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挑戦者

 燦々と降り注ぐ太陽の光。

 まだぼんやりとしている頭には、かなり厳しいものがある。


 目を覚ましても、砂漠の光景は変わらず、殺風景だ。

 僕を悩ませるミラーボールも健在。

 期待はしていなかったが、やはり少しため息が出てしまう。


 懐かしい夢を見ていた気がする。

 気持ちが少しざわついているのはそのせいだろうか。

 汗ばんだ身体の気持ち悪さよりもそっちがなんとなく気になっている。


「何のため……」


 眠る前に発した言葉を繰り返す。


 声が空に消えていく過程でようやく思考が回り出す。

 同時に心のざわめきがほぐれ、言葉に染み込んでいく。


「そうか……僕は」


 何を難しく考えていたのだろうか。


 自分が劣っていることなど、とうに分かっている。

 自分が至らないことはよく知っている。


 そんな()()()()のことに感情を割く必要はなかった。


 他人より劣り、他人より至らない自分が、やることは一つだけ。


「ひたすらに、挑み続けるだけだ!」


 地面に落ちた剣を拾い、全開で魔力を上げる。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 急速に高まっていく魔力が大気を震わせる。

 振動は砂を巻き上げ、砂煙と竜巻を起こす。


 ミラーボールの方も僕の魔力を感じて、応戦する態勢を取る。


「倒す……!」


 足を踏み込むと同時に魔力を流す。

 魔力は強力な推進力となって、加速させる。

 立ち込める砂煙を貫き、真っ直ぐに敵を捉えにかかる。


「……!」


 ミラーボールが防御の構えを取る。

 防がれる。

 でも関係ない。


 構えた剣に全力を込める。

 剣を通して魔力がスパークする。


「はぁ!」


 振り下ろされる一撃は激しい火花を散らした。

 剣の衝突が生む衝撃でミラーボールは後方に弾かれる。

 僕たちの間に距離が生まれるが、それをすかさず詰める。


 弾いてはぶつかり、互いに剣を振り合う。

 最初こそ、三度打ち合っただけで態勢を崩せていたが、もはや今はそんな気配すら見せない。

 十をぶつければ、十が返ってくる。

 完全に互角の剣戟。


 そうだ。

 負けることを恐れてはダメだ。

 正真正銘、自分の全部で戦う。

 何度負けても、何度挫折しても、もう一度立ち上がればいい。


 僕は、この手を届かせるために軍人になったのだから。

 

「さあ……どんどんやろう。ここからは休みなしだ」


 迸る魔力を感じながら、ミラーボールを睨む。

 そして僕は、再び敵へと駆け出した。








 それからひと月ほどの時間が過ぎて。


 積み上げた勝利の数は九百九十九に達した。

 

 ここにたどり着くまでに勝利以上の敗北を経験した。

 時には、全く勝てない日もあった。


 負けて負けて負けて負けて。

 その果てにようやく一勝を積み上げる。


 勝利とは、かくして与えられるものなのだと学んだ。


 今の僕を形作るのは敗北の歴史。

 幾千の敗北を経て、最強の敵と戦う。


「ふぅ…………」


 もはや疲労の限界などというものは消え失せた。

 あるのは、ただ前に進む、敵を倒すという闘争心だけ。


 気力が僕を動かしている。


 静かに剣を構える。

 数え切れないほど繰り返してきた所作。


 それはまるで呼吸をするかのように。


 ごく自然な動作で構えを取る。

 

 剣には魔力が循環し、完全に僕の魔力波長と一体化している。


 あれほど難しかった武器への魔力の循環。

 習得するきっかけは自然さだった。


 気持ちが吹っ切れたことと限界をゆうに越えた疲労により、余計な思考がなくなった。

 思考の純粋さは魔力の流れを無意識に最適化する。

 最初からそうであったように、剣に魔力を行き来させる。


 その自然さが剣に流れる魔力を捉えやすくし、完全な同調を可能にした。


 この剣は、僕の身体。

 今なら、より自在により速く、振ることができる。


「さて……と。君には感謝しなくてはね。この力は今の僕の理想そのものだ。君がいなければ、至ることはできなかっただろうな」

「……」

「……言葉を理解していないと分かっていても、今は伝えよう。この技と一緒に最大の感謝を!」


 言葉を発すると同時にミラーボールの目の前へと躍り出る。


 最適化された魔力の流れは底上げする身体能力もまた大きくなっている。


 パワーもスピードもこれまでとは一線を画す。

 数メートルであれば、接近するのに一秒にもかからない。


 僕は、魔力を剣に集中させる。

 剣から高まった魔力特有の熱を感じながら、切っ先をミラーボールに向ける。


「食らえ……! 武装技巧が壱! 〈夢幻の風〉!!」


 剣が輝きを増して、加速する。

 防御に移る動きが見えたが関係ない。


 この斬撃には間に合わないのだから。


 防御の構えが完成させる前に剣が身体を切り裂く。


 追い打ちをかけるように二度、三度。


 残像すら残す超速の斬撃がミラーボールを切り刻む。


「これで、終わりだ」


 最後の一閃。

 僕が剣を降ろした時には、ミラーボールの姿はなかった。


 無心で放った斬撃はその身体をこれ以上ないほどの細切れにしてしまった。


 いくら再生能力があるといっても、さすがに限度があったようで。

 ダメージが限界を越えてしまったのだろう。


 数分待っても、再生してくる様子は見られなかった。


「相手がいなくては、試練は……」


 続行不可能だろう。

 そう続けようとして。


「ぱんぱかぱーん! おめでとう! ゴルドーくん!」


 後ろのアイテムボックスから溌剌な声が響いた。


「リ、リーシェ殿?」

「うん、僕だよ。おめでとう! 君は試練にクリアした」

「え……まだ、武器は残って……」


 僕はアイテムボックスから覗く、武器の数々を見る。

 試練は武器の全てを使って、千勝することだったはずだ。


「君はもう、武器をよく知り、自在に扱う術を身につけた。確かに実戦はまだだけど、今の力があれば、他の武器のイメージなんてすぐに身につくさ。それはここで時間をかけてやるほどのことではないからね」

「はあ……」

「分かったら、試練は終わり。早く戻っておいで。みんなが揃えば、ディノの新しい武器のお披露目と行こう!」


 喋るだけ喋って、プツリと声が途絶えた。

 本当に騒がしい人だ。

 でも、本当に凄い人だ。

 今回の試練で改めてそれを実感した。


「それじゃ戻――――って、あれ……?」


 工房へ向かおうとして、膝が抜けた。


「ははっ…………そうだ、もう、げんかいだった……」


 緊張が解けたことで今までの疲労が重くのしかかってきた。

 立ち上がるどころか、指の一本に至るまで動かせない。

 さらに意識すら、曖昧になってくる。


「少し……休んでも、いいよね……」


 微睡む意識の中で、もしかしたら待たせてしまうかもしれないことに罪悪感を感じながら。

 僕は抗うことを止めて、落ちていく意識に身を任せるのだった。


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