最終試験
それぞれの試練を経て。
僕たちは再度、工房内に集まっていた。
全員が集まるまで、一か月と少しかかった。
集まってきたみんなを見て、驚くことがいくつかあった。
一つは変化。
ちょっと見ないうちにみんなの顔つきが変わった。
それも顔つきだけじゃない。
内に流れる魔力も洗練されている。
以前とは別人と見間違うほどに。
これがそれぞれの試練を乗り越えた結果なのだろう。
もう一つは、ランの隣にいる女性。
僕が工房に戻ってきたとき、既に女性はいた。
ランと親しげに話す、その女性はフィオネさんと言うらしい。
彼女も冒険者で、とある依頼でここにいるのだとか。
気さくな割には、多くを語らず、色々と不思議な女性。
中でも一番不思議なのは、彼女の魔力の流れが見えなかったことだ。
基本、精度の良し悪しはあるものの魔力の流れや気配は魔力を扱う者であれば、見えるものだ。
スキルや魔法を使って秘匿する場合もあるが、その場合は見えないにしても隠しているという事実が分かる。
フィオネにはその隠している気配すら見えない。
まるで魔力を有さない者であるかのように、何もない。
本当に不思議だが、まあそんなこともあるのだろう。
そう納得しようとしていたが。
後から戻ってきたゴルドーの一言が謎を少しだけ明かすことになった。
「……貴女はフィオネ、フィオネ・アーキスではないですか?」
ゴルドーは驚いているが、僕を含めてその他はピンと来ていない様子。
それを察したのか、ゴルドーが補足する。
フィオネ・アーキス。
大昔に活躍したとされる、クラン〈ザ・ファースト〉の第七席。
そのクランは全員がSS級冒険者で構成され、彼女もまたSS級。
彼女の異名は〈不可視〉。
敬称されるスキル、〈遺承大理〉を持つ〈遺承保有者〉。
そんな彼女が司る遺承は、封印。
ゴルドーが言うには、フィオネの魔力が感じられないのは〈遺承大理〉の影響だとか。
なるほど。
一つ納得したところで、謎は次の謎を呼ぶ。
「何故、貴女が……。貴女たちが活躍したのは、二百年以上も前のはずだ」
〈ザ・ファースト〉は全員が人間。
活躍した全盛期から二百年以上も経った今、そのメンバーが生きているはずがない。
「ああ……。ま、そこは色々と込みあった事情があるのよ」
このことについても、フィオネはほとんど何も語らなかった。
隠す理由があるのか、会ってすぐの人間に語るようなことではないからなのか。
彼女の真意は分からない。
結局、彼女はゴルドーが話した以上のことを話すことはなかった。
色々なやり取りがあって、今。
僕たちは試練の最終段階に挑もうとしていた。
「みんな、お疲れ様! 本当に見違えた。今だから言うけど、正直試練を越えられるかどうかは半々だった。それだけの試練を君たちに課したからね」
リーシェは笑いながら、話す。
本当にこの人は変わらない。
「だけど、君たちはその可能性を手繰り寄せた。これは誇っていいことだ。今から挑むのは、最初に戦ったメカサンドワーム。最終試練という名目だけど、もう試練の本質は終わっている。君たちが身につけた可能性がどれほどのものなのか、楽な気持ちで試してくるといい」
「リーシェさん……」
「ディノ、既に君の剣は完成している。全て終わった時、君に渡そう」
「はい!」
僕たちは工房を後にして、砂漠へと出る。
「さあ、行くよ!」
リーシェはサンドワームを封じたキューブを投げる。
キューブの軌道を追いながら、僕は魔力の励起を始める。
パリン。
キューブが割れる。
音と同時に光。
光の中から現れるのは、機械の砂虫。
「Wooooooooooooo!!」
軋むような叫び声が最終試練の開始を告げる。
「みんな、僕に時間をくれませんか。サンドワームを倒す一撃を準備します」
開口一番、僕は進言する。
「ディノ、自信満々だね。分かった。みんなもそれでいいかい?」
ゴルドーの投げかけにみんなが頷く。
信用してくれている。
その期待と信頼が僕の魔力を昂らせる。
「私は前に出ます。この力に少しでも慣れたいんです」
「ランちゃん、いいのかい?」
「いいのではないか。ランからは底知れぬ魔力を感じる。それに賭けてみよう。私は、中衛に回って前衛をフォローする。ゴルドーにはランと同じく前衛を張ってもらえるか」
「了解した。それでいこうか」
話はまとまり、各々が持ち場につく。
「それじゃあ、戦闘開始だ」
ゴルドーの合図で、全員が魔力を熾す。
「ファング、行くよ」
『心得た。第一段階』
先に飛び出したのはラン。
疾い。
明らかに今までのランとは一線を画すスピード。
瞬く間にサンドワームとの距離を詰めていく。
「おっと、僕も負けてはいられないな」
ランに続いてゴルドーが前に出る。
ゴルドーもまた、ランほどではないにしても、かなりのスピードを持っている。
前衛の二人をサンドワームが迎え撃つ。
機械の身体をうねらせ、真っ直ぐに突進してくる。
「奴もなかなかのスピードだ。だが――――」
ルーシェはまだ動かず、状況を見守っている。
その視線の先には、ラン。
「ランには及ばない」
突如、ランが視界から消える。
「消えた!?」
「いや、左だ」
ルーシェが言うように左に視線を向けると、そこには既に短剣を構えたランがいた。
短剣には、白いオーラが立っている。
「牙?」
白いオーラが形成するのは、まさしく牙。
少し離れたここからでも伝わるほどの凄まじい魔力。
「狼牙!」
放たれし牙はサンドワームに食らいつく。
金属の身体がギシギシと音を立てた後。
あれほど苦戦した硬さが噓のように噛み千切られた。
「凄い……」
「ああ。だが……浅い」
欠損部分から、ブクブクと組織が泡立つように再生を始めている。
今更だが、あれは本当に金属なのだろうか。
「私も行く。最後の一撃は任せたぞ」
「うん。任せて」
ルーシェと目配せを交わしてから、お互いに準備に入る。
「反転」
「ブルー、〈魔核再製〉」
白と青。
緑と黒。
二人の魔力光が周りを照らす。
「収束」
僕がチャージを始めたと同時にルーシェが駆ける。
「再生こそしているが、ダメージは通っている。ここで畳み掛けるぞ。合わせろ! ゴルドー!」
「分かった!」
大きく身体をくねらせるサンドワームの両側からルーシェとゴルドーが突っ込む。
「武装拳〈絶刃〉! 武装技巧が壱――――」
「ウェント――――」
二人は魔力を迸らせながら、跳躍する。
「〈夢幻の風〉!」
「ストライク!」
二本の剣が炸裂する。
それぞれが、サンドワームを切り裂き、その身体は三つに分かたれる。
「手ごたえはあったが……さすがは姉様手製だな」
恐るべきはサンドワームの再生能力。
完全に切断されても、既に断面から再生している。
「ディノ! 最後は頼んだ!」
「ディノくん! お願いします!」
ゴルドーとランの声援が飛ぶ。
構えられた蒼鎌には蓄えた魔力。
少し勘所を掴んできたのか、初めての時よりチャージが速い。
既に半分以上は完了している。
「みんな、退避を!」
僕の掛け声で三人がサンドワームから離れる。
みんなに見守られる中、魔力は臨界を迎える。
「食らえ! 蒼海、砲ッ!!」
堰を切ったように放出される魔力。
地表を削りながら、サンドワームを飲み込んでいく。
強力な魔力の奔流は捉えた者の姿形を残すことも許さない。
辺りには爆風が吹きすさび、砂を巻き上げて、視界を奪う。
「……ふう、これで終わった、かな」
硝煙が晴れ、見えてくるのは大きく抉れた大地。
そこにサンドワームの姿はなく、一片の肉片すら残されていなかった。




