相棒〈パートナー〉
「行くよ! ルーシェ!」
魔力による加速。
一瞬でルーシェとの距離を詰める。
「蒼麟断!」
蒼鎌が描く斬撃。
それは確かにルーシェに向かって、放たれた。
刃先がルーシェに届こうとして――――。
「は?」
気づけば、僕の身体は宙に浮いていた。
斬撃は届かなかったのか?
いや、それがどうなったのかすら分からない。
ただ把握できたのは、ルーシェが斬撃を受けるために剣を動かす挙動が一瞬見えたこと。
そして、その直後に僕が吹き飛ばされていたことであった。
「くっ……何が」
着地後にルーシェを見据える。
特別なことをした気配はない。
したことといえば。
「まさか……剣を動かしただけで?」
僅かな軌道と向けられた意識。
それだけで斬撃はかき消され、吹き飛ばすほどの衝撃を生んだ。
考えたくはない。
だが、それしか有り得ない。
「驚いてるねー! どうだい、僕の武器はすごいだろう! 今はルーシェの意識に反応して、剣が勝手に迎撃行動を取ったのさ。さあ、どう立ち向かう?」
リーシェはまるで実況するかのように話し、1人で盛り上がっている。
こっちはそれどころではない。
あの圧倒的な力。
全力で数度打ち合えるかどうか。
さらにルーシェの問題もある。
迎撃行動の速度、威力共に凄まじかったが、それによってルーシェの魔力がごっそり減っている。
おそらく、剣は勝手に動くものの加減を知らない。
その制御ができていない以上は剣に振り回されて、あっという間に魔力切れを起こすだろう。
さらにその状態で魔力を持っていかれたら、命すら危ない。
今なら分かる。
ルーシェを飲み込みそうな気配は膨大な魔力なんかじゃない。
あれは剣が持つ意識だ。
このまま行けば、間違いなく僕もルーシェも剣に殺される。
「ブルー、全力で行くよ」
僕の呼びかけに魔力の波動が応える。
「制限解除」
オーブの拘束を解き、魔力量をさらに上げる。
「限界突破、超常破壊」
全身から湧き上がる魔力。
それを全て刃に込める。
「これで……!」
再び地を駆ける。
身体を駆け巡る魔力は更なる速度と力を生む。
「蒼海ッ烈破!」
攻撃に反応して、受ける剣は魔力の波動を発する。
だが、振り下ろす蒼鎌は勢いを失うことなく競り合えている。
「まだまだッ! 〈分裂〉六蒼刃!」
少し距離を取り、六つの刃を走らせる。
六方向からの攻撃。
それぞれが波動にかき消されていく中、駆けながら機を伺う。
「今! 蒼海穿牙!」
最後の刃が波動とぶつかったタイミングで鎌を振るう。
波動を放った直後には、次の挙動までの僅かな隙がある。
それはさっきの連続攻撃で分かったこと。
自動であるが故の隙。
ここに賭けるしかない。
魔力の収束率を上げた一撃は牙の如き鋭さでルーシェの持つ剣を狙う。
轟く金属音と飛び散る火花。
それらを一身に受けながら、武器に力を込める。
いける。
全身で感じる魔力の勢いに僕は勝利を確信した。
これまでの戦いの経験は確実に僕たちを成長させた。
限界を繰り返し超え、魔力操作の技術はレベルを上げている。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
全てを込めた一撃はルーシェを剣ごと吹き飛ばした。
土煙を巻き上げながら、地面を転がるルーシェ。
疲労感に耐えながら、僕はその姿を見ていた。
「はぁ……はぁ、やったよブルー」
共に戦った相棒に声をかける。
そして、休ませようと蒼鎌の姿から戻すところで――――。
「っ――――」
突如として感じる圧倒的な敵意。
全身を突き刺すかのような鋭さは恐怖を抱かせた。
僕の視線はその敵意が向かってくる方向に吸い寄せられる。
見たくはない。
だが、見ざるを得ない。
その視線の先にいたモノは――――。
「ルー、シェ?」
そこにいたのは美しきエルフ……ではなかった。
美しき白肌は黒へと染まり、金の髪は色を失った。
顔立ちこそルーシェであるもののその気配は全く異なる。
そこには、まさに別人とも言うべき剣士が立っていた。
「ルーシェ……!」
再び武器を構える。
だが、その手にあったのは蒼鎌ではなく、1匹のスライムだった。
「ブルー……?」
その小さな体は小刻みに震えていた。
さっき感じたものを思い出す。
そう、恐怖だ。
強敵との連戦。
ブルーはずっと頑張って僕に応えてくれていた。
負けないように。勝利のために。
しかし、その限界を超えた戦いの裏で。
ずっと精神をすり減らしていたのだろう。
その中で恐ろしく、無機的な敵意に晒されて、限界を迎えた。
僕が感じる恐怖は当然ブルーも感じていたのだ。
いつも隣にいて、そんな当たり前のことすら気づいていなかった。
いつしか敵と戦い、打ち勝つことに囚われ、ずっと支えてくれた仲間のことを顧みていなかった。
その事実に僕は愕然とした。
「ブルー……ごめん」
震えの止まらない身体を優しく抱きしめる。
向かってくる敵。
攻撃を受け止める術はない。
ここまでか――――。
終わりを悟り、目を閉じる。
不思議と恐怖はなかった。
胸の中にある命が1人ではないことを教えてくれたから。
「はい、そこまで!」
突如として響く声。
目を開けた時に前にはリーシェの姿。
僕とルーシェの間に割って立ち、振り下ろされた剣をたったの指一本で止めていた。




