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秘められし力

 二人の話は知らないことの連続だった。


 話の内容をまとめると、こうだ。


 私の中には魔獣と呼ばれる存在の力がある。


 魔獣とは、理性すら失うほどの高い魔力を持つ魔族の総称である。


 私が持つ力の魔獣は〈月銀狼(フェンリル)〉。

 魔力を持たない、ただの獣である狼に多量の魔力を注いだことで誕生した魔獣。

 魔獣にしては珍しく、理性を持っている。

 魔力を得た際に何らかの進化が起きたことで逆に理性を得たらしい。

 私たちの前に姿を見せているファングは月銀狼が持っていた理性のイメージのようなものであり、月銀狼そのものではない。


 魔獣の力は、本来人とは相容れないもの。

 身体の中で人の部分と魔獣の部分を分けているものが〈鍵門〉。

 その〈鍵門〉が開かれることで魔獣の力が身体に定着する。

 定着するといっても、制御できる訳ではない。

 暴走を防ぐために、今はフィオネが自分の力を使って抑え込んでいる。

 万が一のことを防ぐため、非常に強固に抑え込んでおり、魔獣の力を使うには完全に解放してしまわないといけない。


 と、ここまで。


「月銀狼の力を使うのは良いとしても、制御出来なければ、暴走して一巻の終わり。魔力を放出し続け、命すら魔力に変えて死ぬわ。ま、その前に出鱈目な魔力行使の負荷に耐え切れずに死ぬかもだけど。どっちにしても待ち受けるのは死あるのみってこと」

「左様。これまで我らの力を取り込もうとした人間は何人もいたが、みな例外なく死んだ。思えば、こんなにも長く人の中に居たのは初めてであるな」


 さらりと普通に会話をしているが、私はフィオネのおかげで首の皮一枚つながっているということだ。

 その意味を認識して、どんどん顔が青ざめていく。


「私…………大丈夫なんですか……?」

「ん? 大丈夫よ。私の封印は解こうとしても、そう簡単には解けない。第三者はもちろん、術者である私でもね。全く……さっきまでの堂々とした姿はどこにいったの?」

「だって……さっきは何も知らなかったですし……」

「本当、この子は強いんだか、弱いんだか」


 泣きそうになる私。

 フィオネは慰めるように頭を撫でてくれる。

 頭から伝わってくる優しい手の感触。

 私の心にじんわりと温かさが染み込んでくる。


「……話を戻すぞ。娘よ」


 私は少しフィオネから離れて、ファングへと目を向ける。


「お前が求める力とは言い換えれば死、そのものだ。その事実を知ってなお、まだ力を求めるか?」


 視界に入るのは、真っ直ぐにこちらへと向けられる鋭い眼光。

 ほっこりとした感覚から一転。

 一気に現実が迫ってくる。


 怖い。

 目を背けたくなるのを、何とか耐える。


 逃げたい。

 引きそうになる足を何とか踏みとどまらせる。


 今までの私ならきっと逃げていただろう。


 でも今の私は違う。

 ディノたちと出会って、刹羅と命懸けの戦いをして、守るための力を願った。


 怖いものは怖いし、弱虫な私には変わりないけれど。


 その隅っこにちょっとだけ。

 少し踏ん張れるだけの理由を手に入れたのだ。


「私は…………強く、なりたいです。そのために向き合わなくちゃいけないことなら、私は死ぬことだって向き合ってみせます」


 足の震えは止まらないし、声だって大きいとは言えない。

 それでも私はしっかりとファングを見て、はっきりと言い切った。


「合格よ」


 バシッと背中に衝撃が走る。

 不意打ちの一発は私を簡単によろめかせた。


「ちょ……何するんですか!」


 まだ叩かれた感覚が残る背中をさすりながら、叩いた張本人(フィオネ)を睨む。


「ごめん、ごめん。でも良い答えだった。これなら賭けてもいいんじゃない? ファング」

「…………まあ、いいだろう。上手くいくなら、付き合ってやってもいい」


 フィオネは訳知り顔でファングと話している。


 一言、二言、言葉を交わした後、私の方へ近づいてきた。


「今から、貴女に魔獣の力を制御するための仕掛けを施すわ」

「へ……?」


 あれほど、死ぬだなんだの脅かされてからの、この言葉。

 あまりに都合の良すぎる言葉に、私は拍子抜けしてしまった。


「そんな方法があるなら、最初から言ってくれれば良かったのに……」

「ごめんなさい……と言いたいところだけど、こればっかりは別。今からするのは、色んなことが重なって繋がった奇跡のような方法。その奇跡をしても、かなり危険な賭けになる。想いによって紡がれた奇跡を賭けるに足るだけの覚悟があるかどうかを確認しておきたかったのよ」


 フィオネは笑う。


 その目は私を見ているようで、遠いところを見ているような。

 私だけじゃなく、他に誰かいるような、そんな感じがしていた。


「奇跡……って?」

「気になる?」

「うーん……気にならないっていったら噓になりますけど……」

「……そう。ま、私からは何も言えないわ」

「ええ……」

「ただ、本当に知りたいと思うなら、リリンに行きなさい」

「リリン?」


 リリンは都市の名前。

 科学都市リリン。

 日常的に役立つものから冒険用、研究用など幅広いアイテムを開発する、大陸有数の研究施設と生産工場を有する都市。

 研究者はもちろん、アイテムを仕入れる商人や直接買いに来た一般人、冒険者まで様々な人々が行き交っているため、常に賑わっている場所だ。

 最近では観光にも力を入れているらしく、テーマパークのような工場もできているとの話を聞いたことがある。


 そんな場所がどうして関係しているのか。

 今は聞いても答えてくれないのだろう。


 この先、立ち寄ることもあるかもしれない。

 頭の片隅にこの疑問は納めておくことにしよう。


「とりあえず、今は目の前のことから。これから施す仕掛けの説明をするわ」


 フィオネは淡々と説明を続ける。


 簡単に言えば、私自身が制御するのではなく、代わりに制御するものを作るという方法だった。


 私の中に眠り続けた力は、本来表出するはずのない意識を産んだ。

 それこそがファングであり、曖昧である意識が長い時間私の中で保たれてきたことで一つの存在となったものだ。

 力と結びついていながら別の存在でもある、というところにフィオネは目をつけた。


「力のコントローラーとしてファングを位置づけることができれば、力の制御はできる。何せ、ファングにとっては自分の力な訳だしね。けど、今はまだ力と意識(ファング)の境界が不明瞭なまま。これではラン、魔獣の力、ファングの関係性を確立できない。そこで……これよ」


 フィオネが懐から取り出したのは、一本の短剣。


「ファングを貴女から分離して、この剣に封じ込める。そして、剣とランを〈眷属化(ファリアス)〉で結びつける。そうすれば、貴女から発する魔獣の力に反応してファングが制御するという仕組みが出来上がるってわけ」

「な、なるほど……」


 分かったような分かってないような。

 頭の中で聞いた単語がグルグルと回っている。


「問題はその作業をする時よ。作業は()でしなければならない。私が一度外に出てしまえば、封印は解除される。そこから作業が完了するまでの時間、封印なしで力を押しとどめないといけない」

「え……でも封印してないと、暴走するって……」

「そこが賭けだという点だ、娘よ。後のことは我が背負ってやる。故にお前はそれまでの数十秒で良い。制御できずとも、耐えてみせよ」


 暴走すると分かっているものを解放して耐える。

 これがどれだけ難しいことなのか、分からない。


 あるのは未知なるものへの恐怖と未来への願い。

 進まなければならないという想い。


「……分かりました。やってみます」

「結構。なら早速、取り掛かるわ。私が封印を解けば、全てが始まる。魔獣の力が暴れだして、無理やり意識が引き戻されるはずよ。心の準備はいいかしら?」


 私は緊張感に固くなりながらも、こくりと頷く。


 その瞬間、目の前からフィオネが消えた。


「……行ったか」


 ファングがボソリと呟く。


「怖いか?」

「……そうですね」

「ふっ……そう構えずとも良い。なるようになる」


 ファングの表情は変わらない。

 ただきっと心配してくれているのだろう。

 その声色はとても優しいものだった。


「ファングさん……」

「ファングで良い。獣が敬称などつけられてはこそばゆくて堪らん」

「うん……ファング」


 そうして、少しの間だけファングとの時間を過ごした。


 そして、私にも目覚めの時がくる。


 何かがこみ上げてくる気配。

 同時に、ふわりと浮かぶような感覚。


 気づいた時には視界が白み始めていて。

 あっという間に真っ白く塗りつぶされてしまった。

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