アクシデント?
リーシェの工房を出た僕たちは、砂漠を北へ六時間ほど歩いた。
案の定、道中にランはぶつくさと文句を度々こぼした。
やれ暑いだのやれ疲れただのと壊れたロボットのように同じことを繰り返す。
僕たちは無視することもできず、何とかなだめながら、歩を進めた。
中でもランのお守りに一役買ったのは、同性であるルーシェだった。
最初に会った時は人間に対して、敵意剝きだしだった彼女が甲斐甲斐しくランの面倒を見てくれた。
ごねるランを時には叱咤し、時にはおぶってあげる。
厳しくも優しいルーシェに瞬く間になつき、ランは素直に言うことを聞くようになった。
そんなルーシェの活躍もあって、僕たちは比較的スムーズに砂漠のエリアを抜けることに成功したのである。
砂漠を歩ききった僕たちが視界に捉えたのは、高くそびえる岩の壁とその麓にある小さい集落だった。
砂漠の終わり付近には小さな集落がいくつか点在している。
集落といっても人が住む、というよりは砂漠を出入りする旅人のための休憩所みたいな意味合いが強い。
そのため、常駐している人はほとんどいない。
集落にいるのは、立ち寄った旅人かわずかな物資を売っている商売人。
そして、集落から近隣都市への馬車を出す御者。
今回僕たちが用があるのは、その馬車だ。
「ようやく……まともに休める……」
集落を見て、ヨタヨタとランが歩いていく。
目は虚ろで、もう他のことは見えていない。
「それじゃあ、僕は馬車の確認に行こう。仕事柄、旅には慣れている。皆はゆっくり休むといい」
「分かった。お言葉に甘えさせてもらうよ」
集落の入口でゴルドーと別れ、僕はルーシェとランを追う。
「ルーシェ、ありがとう」
「ん? 何をだ?」
ランを追う道すがら、僕はルーシェに感謝の言葉をかける。
「ランのことだよ。僕たちは仲間で一緒に旅をしているけど、まだ出会って日が浅い。それに今まで同じ歳くらいの女の子と話す機会なんてなかったから、接し方がいまいち分からなくて」
「そうなのか。私としては普通に会話しているように見えたが」
「その内心では悩みながら、何とかやってるって感じだよ。正直、ルーシェがよくランに構ってくれていたことでどこかホッとしてる自分がいたんだ」
仲間として、それではいけない。
そう思いながらも、どうしようもなく、モヤモヤしていたものをルーシェにぶつける。
「ふむ。お前がなぜそこに悩むのかはわからん。だが、気にする必要はないかもしれんぞ。何せ、お前たちは見ず知らずの魔族のために命を懸けられる人間だ。人間として、これ以上のお人好しはない。今更、接し方でどうこう言うほど狭量ではないだろう。お前はお前らしく、ランにぶつかればいい。今までそうしてきたようにな」
「今まで……?」
「ああ。悩んでしまうこともお前らしさと言えるだろう。悩んだ末に出した答えに正解も間違いもない。それこそが答えなのだからな」
「……そっか。それでいいのか」
さっぱりとモヤモヤが晴れる……という訳ではないけれど。
ルーシェの答えはもっともだと思えた。
何かで万事解決、とはいかないのが、人と接するということ。
僕は僕なりに出した答えをぶつけていくしかない。
「改めてありがとう、ルーシェ。ルーシェはこのパーティのお姉さんだね」
「ふっ……ならば、ランが妹、ディノが弟といったところか?」
「ゴルドーは?」
「年齢で言えば、弟なんだろうが……あいつはしっかりしているからな。私の弟というよりは、お前たちの兄というのがしっくりくるだろう」
「うん、確かにそうだね」
僕たちは顔を見合わせて笑う。
そうこうしている内にランが建物に吸い寄せられるように方向を変えるのが見えた。
「い、椅子だぁ……」
ランが入ったのは、椅子が置いてあるだけの簡素な休憩所。
僕たちが追いついた時にはランが椅子に倒れ込むように座っていた。
「全く……。いくら疲れていると言ってもだらしがないぞ、ラン」
ルーシェは、ランの隣に腰を下ろす。
椅子と一体化しているランを見守っている姿はやはり姉そのものだ。
そんな彼女も表情からは少し疲れの色が見える。
「多分馬車が出るまで、少し時間があるから二人ともゆっくり休んでね」
「ふぁーい」
「ああ。お前もだぞ、ディノ」
「うん、分かってる」
僕も近くの椅子に腰掛ける。
休憩を間に挟んだといえど、さすがに六時間歩き詰めは疲れる。
「ふう……」
一息つき、荷物から取り出すのはタオルと水の入った瓶。
流れる汗を拭い、乾いた喉を潤す。
さらに汗ばんだ服も変えて、シャワーでも浴びたいところだが、そこまでの設備はない。
水浴びをしようにも水源が遠く、待ち時間では難しい。
さっぱりするのは、レイアロンまでお預けだ。
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しばしの休憩の後。
ゴルドーが戻ってきたのは、旅の疲労がほんのわずかに和らいできた頃だった。
「みんな、お待たせ」
戻ってきたゴルドーの表情はやや曇っているように見える。
「結果から言うと、馬車は取れなかった。現在この村から馬車は出ていないそうだ」
「え?」
思い思いにくつろいでいた皆の視線がゴルドーに集まる。
「今、馬車が盗賊に襲われるケースが相次いでいる。特に最近はこの辺でよく襲われているようでね。昨日出た馬車も襲われたらしい。だから馬車を出すのを止めている……というか誰も出したがらないそうだ」
「そんなことが……」
「だけど、僕はレイアロンに向かわなければならないし、軍人としてこの一件を無視して行く訳にもいかない。という訳で、なんだけど」
ゴルドーは少し言いづらそうに、
「歩いていこうと思うんだけど、どうかな……?」
その言葉を聞いて、ランの顔が真っ青に染まっていった。