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襲撃

 ランの顔が真っ青になるのも無理はない。


 ここからレイアロンまで歩けば、およそ半日かかる。

 さすがに半日歩くというのはかなり厳しいものがある。

 行けなくはないが、できれば馬車で行きたいというのが正直なところ。


「私は構わんが、ランは体力的に厳しいだろう。護衛はするから、どうにか出してくれる者はいないのか?」

「そうか……。分かった。一度聞いてみよう」

「いや、聞くまではないと思うよ」


 ゴルドーに後ろから僕たちとは違う声。

 視線をゴルドーから奥に向けると、誰かが立っている。


「護衛をしてくれると聞こえたものでね。盗み聞きをするつもりはなかったんだ。すまない」

「貴方は?」

「申し遅れた。僕はブラン・レクリアス。レイアロンで妻とパン屋を経営している」


 ブランと名乗る青年は僕たちの話をほとんど聞いていたようで、レイアロンまで馬車を出す代わりに護衛を引き受けて欲しいと話を持ちかけてきた。

 もちろん、元よりそのつもりで断る理由もなく、僕たちは提案を快諾した。


「なら、早速馬車を出そう。何分、この間もカリ―――いや妻が一人で店を回しているものでね。出来るだけ早く戻ってあげたいんだ」

「分かった。皆も出発で大丈夫かい?」


 ゴルドーが僕たちに問いかける。

 幸い、少し疲れは癒えている。


「僕は大丈夫」

「私もだ」

「歩かなくていいなら、何でも大丈夫です!」


 僕に続いて、ルーシェ、ランが返事をする。


「よし、ブラン殿。行きましょう」

「うん、そしたらついてきてくれるかな」


 僕たちは休憩所を出て、ブランの案内で馬車へと向かった。


 少し歩くと、集落の出入口と馬車が数台見えてきた。


 どの馬車も傍に御者らしき人がいるが、困り顔を浮かべている。


「おお、ブランさん。やはり出るんですか?」


 恐らく御者であろう一人がブランに気づいて話しかけてきた。


「ええ。同じくレイアロンに向かう予定の冒険者がいまして。護衛を兼ねて同行してもらうことにしたんです」

「そうですか……。くれぐれもお気を付けて。貴方に何かあれば、カリンさんが悲しむ」

「ロッジさん。分かってます。妻を悲しませることはしないよう、気を付けます」


 ブランはロッジという男性に軽く一礼して、自分の馬車へと歩いていく。


「これが僕の馬車だよ。荷物があるからちょっと狭いかもだけど、後ろに乗ってほしい」


 馬車の後方には、布に覆われている荷台が繋がれている。

 布を捲ると、中には相当量の小麦粉袋が積まれている。


「ここに……四人?」


 ランが唖然とした表情で言葉を漏らす。

 ランだけじゃない。

 ゴルドーやルーシェも荷台のスペースを見て、固まってしまっている。


 少なくとも僕の想像より二倍は狭い。


「どうしようか……かなり詰めれば入らなくはなさそうだけど」

「なら、私をディノの剣に収納してくれ。三人なら少し余裕が出るだろう」

「そうだ、その手があったね」


 ブルーしか出し入れしたことがなかったから、考えが及んでいなかった。

 確かに僕のテイムモンスターであるルーシェは剣に収納できる。


 僕は剣を抜き、ルーシェにかざす。


「戻って、ルーシェ」


 すると、ルーシェは光へと変化しながら、剣へと吸い込まれていった。


「これで、何とか乗れるか……」


 僕たちは荷台に乗り込み、ブランにそのことを伝える。

 それから少し経って、馬の嘶きと共に馬車は動き始めた。



 馬車での道中は実に楽なものだった。

 歩きとはスピードが違うし、何といっても足の疲労が溜まらない。

 一つ文句を言うとすれば、馬車が揺れる度にお尻が痛むことくらい。

 逆に言えば、お尻の痛みに耐えるだけで目的地へと進むのだから、安いものである。

 ランも文句の一つもこぼさず、大人しく乗っている。



 何も起こらないまま、一時間が過ぎ。

 僕たちは馬を休ませるための休憩に入った。


 縮こまっていた身体を目一杯伸ばし、リフレッシュする。


「んー! さすがに座りっぱなしもしんどいですねー」

「そうだね。だけど、今来た距離を歩くことを考えると、かなりマシじゃないかな」

「確かに。私、もう当分は歩きたくはないですもん」


 ランが笑いながら、ゴルドーに答える。

 こうして笑って休憩時間を過ごせるのも馬車の護衛を持ちかけてきたブランのおかげだ。

 そんなことを考えながら、ボーッと身体を休めていると、ブランがこちらに歩いてきた。


「みんな、休憩中にごめんね」


 ただの世間話……というには真剣過ぎる表情。

 瞬時に僕たちの間に緊張感が走る。


「少し離れているけど、既に囲まれている。警戒を頼めるかな」


 ブランの言葉に辺りを見回す。

 視界には人影らしいものはない。


「敵感知にも引っかかっている様子もない。ブラン殿、本当に敵が?」

「うん。僕は少し人より感覚が鋭くてね。距離があるし、高度の隠密スキルを使っているけど、微かに気配がある。敵感知スキルがあるなら、感覚を研ぎ澄ませば、違和感くらいは感じ取れるはずだ」


 ブランに言われるように、ゴルドーは目を閉じて集中する。


 シンと辺りが静まり返り、時折吹く風の音がつぶさに感じ取れる。

 数刻、静寂が続き、ゴルドーが目を開ける。


「三キロほど先だけど、何か変な感じがある。しかも徐々に近づいてきている。たったこれだけの違和感で気づくことができるなんて、相当な実力を持った人じゃないと難しい。ブラン殿、貴方は一体……?」

「僕はただのパン屋だよ。それ以上でも以下でもないさ。それよりもこのレベルの隠密スキルを使えるということは、かなりの手練れだ。気をつけて」

「確かにそうだ。みんなも注意して」


 僕たちは警戒を強め、神経を研ぎ澄ませる。

 少しの変化も見逃さないように、全身全霊で注意を凝らす。


「向こうもかなり慎重に詰めてきているようだ。進軍速度は遅い。待っているだけでは後手に回るだけだし、ここは先手を打とう」


 ゴルドーはゆっくりと、かつ静かに魔力を熾し始める。


「まだ未完成な技だけど、牽制には十分だろう」


 ゴルドーから発せられる魔力は全て右手に集められていく。


「武装拳〈連弓(ボウ)〉」


 魔力が形成するは、複数の弓。

 ゴルドーの身体を中央にして、弓が並列に展開されていく。


「武装技巧が……弐! 〈流星の光〉……!」


 魔力が込められた右手を突き出すと同時に、弓から矢を模した魔力弾が放たれる。


「綺麗……」


 そう言ったのはランである。

 無数の魔力弾が空中に線を描く光景はまさに流星のよう。

 緊張感を忘れてしまうほどの美しさがそこにはあった。


「みんな、動きがあった。速度を上げてる。仕掛けてくるぞ!」


 魔力弾の着弾と共にゴルドーの檄が飛ぶ。

 だが、対応しようにも相手の姿が捉えられない。


「仕掛けてくるって言っても……!」

「攻撃に移れば、隠密スキルの効果は失われる! 全員で互いの死角をカバーするんだ!」


 ゴルドーの指示で、僕たちは円状に陣形を組む。


「(どこからくる……?)」


 気を張ったまま、時間が流れていく。

 全神経を集中させるのも、かなりエネルギーを使う。

 ずっと張ったままというのは、土台無理な話。

 最大に警戒してはいても、どこかで緩んでしまうのは明白な訳で。


 ほんの一瞬。

 一秒にも満たない、僅かな隙。

 それを相手は的確に、巧妙に突いてきた。


「あ――――」


 気づいた時には、目の前に刃。


 何事かを考える間もなく、迫る死。


「させるか……!」


 目の前で刃が弾かれる。


 僕に突きつけられた死をはね返したのは、剣だった。


 それは僕の剣ではなく、剣から出た剣。

 すなわちルーシェの剣だった。


「ちっ。仕留め損ねたか」


 僕の目の前で鮮やかに降り立ったのは、黒い外套を羽織った若い男。


「ディノをやらせる訳にはいかんのでな」

「実に優秀なナイトだことで。だが」


 言葉の途中の一息で、男はルーシェとの間合いを詰める。


「狙われるのは、同じとは限らんぞ?」

「っ!」


 今度はルーシェへと刃が向く。


「ルーシェちゃん!」


 刃は再び阻まれた。

 ルーシェの眼前を横ぎるのは、ラン。


「大丈夫?」

「ああ……」


 ランは抜き身の短剣を構え、男の前に立つ。


「ここは私に任せて! 甘えてばっかりじゃないってところを見せるんだから……!」

ここで登場したブランは前に投稿した「それでもあなたに恋をする」のキャラクターです。

本編終了後の想定で登場させています。

過去作品を読まなくてもストーリーを理解する上で困らないようにしてありますが、良ければそちらも見ていただけると嬉しいです。

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