表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/55

迅狼

〈sideラン〉


「……っ……はっ……」


 全てにおいて上回る強者がいる。

 私なんかが勝てるなんて思うのもおこがましいほどの強さ。

 全力をぶつけても、まだ程遠いと思わせる実力差。


 相手が悪かった――――


 きっとそれは正しい。

 正当に成長を望むなら、実力に見合った相手が良いというのが道理だろう。

 私にだって、そんなことは分かっている。


 ただ、人生はそんなに甘くないのだ。


 少しずつ、順当にステップアップなんてものは理想でしかない。

 草原を走る小鹿が不意に猛獣の餌食になるように。

 絶望は常に私たちの隣にあり、こちらの都合など構いやしない。


 今回だってそう。

 目の前の男が撤退ではなく、殲滅する方針を選択していたら?

 一緒にいるのが、リーシェの試練を乗り越えたディノたちじゃなく、レイやミアだったら?


 多分、私は――――


 最悪の光景が頭に浮かびそうになって止める。


 とにかく私は、今回のことを『運が良かった』というだけで済ませてはいけない。

 この降りかかった絶望に一矢でも報いなければならない。


「ふぅ……」


 乱れた呼吸を整えて、息を吐く。

 短剣をしっかりと握り、眼前の敵を見る。


「もう止めだ。一瞬カッとはなったが、少し頭が冷えた。やはりここでお前とやり合う必要性はない。時間の無駄だ」


 男は構えを下げて、はっきりと言う。

 

 悔しい。

 今の私は、男と戦う相手にすらなれない。


 募る悔しさが、私の全身に力を込める。


「おお、怖。だが、何と言われようと俺はお前を相手にしない。俺の興味を惹かない限りはな」

「それは、興味を惹けばいいってこと?」

「……意味の取り方はお前に任せよう。どうするにしろ、俺はこのままなら帰るだけだ」


 男は再び踵を返す。

 特別な気配もない。

 本当にこのまま何もしなければ、帰ってしまうのだろう。


「それだけは……だめ」


 私はまだ納得できていない。

 この戦いで何も得ていない。

 せめて、何か次に繋がるものを掴まなければならない。


「ファング、第一段階(ファーストフェイズ)よりも力を出せる?」

『出来なくはないが、お前が耐え切れん。瞬く間に力の負荷に潰されるだろう』

「なら、その一瞬だけ。私に力をくれる?」

『構わんが、それでもお前にいく負荷は相当だ。それでもいいのか?』

「大丈夫。それじゃあ、私がこう合図したら――――」


 ファングとの打ち合わせを済ませ、私は短剣を構え直す。


 変わらず、男は背を向けたまま。

 こちらへの興味など微塵もないのだろう。


「馬鹿に……して!」


 魔力によって加速された私の足は、すぐに男を間合いに捉えた。

 そのまま握った短剣が男の首元めがけて伸びていく。


「ちっ…………同じことを繰り返し――――」


 男は振り向きざまに私の短剣を払おうとした。

 迎撃の所作としては申し分なく、タイミングに寸分の狂いもなかった。


 しかし、私の短剣は払われることなく、男の右腕を切り裂いていた。


「くっ……! お前……何をした?」

「加速ですよ。あなたに攻撃を払われる瞬間に、ね」

「加速……だと?」


 そう、私は行ったのはそんなに複雑なことじゃない。

 言ってしまえば、ただの加速だ。


 攻撃が当たる瞬間にだけ、第二段階(セカンドフェイズ)を解放。

 第一段階(ファーストフェイズ)を超える、そのスピードを以て加速、攻撃する。


 限定的な第二段階(セカンドフェイズ)

 名付けて、〈迅狼(ラピドゥス)〉。


「どうですか、私の攻撃」

「…………全く、業腹だが。これなら、まあ、付き合ってやってもいい」


 男の身体が私の方に向く。


 刹那。


 ゾッとするような気配が男から発せられる。

 全身を刺す威圧感と殺意。

 臆しそうになるほどの圧。


「来いよ。お前を敵と認め、全力で叩きのめしてやるよ」

「……ッ」


 殺意に満ちていながら、屈託のない笑顔に息を吞む。


 でも、退けない、退かない。

 何より退きたくない!


 駆ける。

 ひたすら真っ直ぐに駆ける。


「はああああああああ!」


 白きオーラを纏わせ、短剣を振る。

 振ると同時にギアを上げる。


「(迅狼(ラピドゥス)!)」


 私の身体は瞬間的に加速され、短剣は男の脇腹を切り裂く。


「ぐっ……だが、しッ!」


 切り抜けた後の私を男の蹴りが襲う。

 気付いた時には既に眼前。

 これでは、間に合わ―――


 いや、間に合わせる。


「(迅狼(ラピドゥス)!)」


 瞬時に再加速し、後ろに下がる。

 わずか数ミリ。

 顔ギリギリのところを男の靴先が通る。


「はぁ……く……え?」


 男から距離を取ったところで身体の異変に気付く。


 口に広がる鉄の味。

 口から零れるそれは深紅に染まっていた。


「血……」


 原因は分かっている。

 間違いなく、迅狼(ラピドゥス)の使用だ。


 たったの二度。

 それだけの使用で身体には深刻なダメージが出ているということだ。


 分かってはいながらも、突き付けられた事実に愕然とする。


「それが、手品の代償か。よくやる。この先も使えば間違いなく致命的。今止めるなら止めてやってもいいが――――」


 男は私を一瞥して、


「止めんのだろうなぁ、お前は」

「当然……!」


 私は口元を腕で拭いながら、答える。


「分かった。その覚悟に敬意を評して、次の一撃に全てを込める。お前もそのつもりで来い」


 男は短剣を抜き、逆手に持つ。

 直後、男の圧がさらに増す。

 もはや恐怖すら通り越して感嘆。


「これが……正真正銘の全力……」


 全くどこまで上がるのか。

 命を削るほどの無理を通して、少し追いついたと思えば、すぐに上を見せられる。

 結局のところ、男との差は最初の時からほとんど変わっていない。


「ビビったか? だが、止めん。お前の全てを見せてみろ!!」


 咆哮。

 一瞬眩むほどの覇気。

 不覚にも視線を切ってしまって気付く。


 しまった――――


 一秒にすら満たないわずかな時間。

 コンマ何秒の世界。

 一度の瞬きだけで死神は背後に迫れる。


「(迅狼(ラピドゥス)!)」


 男を捉えるよりも先に迅狼(ラピドゥス)を発動させる。

 捉えずとも、あの人が命を取りにくるのは確実。

 初動の遅れでバッドエンドが十割。

 加速して良く見積もっても……五分五分。


 私は加速して、すぐにその場でしゃがんだ。

 しゃがんですぐ、私のいた場所を短剣が突っ込んできた。


 危なかった。

 そう思うのも、束の間。

 再び私は加速する。


「(迅狼(ラピドゥス)……!)」


 全身から血が噴き出す。

 視界が赤い。チカチカする。

 歪みすらしてくるのを必死で振り払う。


 狙うのは短剣を持つ手の奥。

 視界に捉えなくても、必ずそこには……身体がある!


「たああああああ!」


 超速で身体を捻ると共に、短剣を突き出す。

 至近距離での突き。

 躱されることはなく、短剣は男の身体を貫く。


「……ッ!」


 身体に刃が触れた瞬間。

 私は戦慄した。

 

 軽すぎる。


 刃から伝わる感覚があまりに軽すぎるのだ。

 深々と身体に突き刺さりながら、その感覚は綿のように軽い。


「悪いな、それはハズレだ」


 耳元で囁く声。

 声が耳に届き、意味を理解する間に短剣が刺したモノが消えていく。


 しくじった――――


 その思いだけが、私の気持ちを埋めていく。

 一瞬とも言える時間の中で争う、この戦いにおいて上手を取った方が絶対的勝者。

 すなわち私に待ち受けるのは、敗北と死。


 ここまで、わずか三秒足らず。

 一秒がまるで永遠のように長い。

 空ぶった短剣の軌道を追いながら、死神の手がかかってくるのを感じる。


「暗技、霞返し」


 男の声を聞きながら、ひんやりとした死の気配が近づく。


 避けられない。


 死ぬ。終わる。

 私の戦い。私の人生。


 この刹那において、ありとあらゆる記憶がフラッシュバックする。


 少ない。

 少な過ぎる。

 これで終わり?

 これで打ち止めなんて、あまりに寂しい。


 私の終わりはもっと賑やかでもっと思い出に満ち溢れたものであってほしい。


 だから――――

 まだ、終われない。


 捻った身体に遅れてついてきた右足が地面を踏みしめる。

 足から伝わる感覚が私を走馬灯から引き戻した。


 そう、私はまだ終わらない。

 更なる上に、まだ見ぬ場所へ。


「はああああああああああ!」


 既に役目を終えていた短剣から爆発的なオーラが発せられる。

 オーラは狼の形となり、吼える。


「何ッ?」


 周囲に響き渡る狼の咆哮は、一瞬だけ場全員の動きを止めた。

 比喩でも何でもなく、本当にその場で全員が空間に縫い付けられたように動かなくなった。


 何が起こった?

 今、かろうじて理解できているのはまだ私は死んでいないということだけ。


 体は……動く。

 なら、一歩を踏み出すしかない!


 今もオーラを発し続ける短剣を背後の気配に向かって突き出す。

 気配は正しく、男の刃はすぐそこにまで迫っていた。

 止まった刃の横を私の短剣が通り過ぎる。


 勝った。

 そう確信しようとした矢先。


 私の刃もまた、止まってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ