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第七話 証拠発見

 杏樹庭を後にした月牙は、まず柘榴庭の婢長屋へと向かった。

「ええと――劉大姐はいる?」

 声をかけるなり若い婢たちがキャーっと黄色い歓声をあげる。

 これはいわば――月牙にとっては――自然の摂理だからわざわざ気には留めない。

 劉大姐はすぐに出てきた。

「どうなさいましたお若い妓官さま。今この時間ですと点心(おやつ)はありませんよ?」

「いや、大丈夫。昼餉は大膳所で済ませてきたよ。ちょっと訊きたいんだけどさ、このあいだ私にって百合を持ってきた他所の婢がいたでしょう? その婢はどこの子だか分かるかな?」

「何処って言われましてもね――」

 劉大姐が考え込む。

「たぶん、大膳所じゃありませんかね? 柿色の端切れで髪を結わえていたような気がいたしますし」

「そうか。ありがとう」

「たぶんですからね、たぶん」と、劉大姐は念を押した。



 大膳所の雅称は「柿樹庭」である。正規の女官である厨女たちはみな柿色の裳裾をまとっている。婢たちに定まった服装はないが、柿色の端切れが最も手に入りやすいのは、やはり大膳所だろう。

 月牙はそちらへ聞き込みに行くことにした。

 


「――すまないけど教えて欲しいんだ。この頃柘榴庭に百合の花を届けにきた婢はいないかな?」

 柿の木の植わった裏庭の井戸端で待ち伏せをして、初めにつかまえた若い婢に訊くと、すぐに本人が連れてこられた。

 十五、六に見える小柄な娘だ。

 色の褪めた藍色の短い衣をまとい、白い前掛けをして、黒髪を一つに束ねて柿色の端切れで結わえている。

「あ、あ、あの、妓官さま、お気を悪くなされたなら、どうかお許しください」

 よほど怖がっているのか、白い前掛けをつかむ拳がぶるぶる震えている。

 月牙は困惑した。

「いや、何も怒ってはいないよ。綺麗な花をありがとう。ただ、ひとつ気になったんだ。あの花は何処で手に入れたの? どこかの庭からいただいたものだったりする?」

 言葉を選んで慎重に訊ねるなり、若い婢はカッと耳まで赤くなった。

「それは、その――」

「――言いづらい話?」


 わずかに語調を強めるなり、大仰なほどびくりとする。

 月牙は苛立ちを感じた。


 --何なんだよもう。私のこと好きだから花をくれたんじゃないの? なんでこんなに怖がっているのさ。猛獣でも目にしたみたいに!


 苛立ちが表情に出てしまったのか、婢が目を潤ませて見上げてきた。

「ぎ、妓官さま、やはりお怒りですか?」

「怒ってない。怒ってない。怒ってないから教えて」

 月牙は内心うんざりしながら訊ねた。

「あの花、どこから手に入れたの?」

 語調を和らげる努力を放棄してつけつけと訊ねるなり、婢はまた耳まで真っ赤になった。

 うつむいて白い前掛けを握りしめ、聞き取れないほどの小声で囁く。

「あの、疎林(はやし)の祠でございます――」



 婢がたどたどしく話すには、百合の花は三日前、大膳所の裏手に広がる疎林(はやし)のなかの小さな祠に束にして供えてあったのだという。


「――あの祠は、内宮に出入りする洒掃所の子たちもよく拝んでいるから、ときどきとても贅沢なお花やお菓子が供えられているんです。―-たぶん、本当は上つ方が大溝に棄てるようにとお出しになったごみや残飯なのでしょうけど」と、婢がくしゃっと顔を歪めて嗤う。

「でも本当に奇麗なのです。私、お供え物を盗むなんて、そんな罰当たりな真似、今まで一度だってしたことはありませんでした。でも、あの朝あのお花を見たら、どうしても一輪だけ月の君に――あ、ああすみません、貴女様にお捧げしたくなったのです」

 婢はぽつり、ぽつりと話しながら、月牙を疎林の祠へと案内した。


「あそこです。あの木の根元」


 祠というのは古い大きな細葉榕(ガジュマル)の根元の洞のことだった。中に単なる円柱みたいな古い石像が収まっている。その前に朽ちかけた白百合の束が放置されていた。



 ――見つけた。


 たぶん、あれが証拠だ。


 

「……ここで見つけた花を、私に持ってきたの?」

 月牙は花の残骸を拾い集めて手桶に収めながら訊ねた。


 婢がうつむいたまま答える。

「はい」


「どうして?」


「――私、次の祖霊(サルウ)の祭が来たら生家(さと)へ戻るのです。嫁ぐ先が決まったのだそうです」

「そうなの。おめでとう」

 月牙は儀礼的にことほいだ。

 外宮の婢の場合、一生を奉職しようと思って後宮に入る娘など殆どいないだろう。大抵は年頃になったら生家へ戻って嫁ぐものだ。


「ええと――幸せになってね?」


 重苦しい沈黙に耐えかねてもう一言付け加えると、婢が潤んだ眸で見上げてきた。

「はい。ありがとうございます。最後に月の君とお話できたこと、一生の思い出にいたします」


 ――なんだかなあ。


 百合の残骸を収めた手桶をさげて柘榴庭へと戻りがてら、月牙は何とも言えない重苦しさを感じていた。


 ――あの()、結局なんでそんなに私が好きだったんだろう? この顔? この体? この声? 一生の思い出にしたいほど、私の何を知っているっていうんだろう?


 ――私がもっと醜かったら、あの()は私のことなんか目もくれなかったんだろうな。私はいつだってこの外見以上のものにはなれないんだ。


 そう思うとむしゃくしゃした。


 ――いつか本物になりたいなあ。見栄えではなくて中身を好いてもらえる、本物の人間に。


 ぼんやりとそんなことを思いながら柘榴庭へ戻った月牙は、迷わずに飛燕の方二丈を訪ねた。

「すみません頭領、月牙です。橘庭の師姉から言伝があるのですが――」


 秀鳳どのは伝えて欲しいとは言わなかったが、「柘榴庭どのに内密の調査を」というのは、あの方の心からの希望だろう。月牙はそれをそのまま伝えるつもりだった。ついでにこの花の残骸も、もしかしたら証拠になるかもしれない品として預かってもらおう。



 ――何たって新参は新参なんだからね。頭領は頼りにしなきゃ。


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