第85話 闇の血筋
人間界に闇が現れ始めたのは、今から200年ほど前のこと。突如として、それは魔界からもたらされた。
魔界に住まう〝帝王〟と名乗る男が、一人の人間に力を与えたのだ。闇と言う名の、『寄生魔力』を…。
力を授かり慢心した人間は、見せびらかすように自身の能力を発散させ、周囲に災いを引き起こした。
元の性格が野蛮だった訳ではない。その者に宿りし闇が、人間誰しもが持つ〝悪〟の念を強制的に引き出し、増幅させたのだ。
やがて闇を宿した者は、人間を騙し、子孫を残し始める。それに伴い、闇もまた下の世代へと遺伝して、まるで狙ったかのように、一点からじわじわと広がっていった。
彼等は非人道的な思想を掲げ、小規模ではあるものの、一族総出で人間界を荒し回り、自分たちの地位を確立。当然、その行いは人間界を守護する勇者の耳にも届いた。
一部の者は勇者の処罰を受け、暫く落ち着きを見せた騒動。しかしある所では、誰にも悟られないような巨大な施設を生み出そうとする運動が、水面下で行われていた。
勇者がいることで、自分たちの反人間的な思想を妨げられる。勇者に対抗するには、自分たちの中から勇者を誕生させる他ない。
そんな考えが根底にあり、一族は密かに活動の拠点を築き上げた。それが、今のグラン街地下施設である。
時は進み、現在から40年ほど前。魔界の一端にて、人間界の現状を聞き入れた闇の帝王が、部下にある指令を出した。
「帝王様!今回も、時計ウサギの確保に失敗しました!」
「……アホか、貴様!堂々と任務失敗を語る馬鹿がどこにいる!!」
「ひっ…!」
「まあいい、喋るウサギなんぞ、いつでも手に入ることだ…。そんなことより、貴様に頼みがある」
「頼み、ですか??」
帝王は、魔力を悟られない比較的弱い魔族らを人間界へ寄越した。そして闇の一族に、自然魔力を用いた禁断の〝儀式〟を伝承させたのだ。
「俺が行けば、確実にあのクソ女魔王に目を付けられる。魔界からの侵略は一旦止めだ。だが…闇を与えりゃ、勇者になると思ったが、とんだ見込み違いか…。まあいい」
本来、人間界に持ち込まれることのない儀式。この世に生を受ける魔族へ、一定の力を先天的に授けることが可能な、魔界発祥の禁術である。
どれ程の力を与えられるかは、自然魔力の濃度や量によるが、無法地帯――所謂何でもありの魔界では、自然魔力の質があまり良くないため、儀式が成功したとて、始めから強者の仲間入りとまではいかない。
そんな術式が、なぜ人間界にもたらされなかったのか。それは、成功するかも危うい魔族の儀式を用いてまで、産まれてくる赤子の運命を左右させるのは良くないという人間的思想に乗っ取り、過去の勇者たちが全面的に禁じたためである。
とはいえ、規制するまでもなく、魔族らは自分たちが編み出した儀式を、敵対関係にある人間に伝承するような真似はしてこなかった。故に、勇者側も少しばかり油断していた部分はあったのだろう。
まさか、魔族が人間界にのさばり、更には人間と手を組んで禁断の儀式を策謀しているなど、俄かには信じ難い事実だ。
一見、平和に思えた人間界に付け入る悪性因子。奴らが目を付けたのは、自然魔力の宝庫とも謳われている、エルフと精霊が住まう森である。
その神聖な場で発生する自然魔力は、濃度も質も非常に高い。拠点に潜んでいた闇の一族は、突如表に現れ、森中を荒し尽くす。
儀式が執り行われた時には、既に焼け野原と化してしまった森一帯。幸い、被害はエルフの森へ及ぶことはなかったが、精霊たちは心に深い傷を負ってしまった。
「隊長!反逆者を全員捕らえました!」
「ったく、こいつら…ふざけた真似しやがって。もう一度、漏れがないか確認しろ!」
「はっ!」
この事件を収めたのは、パーティの面々から〝隊長〟と呼ばれている勇者の一角。反逆を起こした闇の一族を捕らえ、過去の勇者同様、彼らに正当な処罰を与えた。
被害は甚大。今回ばかりは厳重に取り締まねばならない。
しかしそれでも、儀式を受けた赤子とその母親だけは、最後まで見つけることができなかった。一族の味方をする魔族が、逃走の手助けをしていたのだ。
◇
そして月日は流れ、人間界に新たな勇者が誕生したと、号外にて発表された。
勇者の名は、キロ・グランツェル。かつて、精霊たちが住まう森を荒した闇の一族の生き残りである。
ある程度、実力が伴った人間は、彼の中に眠る闇を判別できる。しかしこれまでの業績・経験・善行を認められ、勇者の称号を手にしたキロに文句の付け所は無く、誰しもが彼を受け入れた。
心に闇を抱えながら、なぜそこまでの信頼を得られたのか。
理由は単純。魔界の帝王の入れ知恵により、行動した結果である。
「キロ・グランツェルだな?帝王様が、お前と手を組みたいと仰っている」
「なんだと…?」
勇者に成り上がる前、キロは側近の魔族から、帝王の案を聞かされていた。嫌でも人の為になることをし、他の人間の信頼を勝ち取って、勇者になるための布石を打てと。
そして、人間界を支配するには、魔王アリエ討伐が必須条件。故に、魔王アリエに対抗するための強力な兵器を、人間界の技術を駆使して生み出し、魔界への支援物資として送りつけろとまで、帝王は要求した。
――引き換えに、こっちから労働力(魔族)を幾らでも提供してやろう。
これが、帝王側の条件だ。
嫌われ者の一族の末裔であり、勇者、そして他の人間共を見返したいと常日頃から考えていたキロは、帝王の計画に二つ返事で了承。彼らの計画は口火を切ったのだ。
勇者となったキロは、自身の駒となる家族を作り、勇者パーティを築く。更に洗脳の魔法を用いて、行き場のない人間をエージェントとして雇い、他の勇者の目に届かない範囲で、事業を拡大させていった。
「おい、ファモス。頼みがあるんだが、人間の五感を限界まで引き上げる薬を作ってくれ」
「五感だと?ふむ、触覚、嗅覚、味覚の研究は、たしか私の前任者が行っていたな…。データは残っている筈。しかし、聴覚と視覚に関しては、錬魔術でどうこうできる問題じゃない。被験者…或いは、人間を一から作り直すということであれば、そう時間はかからないと思うが」
「なるほどな。できりゃ、何でもいい。とにかく、頼むぞ」
出鱈目な思想、そして唯一無二の天才的な頭脳。それらを兼ね備えた錬金術師ファモスとは、利害の一致で手を組み、キロはすぐさま人間改造の研究に手を付けた。
兵器と言う名の改造人間。はなから勇者パーティの面々を、人間としてではなく、只の道具のように見ていたのだ。
先ずは課題となっていた視覚を研究するため、ファモスは必要な被験者を探し求めた。
その時に見つけたのが、千里先をも見通せる目を持つ『ノワール』家の女の子。彼女が持つ千里眼を用いれば、視覚の研究を大いに発展させられる。
持ち前の性悪さを発揮し、貴重な研究サンプルをアィリス・ノワールから奪い取った。
――私に任せれば、あの魔王アリエをも打ち滅ぼせる兵器を生み出せると約束しよう。
ファモスの言う兵器とは、つまり視覚を改造した人間――後のアーシャ・グランツェルのことである。千里眼の性質を調べ上げ、同等の能力値とまではいかないものの、強制的に視覚のレベルを上昇させる薬の調合に成功した。
以前から研究を進めていた機械人間の試作品を用い、千里眼を奪い取ったファモス。次に取り掛かったのが、聴覚の研究だ。
聴覚が異常発達した人間など、この世に前例がない。
魔法により、強化することは可能だろうが、広範囲に及べば及ぶ程、耳へ入ってくる情報量は膨大なものとなる。ましてや、それらを聞き分けるなど、自然魔力の使い方が余程精巧なものでない限り不可能。最悪、自滅してしまう。
一般の人間を改造し、聴覚を発達させるのは、いくら天才錬金術師でも困難を極めるのだ。
そこでファモスは、人工生命体を一から作り、その過程で耳の基盤となる器官から脳に渡り、予め魔力回路を緻密に付与させ、少しでも宙に舞う『魔力音波』を捉える機構を生み出そうという案を提示した。それに対し、キロは、
「一から人間を作るなら、俺たちの血液と遺伝子を組み込んでくれ。俺の潜在能力があれば、生まれたホムンクルスに闇が与えられる筈だ」
と意気揚々に語った。
無敵の闇と発達した聴覚が合わされば、究極の諜報員が出来上がる。規格外の兵器となってくれる筈だ、と…。
◇
現在より、三年前――。
培養された遺伝情報から、人間体が出来上がるまで、実に二か月。通常の人間よりも段違いの成長速度を有するホムンクルスは、あっという間に幼少期の女の子の姿へと成長した。
試行錯誤を続けて数年、遂に聴覚に長けた人間を作り上げることに成功。しかし何でもかんでも完璧な物事など存在しないし、そう上手くはいかない。
体内に無駄な機械を埋め込むこと、そして闇の魔力を引き継がせることは叶わず、唯一他の人間と異なるのが、規格外に発達した聴覚という結果になった。
カプセルを音波で破壊し、無意識下で周囲を無音状態にする少女。これには、キロも溢れだす笑みを抑えきれなかった。
「こいつは傑作だ。見ろ、音波だけで強度なガラスを破壊しやがった」
耳を抑え、地に蹲り、出鱈目に脳みそへと入り込んでくる情報量に苦しむ。そんな少女に、キロは耳元で洗脳を施すかのように告げた。
「いいか?お前は、マオ。マオ・グランツェルだ。よーく覚えておけ。最高の諜報員として、俺が直々に育て上げてやる…」
この時初めて、少女マオは、自身が錬金術で生み出された人間だということを認識した。
ホムンクルスは、生まれながらにあらゆる知識・知能を身につけている。が、中でもマオは異例の中の異例であった。
キロの遺伝情報から、魔力や魔法の使い方を学び、更には生成途中でも、外の情報を耳に入れ、とんでもない速度で言葉や学を頭に叩き込んだりなど、まさに最高傑作に相応しい頭脳を発揮した。
パーティ内では三番手。内気な性格も相まって、グランツェル家の切り札として、彼女の能力が公に晒されることはなかった。
「いいか、マオ。これから俺たちは、とある獣人の女の子に会いに行くんだ。粗相のないようにしろよ。出来れば、お前にはその子と仲良くなって欲しい」
「うん…」
偽りでしかない笑顔を向けるキロ。そんな彼の裏の顔など知る由もなかったマオは、何やら獣人のいる森へと向かうこととなった。
(家族以外の他人と話すことなんて嫌だ…。ましてや、人間じゃない他種族となんて)
神霊族の獣人――モナに出会うまで、そう思っていたと、マオは後に思い返すこととなる。
くど過ぎるのも良くないと、これでも大分端折りました。矛盾はないはず…(あったらすみません)。




