絆
「上出来だ。やはり相手にはならなかったね」
砂漠に響く拍手の音。
サンドワームとの戦いを終えた僕たちをリーシェが迎える。
「改めて、称賛を。君たちの力は自信を持つに値するものだ。胸を張るといい。だが、それと同時に研鑽を忘れないことだ。今回の試練はあくまできっかけを与えただけ。驕りや怠慢はすぐに力を腐らせる。歩みを止めず、進み続けた者だけが真の成長を遂げることができる。いいかい?」
リーシェの言葉に僕を含め、みんなが頷きで返す。
それを見て、リーシェは満足気な表情を浮かべた。
「それじゃあ、僕の特訓は終わり。最後にディノ、君にこれを」
奥の鍛冶場から取り出したのは一本の剣。
黒を基本色とし、銀色の装飾を施した鞘は芸術品のよう。
そんな美しさも兼ね備えながら、見ているだけで気圧されそうな存在感も放っている。
「銘を業夜。素材として使った業魔のオーブと前の剣の銘である夜叉から一文字ずつ貰った。この世に二つとない神話級の剣だ」
僕はリーシェから剣を受け取る。
手から感じるズシリとした重みは剣の質量以上のものを感じる。
「オーブを素材としているから、魔力を吸って増幅する性質もそのまま受け継いでいる。普段は抑制がかかっているけど、君の判断で開放できるようにしてある。仲間を格納する能力も付与してあるから、存分に使うといい」
試しに隣にいたブルーへと剣をかざしてみる。
「戻って、ブルー」
すると、ブルーは剣に吸い込まれるように姿を消した。
剣からは、ほのかにブルーの魔力を感じる。
うん。正常に格納されているようだ。
「ありがとうございます、リーシェさん。何から何まで」
「いやいや気にしなくていいよ。君たちには楽しませてもらったし、何より鍛冶師として久しぶりにいい仕事ができた。最愛の妹にも会えたし、ね」
リーシェはちらりとルーシェに視線を送る。
一瞬目線が合って、ルーシェは向こうを向いてしまった。
好きなんだか、嫌いなんだか。
本当に複雑な姉妹だ。
「それで、ここからどうするんだい?」
「あ、そのことなんだけど」
リーシェの疑問に切り出したのはゴルドー。
「実はここに滞在している間に、本部から通信が入っていたみたいでね。一度戻らないといけない。ひとまず、本部へ向かってもいいかな」
「本部ってどこにあるんですか?」
「〈央都〉レイアロンだよ」
中央都市レイアロン。
スワァール大陸の主要都市と接する〈央都〉。
特徴は一面に広がる白色の街並みと都市内に点在する遺跡。
前者はその美しさから大陸中から観光客を集め、後者は遺跡探索に精を出す冒険者を集めている。
観光客や冒険者をターゲットとした各店舗も数多く出店しており、商業都市には敵わないまでもそれなりに盛んである。
「へえ……あの土地代がバカ高い〈央都〉に本部を構えるとはね。流石、各国肝いりの事業。さぞかし多くの出資を得ているんだろう」
「ええ。各所との連携、情報の収集、人員の移動など色々な点で利便性を考慮すると、そう決まったようで。統合軍の設置と運営に伴って、各国だけでなく、有力な貴族からも出資を頂いていると聞いてます」
「姉様、随分と詳しいですね」
「なに、鍛冶師として店を出そうと考えた時期があってね。レイアロンに場所を見に行ってたことがあったのさ。レイアロンにこだわらなければ、店くらいは持てたんだろうけど、今はもうそんな気も失せてしまったよ」
ほんの一瞬、リーシェの顔に陰りが差す。
浮かべるのは形容し難い、複雑な表情。
どういうことだろう。
僕が気づいた次の瞬間には、もういつもの飄々としたリーシェに戻っていた。
疑問を深掘りする間もなく、会話は進んでいく。
「いいんじゃないですか! 今回も特に行く当てもありませんし」
「ああ、そうだな。私としても異論はない。ディノ、お前はどうだ?」
「え、あ……何?」
突然、話を振られ言葉に詰まる。
「ディノくん、聞いてた? 次行くとこ、レイアロンでいいかって」
顔をしかめたランに詰め寄られる。
「う、うん。いいよ」
「はい! じゃあ決まり!」
ランの顔がパッと晴れる。
間近で見る屈託のない笑顔に少しドキッとする。
「なら、私はここでお別れね。ついていくのも悪くないけど、用事もあるし」
僕たちの話がまとまったのを聞いてから、フィオネが立ち上がった。
そのまま、ドアに向かって歩き出すのをランが追う。
「フィオネさん」
「何?」
「ありがとうございました!」
勢い良く頭を下げる。
フィオネは立ち止まって、
「また会いましょう、ラン。貴女の成長、楽しみにしているわ」
背中越しに言葉をかけて、工房を出ていった。
「……本当に不思議な人だ」
「でも、いい人です」
頭を上げたランの目尻には少し涙が浮かんでいる。
「僕たちも出発しよう。ここからレイアロンは少し遠い。それに砂漠を歩いていかないといけないからね」
「え」
ゴルドーの発言に凍りつくラン。
さっきまでの態度が噓のように萎れていく。
「あの……リーシェさんは転移魔法を使えたりは……?」
縋るようにランが尋ねる。
「僕はそういった魔法は不得手でね。送ってあげたいのは山々だけど、ごめんね」
「ああ……」
ランはその場でへたり込む。
「元気を出せ、ラン。お前は成長したのだろう?」
「それとこれとは別だよぉ…………」
ルーシェがとろけたランを引きずっていく。
「それでは姉様。失礼します」
「ちょっと、ルーシェ」
顔も見ずに素っ気なく、リーシェの前を通り過ぎる。
慌てて僕たちもリーシェに一礼して、後を追う。
「本当に可愛げのない妹だ。……そこが可愛いとも言えるけどね」
リーシェが投げかけた言葉に、ルーシェの足が止まる。
「姉様こそ、そういうところが勘に触る。ですが……今回のことは感謝しています」
「……そうかい」
背中越しの会話。
悪態は尽きない。
しかし、その中には決して切れることのない絆が感じられる。
憎み合おうと、罵り合おうと。
この二人は紛れもなく、姉妹なのだ。
「……行こう」
ルーシェは止めた足を再び動かし始める。
心なしか軽い足取り。
僕にはそんな風に感じられて、
「やっぱりルーシェはお姉さんのことが好きなんだね」
前を歩くルーシェにそう告げる。
すると。
くるりとこちらを向いて、満面の笑みで。
「よし、はっ倒す」
執拗にルーシェから追い回された後。
僕の頬にルーシェの拳が炸裂するのだった。
これでルア砂漠編完結となります。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
次回一話間章を挟みまして、レイアロン編と続きます。
是非これからもよろしくお願い致します!