第八話 これにて一件落着
三日後――
月牙は最後の門衛を終えて石楠花殿をあとにした。
短い間に顔見知りになった御殿付きの厨女が、
「ご苦労さま月の君!」と、揶揄い笑いを浮かべながら、竹の皮に包んだ蒸したての豆沙粽を三つもくれた。
「熱いから笊持ってきなさい。あとであっちの御殿の妓官さまに預けておいて」
「あっちのって――」
紫薇殿付きの秀鳳どののこと?
――私たちが知り合いだってどうして知っているの?
そう訊ねようとした途端、厨女はわざとらしく、
「ああ忙しい忙しい」と、言い立てながら厨に引っ込んでしまった。
知っているけど知らないふりをしなければならないのだろうか?
内宮というところはやはり色々ややっこしいようだ。
梨花門を出て四阿へ向かうと、雪衣と秀鳳が待っていた。
秀鳳は手に籠をさげていた。
白猫はどこにもいない。
「雪、猫の雪は?」
「ようやくお役御免になれたよ! 月はいいもの持っているね。それどうしたの?」
「石楠花殿の厨で貰ったんだ。なぜか三つも」
「それ、二つは絶対私と秀鳳どのの分だよ」
「なんでそう思うのさ?」
「なんでってそりゃ、今回の仔猫殺し騒動解決の立役者じゃない。あの騒ぎがどういう風に収まったか、何も聞いていないの?」
「残念ながら何にも」と、月牙は坐りながら応えた。「昨日、頭領に呼ばれて、例の件は万事解決したから安心しろって言われただけで、どういう風にかは知らない」
「一番の功労者にさえ仔細は一切説明せず、か! 柘榴庭どのらしいなあ」
「一番の功労者なのに一切仔細をきかない月もすごいよね」
「さては次代の柘榴庭かな? 頼もしいことだ」
すっかり朗らかさを取り戻した秀鳳が声を立てて笑い、籠のなかから貝紅を二つ取り出して、月牙と雪衣に一つずつ渡してくれた。
「これは私から、ささやかなお礼だよ。二人とも、本当にありがとう」
「お役に立ててなによりです」
「ありがとうございます秀鳳どの」
「こちらこそ。事件の決着については、私から話しておくよ。師妹は三日前、柿樹庭の裏手の疎林で見つけた白百合の残骸を柘榴庭どのに預けたのだったね?」
「はい師姉」
「柘榴庭どのあの花を橘庭へ届け、紫薇殿の仔猫が死んだのは、誤って百合を活けた水を飲んだためではないかという師妹の推理を報告した。橘庭の督はその話を聞いて、杏樹庭きっての博識と名高い胡文姫どのの意見を伺った」
「あ、薬園の長どの?」
「そうだ、あの方だ。百合の毒の話が事実だと確かめられた督は、私に命じて紫薇殿の薬師どのを橘庭に呼び出された。もし猫が百合の毒で死んだのだったら、そうだと即断できるのは薬師どのだけだろうからね」
秀鳳がそこで言葉を切り、やるせなさそうなため息をついた。「顔見知りの手首に縄をかけるというのは嫌なものだね! 橘庭に呼ばれた薬師どのは、あの百合の残骸を目にするなり蒼褪め、何もかも自分の指図だと泣きながら打ち明けられた」
「――その薬師どのは、厳しい罪に問われるのですか?」
雪衣が心配そうに訊ねる。
秀鳳は首を横に振った。
「そもそも罪には問えないよ。薬師どのが指示してやらせたのは、あの御殿に先代様のころからずっと生えていたらしい白百合をすべて刈り取って棄てさせることと、代参の女嬬の雪雁どのと柳花どのに命じて、さも部外者に殺されたかのように見せかけるために、仔猫の躯を媽祖堂の祭壇に置かせることだけだからね」
「どうしてそんなことをなさったのでしょう?」
月牙が訪ねると、秀鳳は傷ましそうな顔をした。
「紫薇殿さまがな――まだ十二になったばかりの稚いお年頃なのだが、桃果殿さまから賜った仔猫を死なせてしまうような粗忽者はきっと正后にはなれない、そんな恥辱を人に知られたら生きてはいけないとお泣きになって食を断たれていたのだそうだ」
「それはまた」
月牙は応えに窮した。
「大変ですね」と、雪衣が続ける。
月牙も心から同感だった。
そういうお姫様にお仕えするのは本当に大変そうだ。
「ま、お腹が空いたらそのうち何か食べるでしょうよ。ところで月、その豆沙粽そろそろ配る気ないの?」
雪衣が鼻をくんくんさせながら催促してくる。
月牙は笑って豆沙粽を一つずつ配った。




