リーシェ・リシュタークの独白
ディノたちが発った少し後。
静かになった工房で一人。
その静寂を嚙みしめていた。
「試練なんて……柄にもないことをしたかな」
ディノ。
ラン。
ゴルドー。
そして……ルーシェ。
まだ走り出したばかりの、これから果てのない道を走っていく者たち。
彼らの未来は未知であり、無限大。
「眩しい。本当に眩しいよ。諦めに満ちた心が再び熱を持つくらいにね」
壁に食らいつき、必死で越えようとする彼らを見て。
諦観していた鍛冶師の心は今、再起の兆しを見せていた。
通常の魔族より優れた魔力を持つ幻想種。
加えて、エルフの中にあっても、天才と呼べるだけの素質がリーシェにはあった。
力に固執しない温厚な幻想種であっても、感嘆するほどの力。
幼きルーシェの目にも、子供ながらにも直感的に価値を理解していた。
これほどの才を持ったリーシェの未来は明るい。
周りの者は皆がそう思っていたし、リーシェ自身もそう思っていた。
ところが、ある日を境に事態が一変する。
いつものように魔力の訓練に励んでいた日。
周りにもてはやされる、自分の力がどれほどのものなのだろう。
リーシェはただの好奇心で力を試すつもりだった。
自分の魔力を全力で高める。
行ったのはごく単純なこと。
身体から満ち満ちるように溢れてくる力。
自身ですら、驚嘆させる力にリーシェは未来への期待に胸を膨らませた。
だが、次の瞬間。
全身に激痛が走った。
あまりの痛みに声すら発せない。
内側を駆け抜ける耐え難い痛みにリーシェは思わず倒れ込んだ。
倒れ込むと同時に高められた魔力は霧散する。
すると不思議なことに激痛は消え失せた。
どういうこと?
頭の中に疑問を抱えたまま、リーシェはたまたま様子を見ていた近所のエルフに保護され、治療を受けることになった。
これといった外傷もなく、とにかく安静に、と言われたリーシェ。
自宅のベッドで横たわる彼女にブリードが尋ねてきた。
倒れた経緯を聞くブリードにリーシェは全て答えた。
ふむ、と少し考えた後。
ブリードは自分の結論を話し始めた。
曰く、それは呪いなのだという。
名付けるのなら、拒魔の呪い。
身体が魔力を拒絶し、使用する魔力量に比例して、痛みが走る。
魔族にとって相性最悪の呪い。
救いだったのは、普通に生活するのに、そこまでの実害はないということくらい。
発覚した事実にリーシェは絶望した。
彼女には夢があった。
ブリードから聞かされた友人との話。
見たことも聞いたこともない、冒険譚はリーシェに鮮烈な憧れを抱かせた。
人間たちはそういった冒険をする者を冒険者と呼ぶらしいと知った。
だったら自分も冒険者になりたい。
リーシェがその考えに至るのは、自然なことだった。
そう、彼女の夢は、世界を股にかける冒険者だったのだ。
リーシェは冒険者について、詳しい知識を持っている訳ではなかったが、魔力が使えなければどうしようもないことは何となく理解していた。
なぜ? どうして?
疑問、困惑。
そして、
――――怒り。
なぜ、自分なのか。
どうして、この呪いなのか。
二つの感情は混ざり合いながら、やがて諦めに変わっていく。
自分には叶わぬ夢であると。
呪いのことが知れ渡る前に、リーシェは幻楼郷を出た。
才能が無用の長物となったことを隠すように。
元凶である呪いから目を背けるように。
失意に沈むリーシェの背中をブリードは止めることができなかった。
外の世界へ出てからは、魔力が使えないことなど忘れてしまうほど、刺激に満ち溢れていた。
中でもルーシェの目を惹いたのは、鍛治職人の技術だった。
少量の魔力を高い精度で扱い、素材の加工を行なっていく。
高いセンスは持っているものの大規模な魔力の使用にリスクがあるリーシェにとって、その道は一筋の光明だった。
師匠とも言える鍛冶師にも出会い、これまでの鬱憤を晴らすかのようにリーシェは才能を開花させていく。
鍛冶師として一人前を名乗れるようになった時、既に魔剣を打てるだけの実力を有するまでになっていた。
誇りを持って、鍛冶師を名乗るリーシェ。
そこにはもう絶望した少女の姿はなかった。
絶望を越えて、自らの在り方を見つけた。
しかし、必死に前へ進もうとするディノたちを見て、思い起こされたのだ。
呪いに屈してしまった自分を。
あるがままに事実を受け入れてしまった自分を。
それを恥じる訳ではない。
やり直しを望む訳でもない。
ただ、もう少し足掻いても良かったのではないかと思えたのだ。
「……僕にも越えられるかな」
リーシェに立ちはだかるのは、ただの試練ではない。
呪い。
呪いが縛るは魂そのもの。
低位の呪いであっても、解呪は簡単なことではない。
さらに言えば、リーシェの拒魔の呪いは最高位の呪いであった。
最高位の呪いは解呪例がなく、唯一の手段とも言える、呪いを肩代わりする移呪の宝珠もフォルス王国の国宝であり手に入れることは不可能に近い。
絶望したとて、誰も責めはしない壁である。
「ま、一度くらいは足掻いてみるのも悪くないか」
リーシェは工房を畳む準備を始める。
その姿は心なしか、楽しみに期待を膨らませる子供のように見えた。
フォルス王国の国宝「移呪の宝珠」は以前投稿していた「元悪役令嬢リアナの結末」で登場したものです。
一部設定を共有しているので、前の投稿作品からもアイテムやキャラクターが登場したりします。
気になる方は是非そちらも読んでいただけると嬉しいです。