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試練開始~ラン編~

 〈sideラン〉


 みんなが砂漠でそれぞれの試練に向き合っている頃。


 私はというと、一人だけ工房の中に戻ってきていた。


 工房内には私とリーシェの二人きり。

 既にリーシェは鍛冶作業に入っており、こちらのことなど全く気に留めていない様子だ。


 手元には、はっきり毒と言われた液体の瓶がある。


 液体は深い紫色に染まっている。

 毒という情報と相まって、絶妙に飲む気を削いでくる。


「これ……飲むの?」


 大丈夫と言われても、嫌な想像が頭を過ぎる。


 もしこれで死んでしまったら。

 死にたくない。


 そんな感情がどうしても拭いされない。


 嫌だ。出来れば飲みたくない。

 けれども。

 飲まないという選択はない。


 ここで背を向けてしまえば、ディノについてきた意味がないのだから。


「どうせ飲むなら、もう少し美味しそうな見た目にして欲しかったなぁ……」


 小声でリーシェに悪態をつきながら、瓶の栓を抜く。


 ポンと鳴る小気味良い音。


 もうどうにでもなれ!

 試練なんだから大丈夫! 

 ……多分。


 私は思い切って、瓶の液体を口の中に流し込んだ。


「およ……? 意外に美味しい?」


 どんな毒々しい味がするのかと腹を括っていたが、意外に味はフルーティ。

 具体的に何とは言いづらいが、何かの果汁だと言われれば納得してしまう味だ。


「これなら全然飲め――――る――――あ、れ」


 視界が突然ぐらんと揺れる。

 地震でも起きた?

 いや、違う。

 これは私が――――


 そこまで考えて、ついに立てなくなって倒れ込む。


 瓶が落ちて割れる音を聞きながら、意識が遠のいていくのを感じる。

 遠のく意識は止まる気配がない。

 

 倒れ込んで、ものの数秒。

 私の意識は完全に落ちてしまった。








「…………ん、んん」


 気がつくと、私は見慣れない場所にいた。


 辺りには何もない。

 何も見えず、何も感じない。

 ポツンと一人、異次元に取り残されてしまったかのようだ。


 もしかして、死んだ……?

 そう考えてしまうほどに異質な場所。

 心なしか身体もふわふわしている感じがする。


「あら、また会ったわね」


 聞き覚えのある優し気な声。

 声を辿ると、冒険者風の女性が立っている。


 目で見える姿に耳で聞こえる声。

 この場所で初めて入ってくる刺激に少し安堵する。


「貴女は……」

「姿をはっきり見せるのは初めてだったかしら。改めて、私はフィオネ・アーキス。よろしくね、ラン」

「フィオネ……さん」


 女性の名前を口にしながら、記憶を掘り起こす。

 そう、あれは確か、刹羅と戦ったときの。


「ラン。貴女に会えたことは嬉しいわ。だけど、ここに来た以上、私は聞かなくてはいけない」

「聞く?」


 フィオネの柔らかな声は変わらない。

 しかし、表情は真剣みを増し、一抹の緊張感を醸し出す。


「そう。聞くまでもないかもだけどね。……貴女はここに何をしに来たの?」

「え……?」

「いや、こっちのほうが正しいかしら。何をしようとして、ここに来たの?」


 フィオネは真っ直ぐにこちらを見つめている。

 真剣な表情から放たれる眼差しは生半可な答えなど許さないと言わんばかりである。


「私は……もっと力をつけるために、私に眠っている力を引き出そうと……」

「…………ま、そう……なるわよね」


 フィオネの表情に陰りが差す。


「貴女の中に眠る力は、想像するよりずっと恐ろしく強大なもの。呼び起こせば、その身を滅ぼしてしまうかもしれない」

「でも……あの時、力を使ったのに何もなかったですけど……」


 刹羅との戦いでの消耗は激しかったが、それは受けたダメージや魔力行使の疲労によるもの。

 特別なペナルティのようなものはなかったと思う。

 どちらかと言えば、レガノスと戦ったディノの方が酷かった。


「それは、まだ〈鍵門〉を開けただけだからよ。あの時に見せた力は〈鍵門〉を開けた余波のようなもの。本当に力を解放した訳ではないの」

「……ちょっと待ってください。〈鍵門〉って何なんですか。私の力について知ってるなら、全部教えてください!」


 つい、大声が出てしまう。

 自分でも思いもよらなかった声量に驚く。


 少し語気も強くなったことに気まずさも感じるが、ここで引き下がることもできない。


 私は私の力について、何も知らなすぎる。

 正直、私には見当もつかないし、心当たりもない。


 私は自分をただの平凡な冒険者だと思ってきたのだから。


「……気持ちは分かる。分かるけど、私にも事情があるの。そう簡単に教える訳にはいかないわ」


 フィオネは剣を抜く。

 向けられる刃先、発せられる殺気。

 それらが全て彼女は本気であることを示している。


「……フィオネさん」

「知りたければ、力を示しなさい。勝者だけが自分の意思を通せる。分かりやすいでしょ?」


 静かにフィオネの魔力が高まっていく。

 激しさは微塵も感じないのに、どんどん圧が膨れ上がる。

 余計なものは全くなく、純粋に強い。


 私は、魔力の流れに見とれていた。

 それだけ、フィオネの魔力は静かで純粋で美しかった。


「さあ、貴女も構えなさい。その剣は飾りではないでしょう」


 フィオネは一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。


「……っ、でも」


 私は剣を抜かずにいた。

 

 フィオネから発せられる殺気や魔力は確かに本物だ。

 感じている圧は、以前戦った刹羅を遥かに上回っている。


 ただ、それでも恐ろしく感じるのは刹羅の方だ。


 刹羅には混じり気がなかった。

 目の前の敵を殺す。

 そのことだけに全力を注いでいた。


 それに比べて、フィオネは違う。

 殺気はあっても、何か別の感情が混ざっているかのような、そんな感じがしていた。


 だからこそ、剣を抜けずにいる。

 私は本当にフィオネと戦っていいのだろうか。


「何故、何もしないの? 知りたいと言ったのは貴女なのよ」


 距離にして、三歩あるかないか。

 フィオネはもう私の目の前にいた。

 突きつけられる刃先は既に首元に添えられている。


「私は、フィオネさんとこのまま戦いたくありません」

「どうして?」

「それは……フィオネさんが優しい、人だからです」

「――――っ」


 フィオネの殺気が少し揺らいだ。


 そう、優しさだ。

 殺気を向けつつも、その中にある違う感情。


 相反する二つの感情が混ざり合い、鋭さを鈍らせている。


「…………それでも、私は……!」


 剣を握り締める手は震えている。

 フィオネの中にある葛藤。

 何も知らない私にも伝わってくる。


「もう……いいだろう。そこの娘の方がよほど賢い。振るうつもりもない剣など、無価値に等しい」


 フィオネとは違う重く低い声が()から聞こえた。

 

「ファング……覗き見は感心しないのだけど」


 フィオネは軽く上を見上げる。

 私もつられて上を見る。


 私たちを見下ろしていたのは、いつかの巨狼。

 銀色の輝きが私の記憶を呼び起こしていく。


「馬鹿を言うな。ここでは全てが筒抜けだ。……さてはよほど娘の実直さが堪えたな?」

「邪推はやめて。私は伊達や酔狂でここにいる訳じゃないのよ。果たすべき責任、背負うものがあるの。貴方とは違ってね」

「であれば、先程の剣は何だ。まるで子供が握っているのかと思ったぞ。責を語るのであれば、覚悟の一つでも決めておくことだ」

「言わせておけば……! 誰のせいでこんなことになっていると思っているの! そもそも貴方がここにいなければ、全て解決するのよ!? 余計なお喋りしてないで、さっさと消えなさい! この駄犬!」

「ふん! 我とて好きでここにいる訳ではないわ! このような場所で見たくもない醜態を見せられる、我の気持ちにもなってみよ! この愚か者が!」


 私をそっちのけで繰り広げられる舌戦。

 さっきまでの緊張感はどこかに消えてしまった。


 前は恐ろしかった巨狼も形無し。

 異様な気配も失われ、お互いに言い合う姿はありふれた日常のようだ。


「あ、あの……」


 止まる気配のない口喧嘩に恐る恐る声を出す。


「……ん? あ…………こほん」

「……っ! …………ふん」


 私が差し込んだ声に二人とも気が付いたらしい。

 少し顔を赤らめながら、両者取り繕おうとしている。


「それで…………どこまで話したかしら?」


 ごめんなさいと、フィオネが頭を掻く。


「やれやれ、ここからは我も話に加わろう。よいな、娘よ」

「え……あ……はい」


 いきなり話を振られて、ぎこちない返事になる。


 隣には私より遥かに身体が大きい巨狼が普通に並んでいる。

 私史上、前代未聞の状況に私は気が気でなかった。


「ここまで来て、話を渋るのも酷であろう。お前たちの事情はともかくとして、我のことについては話しても良いのではないか?」

「……そうね。本音を言えば、初めてランがここに来た時、その必要性を私も感じた。伏せることはあるけど、(ファング)のことについては話しましょうか」


 フィオネがファングと顔を見合わせて、頷く。


「……お願いします」


 私は固唾を飲んで、フィオネとファングの話に耳を傾けた。


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