第89話 地下牢獄にて
闇の勇者キロ・グランツェルを、空間ごと吹き飛ばしたアリアの蹴り。その衝撃は、地下を制圧しようと動く者、そしてそこを根城にする者との戦いの幕を上げる狼煙となった。
施設内に、途轍もない轟音と地鳴りが響き渡る。
これは、キロが暴れ出したことにより起こった振動なのだと、勇者パーティ陣営は前向きに捉え、行動を開始。時を待たずして、各々が衝突する異例の戦いが始まろうとしていた。
◇
施設内の一角、牢獄部屋前の回廊――。
「随分と大きな地震が起きたわね…」
「アリアさんが暴れてるんですよ、きっと」
「いや、あの華奢過ぎる体のどこにそんな力があるのよ…」
みんなのペットもとい白虎であるシャトラ捜索を頼まれた二人の少女――フランとティセルは、施設内を歩き回り、ひんやりとした冷気が漂う深部へと辿り着く。一風変わった空気感にも動じず、二人の会話はアリアの話題で持ちきりだった。
「でも、アリアって不思議よね。強そうなオーラは一切感じられないのに、えげつない魔法使うんでしょ?」
「そうなんです。この世界の勇者と肩を並べる程の力を持ってると言っても過言ではありません。いや、もしかしたらそれ以上の可能性も…」
「あなたたちでも分からないのよね?アリアの強さの秘密」
「うーん…まあ、そうですね」
「……??」
ほんの一瞬、何かを考える素振りを見せたフランに対し、?マークを頭上に浮かべるティセルだったが、回廊の突き当たりから漏れ出る微弱な息遣いに反応し、そちらへ意識を向けた。
「獣の唸り声?それに、この魔力…もしかして、シャトラさん!?」
薄暗い廊下の終わりには、黒鉄で作られた重々しい扉が姿を現し、隙間から僅かに魔物特有の魔力が流れ出ている。それに気づいたフランは、分厚い扉越しから声をかけた。
「獣…猫ちゃん……ん??」
「あー、シャトラさんはどっちにもなれるんです。今は見た目が怖い方ですね」
「ほんとにペット!?」
「さあ、入りましょうか!」
ティセルの突っ込みをサラッと流し、フランは重い扉を難なく開け、そのまま中へと入っていく。
(ちょ!?この扉、重過ぎない…!?)
既に開かれた鉄扉だが、そのあまりの重さに、触れたティセルは目を丸くして驚いた。扉ではなく、それを平然と開けたフランに。
(私からしたら、アリア以外のみんなも凄いと思うのだけど……)
『練れ者』のティセルからすれば、異様に思えるフランの腕力。只のメイドさんではないのだと驚異的に思う彼女だったが、ギルド会員カードの情報によれば、フランも同じく『練れ者』の段階に属している。
世界のシステムが根本から崩されない限り、カードに誤情報が浮かび上がることはない。
事実、現在のフランディア・サベールの世界ランクは、3059位。しかしそれは、彼女が王都レアリムでメイドを始める――そのずっと前から、一切の変動を見せることのなかった数字でもある…。
「ティセルさん!!シャトラさん、いましたよ!」
「ほんとに!?」
二人が訪れたのは、地下の最奥にある簡易的な牢獄部屋だ。回廊に取り付けてあったランプを片手に、室内を探索していたフランは、一際目立った巨大な檻の前で立ち止まり、後ろから恐る恐る付いてきたティセルへ呼びかけた。
「この子が…シャトラ?」
「そうです。これは……酷い怪我ですね」
監房に閉じ込められ、瀕死状態の中、魔力を吸われ続けているシャトラを目の当たりにし、二人は息を呑む。
「シャトラさんは、元々ここを拠点とする勇者パーティに従ってたそうなんです。私たちとの繋がりがバレてしまったのか……でもそうでなかったとしたら、嫌でも従ってくれていた魔物に、こんなこと……」
普通はしない。口から出かかった言葉は、脳裏から思い起こされる勇者パーティの行いに重なって、かき消されてしまう。
《まだ息はあるでやがります。ティセル、回復を!》
手のひらサイズの体を生かし、檻の中へ入ったレッドが、シャトラの容態を確認する。
虫の息ではあるものの、僅かな生命力を感知。ティセルへ指示を出した。
「分かった!手は届くから、なんとか魔力を送ってみる」
「私は、この檻を!」
鉄格子の間から手を伸ばし、レッドを介して回復魔法をかけるティセル。その傍ら、フランは背中に携えていた長剣で、檻を破ろうと試みる。
そんな中だった。暗闇の中、背後から迫りくる悪魔の語りが、二人の耳に入ってきたのは。
「あらあらあらあら~。こんなところに、かわいこちゃんが二人も……ウチの〝白亜の獅子〟に何か用かしら~?」
錆びた床に擦れる刃物。どこか狂気を感じるその音に、ゾッとした二人が振り返ると、不敵な笑みを浮かべた長身の女が、細長い真剣を引きずりつつ、じりじりと背後から詰め寄って来ていた。
一筋の冷や汗が、頬に流れる。街で一度見た姿ではあるが、正体を知られてしまった相手に対して放つ容赦ないオーラが、フランの焦りを加速させた。
本気になった勇者パーティ。その最弱と言えど、世界ランクは『上位者』の端くれだ。
――エマ・グランツェル、世界ランク856位。
血の繋がりから見て、パーティ内で唯一闇の力を秘めておらず、他者に劣りはするが、剣一本でキロを魅了した実績がある。
目を付けられたが最後。純粋な人間であった彼女は、キロの闇に侵され、今では洗脳を通り越して、心身ともに全てが闇色に染まってしまった。
「エマ・グランツェル…」
「あらあら~、そんな硬い顔しちゃって…街で私に剣を向けた時の表情とは、似ても似つかないわね~」
「ここまでの殺気を見せつけられたら、流石に突っかかれないですよ…。まあこうなったら、もう食い下がるわけにはいかないですけどね」
震えるティセルを庇うように前へ出たフランは、覚悟を決めたように剣を握り締めた。すると何を思ったのか、エマは楽し気に謎めいた発言をしだす。
「全部知ってたわ~。あなたたちがここへ来ることはね」
「え…?」
「私、鼻が凄い利くのよ。例えるなら、野生の犬くらいかしらね~」
「超人…そう言われてるんでしたっけ?だから、モナさんの匂いを頼りに、私たちがグラン街に来たことをいち早く察した訳ですか…」
「そうよ。でもその前から、あなたたちの協力者の匂いも、既に感知してたけどね~」
「協力者……アリアさんの言ってた、耳が良いっていう…」
「ふふっ…」
自ら会話を終わらせるように、クスリとわざとらしく笑うエマ。その真意をハッキリさせなければ気が済まないと、フランは質問を重ねる。
「あなた、本当は勇者パーティに協力したくないんじゃないですか?キロ・グランツェルとの血の繋がりはないみたいですし、闇の力は持っていない。正直、そっちの事情に興味はないですけど、今の口ぶりからして、あなたの中には、まだほんの僅かな〝良心〟が残ってるんじゃ――」
「勘違いしないでくれるかしら。別に、あなたたちに協力した訳じゃないわ。協力したところで、キロには勝てないでしょうしね~。少し興味が湧いただけよ」
「興味…??」
「そう。モナから私たちの脅威を知ってなお、立ち向かってくる人たちのことがね~。そんな愚か者、今までいなかったから。でも、驚いたわよ。全員が年端もいかない女の子だったんだから。私たちも舐められたものだわ~」
「舐められて当たり前な行為をしてるからじゃないですかね」
少し余裕が出てきたのか、フランは強気に言葉を紡ぐ。そんな煽り口調にも、薄気味悪い笑みを返すエマは、180度話題を変え、フランについて言及を始めた。
「私たちはね、隔離したモナのいるレアリムから遠く離れて、ファモスの錬金を手助けしていたのだけど、情報は逐一、ヴァイスから送られてきていたわ~。モナの存在に気づいたものはいないか、お城に近づき、妙な行動をしている者はいないか、警戒しておくべき人間はいないか…とかね~。その中に、あなたの名前があった…」
「……え!?」
「眼鏡をかけ、常にメイド服を着ている赤毛の少女…フランディア・サベール。身元・出身地不明。聞けば一年前、全身ボロボロの状態で城の前に倒れていた所を、現国王ルクスに拾われたらしいじゃない」
「……」
特に否定するわけでもなく、フランは目を細め、厳しい顔つきになる。
情報は概ね間違ってはいない。そう言わんばかりの表情だが、どこか苦しさも見え隠れしている。
「そんなことまで…。でも、それがどうしたって言うんですか?あなたには何の関係も無いですよね」
「そうでもないわ~。だって、私はそんなあなたに興味を持ったのだから」
「…どういうことですか?」
「ふふっ、あなたが拾われた時、一緒に落ちていたギルドの会員カード。その情報を得たヴァイスは、あなたを妙に思ったそうよ。ランクと魔力が、割りに合ってないってね~」
「そんな人、この世界には沢山いると思いますけど?魔力が少ないからって、ランクが低いとも限らない訳ですから」
「私も最初はそう思ってたわよ。でも、あなたを前にして分かったの。本当の実力は、そんなものじゃないんだって…」
「……」
「私の戦い方は特殊なの。相手の太刀筋を見て学び、自分のものとする。学習能力の高さこそ、私の長所。だから、剣を扱うあなたと一戦交わってみたかったのよ」
そう言うや否や、エマは糸目を見開き、不気味な瞳を露わにする。と同時に、剣の刃先をぺろりと舐め上げた。
得体の知れないオーラを増幅させるような仕草に、再びゾッとさせられるフラン。相手の意図――その真偽はともかくとして、自分自身の情報をここまで口にされるとは思ってもみなかった彼女は、心の中で動揺を示した。
しかしそれを表に出すことなく、一呼吸おいて否定する。
「私は、個体レベル167、世界ランク3059位…フランディア・サベール!それ以上でも、以下でもありません。私に残っているのは、この会員カードの情報だけですから…」
メイド服の胸ポケットからギルドの会員カードを取り出し、堂々と提示。そこには確かに、嘘偽りない数字が記されていた。
「あなたの興味なんて、私には関係ありません。少し無駄話が過ぎましたね。そろそろ、始めませんか?まあ、こっちとしては、さっさと負けを認めてくれるとありがたいのですが…」
真剣な表情を見せ、エマに刀身を突きつけたフラン。少しばかり早口になっているのは、自分自身に関する話をこれ以上したくはないという彼女の焦り――その、表れだろう。
「あらあら、威勢が良い子は好きよ。でも、いつまでその態度を貫けるかしらね~。数分後には、もうあなたの首が吹っ飛んでるかも…ふふっ」
「いえ、数分後に負けているのはあなたたちです。今日で降りてもらいますよ。〝偽り〟の勇者の席から…」




