限界と決着
なぜ?
私の思考の大半を疑問が占める。
その疑問に答えるようにファングの声が頭の中に響いた。
『時間切れ、だ』
時間切れ?
何の?
答えに辿り着く前に私を激しい脱力感が襲った。
「あ――――」
足で踏ん張ろうにも力が出ない。
私は重力に引かれるままに倒れ込む。
『力の使い過ぎだ。今お前の体力は切れた。故に最悪の事態になる前に魔獣の力を止めたのだ。見よ、もう立つことすらままならんだろう』
「でも……」
もう少しで勝てた。
私の抗議の言葉は発する前に遮られる。
『このまま使い続ければ、魔獣の力は生命力をも吸い付くし、敵を倒す前に死ぬ。死なずとも肉体には深刻なダメージが残るだろう。娘、これがお前の限界だ』
「そう…………」
身体はぴくりとも動かないが、意識はまだ保てている。
ギリギリのところでファングが止めてくれたおかげだろう。
そして意識があるからこそ、ファングの言葉が胸に刺さる。
私は……弱い。
どんなに背伸びをしようとも、これが今の私の限界。
手を精一杯伸ばしても、届かない場所があることに悔しさが込み上げる。
「まだまだ、なんだね」
溢れそうになる涙をこらえて、言葉で吐き出す。
「……くそ……お前、俺に……何をした?」
じんわりと感傷に浸る私の隣では動けるようになった男が膝をついていた。
「……私にも分からない。必死で戦ってたら、そうなったってだけ」
「そしたら何だ、俺は訳の分からないものにしてやられたってか。ったく、どこまでもふざけた奴だ」
男は少し笑って、立ち上がる。
「やめだやめだ。今回のは分けってことにしといてやる。お前もそれで文句ないだろう?」
「……引き分け? 限りなく、というかほぼ私の負け、ですけど」
「俺からして見れば格下の相手にここまで手を焼かされた時点で負けみたいなもんだ」
「……そーですか」
「お互い勝ちじゃねえのは合意してる。なら分けってことで納得しようじゃねえか」
私は表情を微妙に曇らせた。
不服。
けれど、少なくとも妥協で引き分けに持ち込めるくらいの戦いはしたということだろう。
かなり無理矢理ではあるが、可能性を示すことはできたと自分を納得させるしかない。
「……分かりました。引き分けってことにしときます」
「合意できてなによりだ。やれやれ、とんだ道草を食っちまった。ま、それなりには楽しかったがな。最後にお前、名を聞かせろ」
「……ラン・グラシューです」
「ラン……か。俺は、クラン【フォークリア】が長兄。ヴァース・ディル・フォークリアだ。ラン、次に会った時は俺が殺してやるよ。じゃあな」
ヴァースはそれだけ言い残すと、あっという間に姿を消した。
さっきまで姿があったことが嘘のよう。
この現象だけでもヴァースとの差を感じざるを得ない。
「ラン、大丈夫か?」
私に差し伸べられる手。
手を視線で辿ると、ルーシェの心配そうな顔が見えた。
「うん……何とか」
言葉を返しながら天を仰ぐ。
「幸い、馬車への被害は少ないそうだ。ブランも健在だ。私たちの準備ができ次第、出発するそうだが動けるか? ラン」
「……うん、歩くだけなら」
少し時間を置いたからか、かろうじて動けるようにはなっていた。
ルーシェの手を借りて、ふらふらしながらも立ち上がる。
「いい戦いだった。格上の相手を前によく戦ったものだ」
「……うん」
ルーシェが何か言葉をかけてくれているのは分かる。
きっと私のフォローをしてくれている。
心配そうな表情から私を気にかけてくれているのは、よく分かるのだけど。
今の私には、その想いに応える余裕がなかった。
「ごめん、もう一人で歩けるから」
手を添えてくれていたルーシェを遠ざける。
まだおぼつかない足を何とか前に出して、歩く。
今は1人になりたい。
やりきれない思い。
誰にもぶつけられない感情。
それらを抱えながら、私は一人で馬車へと歩いていた。




