終われない戦い
「終わってない、じゃない。終わったんだ。これ以上の無様は、品を落としますよ? レディ。」
男はおどけた口調で言葉を投げる。
「いいや、私の戦いは終わってない! もう一度私の相手をしてください」
ランは男に向かって短剣を構え始める。
ふざけた様子はない。
あくまで真剣に矛を向けている。
「ラン! 意識が戻ったばかりの身体で何をしている! 馬鹿な真似はよせ!」
ルーシェがランの肩に手を置く。
だが、その手はすぐに振り払われた。
「馬鹿な真似じゃない! 仲間を守りたい、守れるだけの強さが欲しい。そう思って、自分と向き合って、再出発した最初の戦いが何も出来なかったなんて、私は嫌だ」
「ラン……」
いつもは見せない凄い剣幕にルーシェがたじろぐ。
「その姉さんの言う通りだ。やめときな。お前は俺と戦いにもならない。だからさっきのあれはなかったことにしてやる。つまりノーカウント。せいぜい次の戦いに備えとくんだな」
男は完全に引き上げる姿勢。
表情からは、煩わしいという感情が漏れ出ている。
「そんなこと絶対に認めません! さあ、剣を構えてください」
「お前はガキか? せっかく見逃してやると言って――――」
キンッ!
響く剣戟の音。
既にランは男に迫っていた。
「……お前、よほど殺されたいと見える」
「ようやくやる気になりましたか」
ランは飛び退き、二人が睨み合う。
「ディノ、ゴルドー。すぐにフォローできるようにしておけ。戦ったディノは分かっているだろうが、奴は遥かに強い。下手をすれば、殺されるぞ」
「うん。今の僕でどれだけやれるかだけど」
「幸い僕は消耗が少ない。万が一は任せてくれ」
僕たちの心配をよそに、睨み合いが続く。
一触即発。
互いが互いの隙を突こうと窺っている。
「動かないね」
「ああ。卓越した実力を持つ者がはむやみには動かん。特に盗賊のような真っ向から戦うタイプでないなら、なおさらだ。機を窺い、決定的な一撃を与えて離脱。これが定石の戦法だろう」
「なるほど……」
「普通なら、状況はなかなか動かないが、今回はそうではないようだ」
「え?」
ルーシェの発言に男とランに目を凝らす。
僕の目には何も動いていないように見える。
「何もないみたいだけど……」
「……そうか。お前はまだ純朴なのだな。あの男からは殺意や害意といった悪感情が漏れている。ああなってしまえば、人は冷静ではいられん。奴は必ず動く」
その数秒後。
ルーシェの予測は的中する。
明らかに男の息遣いが変わる。
変化を感じ取った瞬間に身体も動く。
「ガキは大人しく……死んでおけ!」
「ファング!」
無音で伸びてくる男の脚。
ランはオーラを纏った短剣でそれをいなす。
「もう、喰らいません」
「一発防いだくらいで粋がるなよ?」
男の動きが加速する。
先程よりも速く鋭い蹴りがランを襲う。
「うっ……!」
ランの身体が後ろに下がる。
短剣で受け止めることは出来ている。
受けるタイミングがズレている訳でもない。
完全に受け止めても、余りある威力。
圧倒的な実力の差。
「絶対に負けない……!」
なおもランは挑み続ける。
恐ろしく速く、恐ろしく強い蹴りが怒涛のように押し寄せてくる。
避けて、崩れて、飛ばされて。
倒れたら、もう一度起き上がって突っ込む。
このサイクルをひたすらに繰り返す。
致命的なダメージは避けているもののランの体力はじりじりと削れている。
さらに、ランが順応してきた段階で男は攻撃速度を上げており、常に圧倒できる状況で事を運んでいる。
戦闘を続けたところでランがいつか倒れるのは確実。
手遅れになる前に、切り上げさせないと――――
僕は一度収めた剣に手を伸ばす。
「待て。もう少し、もう少しだけ待ってくれないか」
行動を制する手。
僕を止めたのは、ルーシェだった。
「どうして……? フォローするように言ったのはルーシェじゃないか。これ以上、続ければどうなるか分からないよ」
「ああ……。お前が正しい。それは分かっている。だがな……あいつは……ランは今必死に自分の殻を破ろうとしている」
「ルーシェ……」
「今のランは幼き日の私と同じだ。自らの無力さを感じ、守るための力を欲した。私は、お前たちに出会うまで自らの殻を破ることができなかった。長い時間が経つ中で、抱いた思いは褪せてしまっていた。私がそうだったからこそ、ランには同じようになってほしくはない。頼む、ランは責任を持って私が守る。だから、もう少し見守ってやってくれないか」
「……分かった。だけど、本当に危ない時は止めに入るからね」
「それでいい。ありがとう」
ルーシェは静かにランを見守る。
僕とゴルドーもまた、ルーシェに倣うように戦いの行く末を見守っていた。