表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/55

スタートライン

 〈side フィオネ〉


「――――――っと。くーーーー! やっぱり外はまた空気が違うわね」


 久しぶりの外。

 ()では感じられない、すっきりした空気が肺を満たす。


 依頼を受けてから、かれこれ10年以上。

 ずっとランの中で籠りっきりだったのだ。


 中が特別窮屈という訳ではないが、やはり外に出ると、清々しい気持ちがする。


「ま、ここは屋内みたいだけどね」


 中から外はある程度把握できる。

 そのため、大体どこにいるかぐらいは分かっているが、細かな情報までは分からない。


 辺りをざっと見渡す。


 ちょっとした生活スペースと鍛冶場が一つ。

 鍛冶場では今も黙々と作業を続けている人物がいる。


「ふーん。……なるほどね」


 軽く見ただけでわかる、只者ではない気配。

 本人が放つ魔力もそうだが、扱っている剣もまた強烈な気配を発している。


「貴女ね。ランを力と向き合わせたのは」


 鍛冶場に響く音が止まる。

 シンと静まり返った空気の中で、私は次の言葉を待つ。


 少し経ってから、向けられた背中が動く。

 振り返りざまに鍛冶師の長髪がなびく。


 煤を被っていながらも、光を失っていない金色の髪。

 髪の隙間から覗くのは、種族特有の長い耳。


「エルフ……?」

「いかにも。そういう君はランに眠る力を抑えていた楔、もしくはそれに関わっている人間だね」

「随分と知ってる風な口を聞くじゃない。貴女……一体何者?」


 携える剣に意識を向ける。

 私の中で魔力が励起していく。


 多分、敵じゃない。

 そう分かっていながらも、取り切れない警戒心が気を引き締めさせる。


「何、ただのしがない鍛冶師さ。少し魔力に精通しているだけのね。私は何かがランの中に眠っていて、封じられているということを見抜いただけに過ぎない」

「……しがない、ね」


 話している内容自体に嘘は感じない。

 私のスキル〈虚言看破(オネストハート)〉が反応していないのが、その証拠だ。


 問題なのは、力が眠っているのを見抜いたということ。


 施している封印はスキルによるものであるが、通常のスキルではない。

 〈遺承大理(スキル・ロア)〉と言われる、個人で完結せずに受け継がれる特殊なスキルを用いている。


 普通なら〈鍵門〉を解放していたとしても、僅かな気配すら感じ取れないはずだ。


「(何かあるのは確実。けれど、今はそこにこだわっている場合じゃない)」


 まもなくしてランは魔獣の力と共に目覚める。

 少なくとも敵でなければ、捨て置いていい。


「率直に聞くわ。貴女はランの味方? それとも敵かしら?」

「おお……いきなりだね。だが、効率的なのは嫌いじゃない。……安心していい。君の敵ではないし、ランの件においては味方と言ってもいい」

「そう。なら協力して。もうすぐ―――――」


 私の言葉を奪うように、凶暴な気配が場を満たす。

 先程まで眠っていたランがゆっくりと身体を起こす。


「……これは」

「ランに眠っていた魔獣の力よ。これでもランが頑張って抑えている方でしょうね」

「へえ、魔獣……ときたか。確かにこれは手を焼きそうだ」


 そう言って鍛冶師の女は扱っていた剣を持つ。


「それで僕はこの今にも暴れ出しそうなランを抑えればいいのかい? 何も無策で出てきた訳ではないんだろう?」

「……話が早くて助かるわ。私が作業を終えるまで、出来るだけ押さえていてもらえるかしら。一分……いや三十秒でいい。それだけあれば、どうにかしてみせる」


 ランを覆う気配はさらに大きさを増す。

 まだ動き出す様子はないが、爪や牙の発現が少しずつ始まっている。


「もう侵食が始まっている……。攻撃が来るわよ」


 私が警戒を促すよりも早く。

 鍛冶師はランへと走っていた。


 雄叫びを上げるラン。

 迎え撃つ手には鋭い爪が光る。


「さて、納品前の試し斬りには少しハードかもだけど!」


 容赦なく振り下ろされた剣は爪とぶつかり合う。

 激しく散る火花。

 ランと鍛冶師は互いに後ずさる。


「何て力だ。これが魔獣の力……面白いねぇ!」


 鍛冶師はウキウキしながら、さらに斬り込んでいく。


「ちょっ、押さえるだけでいいから! 殺したらダメだからね!」


 私の叫び声も虚しく。

 二人の斬り合いは、どんどん激しいものになっていく。


 加減のない、力と力のぶつかり合い。

 お互いの意識は完全に相手に向いている。


 他者が入り込む余地がないとはまさにこのことだろう。


「全く……」


 作業を進めながら、あまりのはしゃぎ様に呆れる。


 ただ、その中で気づいたことが一つ。


「(一見、滅茶苦茶なようだけど、ランの動きは最小限にとどめている……?)」


 この狭い屋内の中で、激しく斬り合いながら、ランの位置はほとんど変わっていない。

 自分は縦横無尽に動きながら、相手の反応や動く位置を把握してコントロールしている。


「(彼女……相当強い。S級冒険者と同等か、それ以上かもしれない)」


 純粋な出力で言えば、魔獣の方が上。

 だが、今の彼女は力の差を埋めて、かつ優位に立っている。


 それを可能にしているのはまさしく彼女の技量だろう。


「(実力は十分……だけど徐々に押されてきている)」


 現状の力量差は、ランが自分で魔獣の力に抗っているため。

 制御しきれないランでは、すぐに抵抗の限界が来る。

 ランの抵抗がなくなれば、いよいよ魔獣の力を抑えるものは何もなくなり、本当に全開放される。


 その結果として、技量で埋められていた差が次第に開き始めていた。


「ふう……」


 ずっと至近距離で競り合っていた鍛冶師が距離を取る。

 額には汗が浮かんでおり、負担の大きさを物語っている。


「後、どれくらいだい?」

「そうね……」


 私は翳した手の先にある魔獣の気配を感じ取る。

 捉えた力の割合はおよそ半分程度。

 ランが限界を迎えてきている以上、ここからが正念場だろう。


「今で半分ってところね」

「じゃあ、もう十秒ちょっと、か」

「持ちこたえられる?」

「できるよ……と言いたいところだが、正直厳しい。だから――――」


 鍛冶師の言葉が切れて、黙り込む。

 そして、同時に彼女の魔力の気配が一変する。


「何……?」


 膨れ上がりながらもうねる様に蠢く魔力。

 まるで生きているかのような魔力は彼女へと纏っていく。


「〈煌威憑依(ルミナスオーラ)〉」


 纏う魔力は神々しい光を放つ。

 光と共に感じられる圧倒的な魔力の圧。

 場を満たしていた魔獣の気配をかき消すように広がっていく。


「長く持たないが、僕の切り札だ。これで残り時間を稼いでみせるさ」


 言葉を置き去りにして、鍛冶師は魔獣(ラン)へと向かう。


「なんて……能力」


 魔力をただ周りに満たしているだけでなく、完全にコントロールして可視化されるまでに圧縮されている。

 周りに纏わせた魔力の衣はさしずめ防具であり、貯蔵庫。

 常人離れした魔力操作を絶えず行いながら、圧縮した魔力を自在に出し入れしている。

 そこから得られる出力は凄まじく、全開に近い魔獣の力と真っ向から戦えている。


「……私も自分の仕事をしないとね」


 私は意識をランに集中させる。


 鍛冶師は残り時間を稼ぐといったが、あの超絶技巧はそれほど長く保つものではない。

 周りを纏う魔力の内側で彼女自身の魔力がごっそり減っていっているのが、その証拠。


「(完全に無理をしている……けど、かなりやりやすくなった)」


 手を焼くほど気配が膨れ上がる前に、彼女が抑え込んでくれたおかげで魔獣の力は捉えやすくなっている。

 これなら…………ギリギリ間に合わせられる。


「よし! 最後の仕上げよ! ほんの少しだけ、動きを止めて!」


 私は思い切り声を張り上げる。


「随分と注文が多いね。…………だけど! 〈煌威鎖縛(ルミナスチェイン)〉!」


 瞬時にランの周りに魔法陣が展開され、飛び出した光の鎖が拘束しにかかる。

 ランはあっという間に鎖に囚われ、その動きを止める。


「くっ……思ったよりきついな……! 注文は以上、かいッ?」

「結構よ! 〈遺承大理(スキル・ロア)封印(クローズ)〉起動! 逆説(パラドクス)執行(アクション)!」


 私の手から光の帯が伸びる。

 帯はそのままランへと向かい、身体の中へと入り込んだ。

 

 目標は魔獣の力の一部であるファング。

 既に解析してある体内から、ファングだけを引っ張り出す。


開放(リリース)!」


 勢い良く引き抜かれた光帯の先には白い珠のようなものがついている。

 それこそが、目的のもの(ファング)だ。


「続けて、真説(スタンダード)執行(アクション)!」


 懐から取り出した短刀を掲げる。

 同時に光帯から離れ、宙を舞う珠へと意識を集中させる。


封印(クローズ)!」


 短刀を中心に形成される渦。

 珠は渦に捕捉され、急速に取り込まれていく。


「よし! 完了よ。お疲れ様」


 私は、苦悶の表情でランを拘束していた鍛冶師に声をかける。

 その息はかなり荒く、膝に手をついている。


「はぁ……ったく、とんだ重労働だ。こういうのは僕の役割じゃないんだけどな」

「そういう割には凄い力だったけど? 一線級の冒険者と比べたって見劣りはしないように見えたわよ」

「いや……今の僕にはこれくらいが関の山さ。背伸びしたって、逆立ちしたって、これ以上は無理。最高速で走れても、すぐに息切れする走者には価値なんてないのさ」

「ふーん……そう」


 含みのある表情で鍛冶師は自嘲する。


 何か訳あり……という様子。

 聞いても話してはくれなさそうだ。


 まあ、そんなことはどうでもいい。

 今、大切なのは、私の前で立ち尽くしている少女。


「貴女もお疲れ様。姿は見えなかったけれど、よく頑張ったわね」


 ピクリとも動かないランの頭をそっと撫でる。


「ランはあっちに寝かせてやるといい。みんなが戻ってくるまで、そこそこかかるだろうし。君もゆっくりしていくといいさ」


 鍛冶師は隅の生活スペースを指差す。


 私はランを抱え、畳に寝かせてやる。


「さて……この状況からして、大丈夫だろうけど。いる? ファング」


 ランから引き出した白い珠を収めた短剣を取り出す。

 白いオーラを纏い、微かにだが鼓動を感じる。


「……健在だ。それより、早く〈眷属化(ファリアス)〉を掛けよ。我が抜けた反動で今は大人しいが、すぐに力が目覚めるぞ」

「はいはい。分かってる」


 この憎まれ口は確かにファングだ。

 山場を乗り切った後で、早々に急かしてくるなんて、やはり可愛くない性格だ。


「〈眷属化(ファリアス)〉」


 魔法を発動し、ランと短刀を繋ぐ。

 これでファングと魔獣の力が再度繋がった。


「よし。我のほうでも力を感じた。後のことは任せよ」

「……頼んだよ。ランにとって、ファングは生命線だ」


 もう一度、ランの寝顔を見る。


 疲れきっているのか、ぐっすりと眠っている。


「今はしっかり休みなさい。本番はここからなんだから」


 届くはずのない言葉をランに零す。


 私が施した処置はあくまでスタートラインに立たせるためのもの。

 力の本質を理解し、使いこなすためには努力と経験がいる。

 付け加えて言えば、通常の魔族とは違い、魔獣は性能がかなり特殊だ。

 能力を活かすには、戦闘のセンスも要求される。


 制御はできても、前途は多難。


 それでも。

 

 死すら向き合ってみせると言った、あの子なら。


 きっと乗り切っていける。


 私は、ランの寝顔を見ながら、彼女の将来を夢想するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ