、お前……」
すると奥の暗闇から……満を持してというように、一人の大柄な男がのっしのっしと現れた。
「ちっ、まだ覚醒したばっかのガキだが……とりあえず、名乗っておいてやるか……」
そう言うと男は――低い声で言い放った。
「俺はアルカディア社の〝帝〟、ガンドラ!! てめェら〝資格者〟を殺しに来た!!」
大地が、揺れるのを感じた。
過去に聞いたその言葉に――俺の右手は、無意識に強く〝それ〟を握り返した。
To Be Continued……
ども、Kyouneです。
二人目の帝、登場です。物語はどんどん佳境へ……って感じですね。飛鳥の能力にもご注目。そして次回から、あの人の過去も明らかに……。
最近、創作意欲が凄いので一日一話ペースで更新出来てます。パソコンが壊れてた時の反動ですかねww。
こんな駄文をいつも読みに来て頂いている読者の皆様には、本当に感謝しております。