第84話 グランツェル家の最高傑作
崩れゆく層を成す壁。天井から瓦礫が降り注ぐ中、気怠げな足取りで、キロはこちらへ向かってくる。
かなりの一撃が入ったと思ったけど、生憎ノーダメージ。というより、即時回復し、何食わぬ様子で体裁を保っているようだ。
すまし顔で余裕を見せてくると思いきや、心底怒りに震えているようで、尋常ではない殺気を露わにしている。
感情的になった者が放つ、故意ではない殺気。個人差はあるけど、一般的にその者の強さに比例することが多い。
流石に警戒レベルを最大値に引き上げた。
勝てる自信しかないけど、私が奴と同じように相手を侮るわけにはいかない。絶対に隙は見せないつもりだ。
「お前は……」
溜め息を漏らすように告げ、一呼吸置き、キロは私に向かって憤怒の籠った言葉をぶつけた。
「「「お前は…一体、何者だってんだよ!!!!」」」
物凄い突風が一室に吹き荒れ、天井を支えている支柱にひびが入る。
眉間に皺を寄せ、般若の形相で睨むキロ。相当お怒りのようだ。
蹴られたことに怒っている訳ではなく、私という存在自体に怒りを覚えているみたい。
まあ、傍からすれば訳分かんないだろうね。こんなバグ…。
だけど、何者だと聞かれたって、転生したことを隠すなら答えは一つしか思い浮かばない。わざとキョトンとした表情を見せつけ、答えてやる。
「私は、アリア…。ただの人間だよ」
「嘘ついてんじゃねぇよ…。勇者でもねぇ只のガキに、空間を歪ますほどの蹴りが出せるとでも言うのか?馬鹿馬鹿しい…。本当のことを言え!!俺に触れられた理由もだ!」
蹴られながらも、どれだけの攻撃を受けたのか、敵ながらしっかり分析できているようだ。脳の処理能力も長けているとは、中々に手強い。
自分のことについては語れないので、少しムッとした顔をしつつも、攻撃を与えられた理由くらいは話してやろうと、私は口を開く。
「普通じゃないと思うなら、そう思ってればいい。普通じゃなかったとしても、お前に話す義理はないし…」
「クッ…!」
「あと、闇魔法についてだけど、昔こんなことを聞いてね…。闇は意思を持ち、使用者に寄生して、最終的には怪物と化す…と」
「闇が意思を持ってるだ?何を馬鹿なことを…。魔力に意思なんてある訳ねぇだろ!」
「どうだかね。路地裏で最初に対峙した時、お前は私の魔法に対して、不意打ちを喰らったかのような反応を見せた。油断してたようだし、あの一瞬で魔力を込めるなんて不可能…。でも、お前は自分の意思とは関係なく、体を闇色の粒子へと変えた。これっておかしくない?」
「何がおかしいってんだよ」
「何者か、もしくは何らかの介入がなきゃ、そんな芸当はできないってことだよ。使用者の意思関係なく、勝手に魔法が発動されるなんて、加護以外にあり得ないもん」
まあ加護レベルになると、もう魔法の領域を脱して、この世で最上の固有異端能力――神域能力と化すから、使用者の意向を無視した魔法なんて、実質存在しない。
こんな闇男に、神聖な加護が与えられるとは思えないし、私の考察は大方当たっているだろう。
「つまり、闇魔法には意思がある。お前はそれを、自動的に発動される便利な能力だと勘違いして、自分を無敵人間だと思い込んでるだけ。さっきの攻撃が当たったのは、闇が判断するよりも早く、私が高速で仕掛けにいったからだろうね。周りに誰もいないこの場所なら、思う存分、お前に超速攻撃を繰り出せる」
「……」
言い返す言葉も無いのか、キロは静かに苛立っている。
闇に寄生されている自覚があったのだろうか、それとも闇自身が私の説明に同意を示したのかは分からない。現実を受け入れられず、脳内で葛藤している様子が見て取れるのは確かだ。
完全ではないものの、こいつは産まれた時から闇に寄生されている。数々の非人道的な行いは、奴の心の闇が全て指揮していたのだろう。
自ら生み出した闇に飲まれるとは、そういうことだ。
「ふん、つまらん理屈だ。俺が闇に寄生されているなどあり得ん。なぜなら、俺は特別だからだ!」
「特別…?」
「そうさ。俺は神聖な儀式により、闇の力と同等の潜在能力を有して産まれ、勇者となった。他の人間共に忌み嫌われていた一族の希望としてな…」
「やっぱり、エルフの森の儀式で産まれたのは、お前だったか…。魔王とは、なんで繋がってるの?」
「チッ…どこまで知ってやがる。言わねぇよ。お前みたいなクソガキにはな!」
クソガキ呼ばわりされると、少しカチンときてしまう。
私からすれば、こいつの方がガキに見える。年齢的にも精神的にも。
こっちはお前の何十倍も人生経験豊富なんだけどね…。
なんて心の中で呟いてみたり。
そんな時だった。音も無しにこちらへ近づく、誰かの気配を感知したのは…。
私がそちらへ振り向くよりも先に、キロの顔が強張る。意外な人物の登場に驚いている反面、少し怒りを含んでいるようにも思えた。
かくいう私は、見知った女の子の登場に頬を緩ませる。
「現魔王が、一族の先祖に闇の力を与えたことから始まったんだよー。アリアちゃん」
臆することなくこの場へ訪れた桃色髪の女の子――サキは、代わりに私の質問に答えてくれた。魔法を使用して、自身が発する音を全て消していたようだ。
「サキ!」
「どーも。お取込み中だった?」
「ううん、全然」
男との会話に飽き飽きしていた私は、この場へ彩りを添えてくれた女の子に心の中で感謝する。
それにしても、どうやってここに来たんだろ?
そう尋ねようとした私を遮り、闇の勇者は怒号を飛ばす。
「テメェ…どの面下げて戻ってきやがった!!」
先程とは、また違った怒りを見せるキロ。知り合いなのか、奴の質問に、サキは心底不快感を露わにしたような表情で、じとーっとした目を更に細めた。
「クソガキ共にこの場所を教えたのは、お前だな。ふざけやがって…。お前に人智を超えた〝聴力〟を与えた俺が馬鹿だった。知らぬ間に余計な魔法を覚え、音もなく消えて一年か?お前に闇の魔力が備わってりゃ、今頃最高の諜報員として、俺の傍に置いてたってのによ…」
「そりゃ、あたしは普通に生まれた訳じゃないからね。あんたらにとっちゃ、あたしは闇を受け継がなかった失敗作でもあり、音に関する魔法を扱う者としては最高傑作…。あたしは、自分の中にあんたらの血が流れてるなんて、一ミリも思ったことはない。あたしを生んだのは、誰でもない…〝錬魔術〟だからね」
「もっと教育しておくべきだった…。神霊族の良心に影響されやがって。これから生まれるんだよ、お前の闇はな…」
「だーかーらー、あたしはあんたの子供じゃないっての…」
私を差し置いて、なぜか親子喧嘩(?)が始まった。何か繋がるようで繋がらない抽象的な会話に、思考がかき乱される。
何を言ってるのかさっぱりだ。
まさか親子とか言わないよね…?
首を傾げ、両者の顔色を伺う私。口を挟むのは野暮かと、支柱に背を付けながらリラックスしていたけど(←リラックスするな!)、流石に居た堪れなくなり、キリの良い所でサキに詳細を求めた。
「ちょ、ちょっと待って…!サキってさ、もしかして…」
「ん?ああ、まだ言ってなかったよね。あたしの本名」
「本名??」
「マオ・グランツェル…それが、あたしの本当の名前。でも、あの人が付けた名前は嫌いだから、今まで通りサキって呼んでよ。あー、そうそう…あたし、一応〝人工生命体〟だから、よろしく~」
「……」
そんな軽いノリで言われても…。
とんでもない情報を、無邪気な笑顔で告げるサキ。情報の処理が追いつかず、驚きを通り越して、思考が停止してしまった。
なに…?人工生命体だ?
いくら何でも後出しが過ぎる。彼女の正体がマオ・グランツェルだったという事実さえ薄く感じてしまう程、エキセントリックな知らせであった。
――世界ランク、209位。ホムンクルス最高傑作、マオ・グランツェル。
これがサキの実態だ。
でも、人工生命体にしては、他のホムンクルスよりも断然人間味がある…というか、なんなら人間だし、強さも感じる。まあ、イマイチ人工生命体の仕組みが分からないから、何とも言えないけど。
振り返ってみれば、レシーバーの開発や声色を変えられる技術、見たこともない異能など、魔法が何でもありとはいえ、幼いながらに卓越した知識と頭脳を持っているものだと、不思議な点も多かった。奴らに似た思想、そして闇の力を持たないのも、彼女がホムンクルスとして生まれたからなのだろうか。
「流石アリアちゃん、もうちょっとやそっとのことじゃ、驚かないねー」
「いや、ちょっとやそっとのことじゃないし!十分驚いてるから!!」
「そう?でも、隠しててごめんね。あたしがグランツェル家だって知ったら、多分アリアちゃんはあたしの言う事を信じてくれないかと思ったからさ」
「なるほどね…。ここには、あの転送装置で来たの?」
「そ。あたしは既に認証済みだったから、難無くねー」
「そういうことか…。なんか、色々と分かってきたよ。断片的にだけど…」
と答えた直後、殺気の籠った細長い闇の粒子が、突如としてサキに襲い掛かってきた。禍々しくうねり、まるで〝手〟のように形作られた粒子は、今まさにサキの首根っこを掴もうと迫りくる。
それをすぐに察知し、私は魔力防御を展開。すんなり防げたものの、粒子はまた形を変え、私のシールドを呑み込むようにして散漫し、私を振り切って、再びサキへと向かう。
「変幻自在過ぎない…!?」
生き物の如く立ち回る闇の魔力。私はサキを抱っこして、その場から飛び上がる。
なんかデジャブを感じるのは気のせいだろうか。
だが、闇の猛威は止まらない。宙へと逃げる私たちを、しつこく追いかけてくる。
闇蛇だね、こりゃ…。速度もえげつないし。
「ごめんね、アリアちゃん。心臓の鼓動大きくさせちゃってさー」
「そっち!?」
ニヤリと笑みを浮かべ、緊張感のない声質でサキは言う。
周囲の音が鮮明に聞こえてしまう彼女には、当然私の心拍数が上がっていることを認知されている。
女の子と接した時、自然と速くなる鼓動。そんなあからさまな様子から、私が女の子好きだとサキに断定されてしまったんだけど。
「でも、なんか安心感あるかも…アリアちゃんの胸の中」
「はいはい。何でもいいけど、じっとしててね」
「……今のは、冗談じゃないんだけどねー」
もぞもぞと胸の中で呟くサキの声は、闇魔法が床や支柱へ衝突する音にかき消される。
このままだと埒が明かない。私は闇に向かって、衝撃波を放った。
「〝空撃砲〟!!」
空間が悲鳴を上げ、それに伴い、闇の手先が宙に浮いたままピタリと静止する。空気が揺らぎ、伝染するかのように、細長い闇の粒子が機能を失って、その場で崩れ落ちた。
「チッ…!魔力の波動か…」
サキの首を狙ったキロは、歯軋りをしながら闇を手中に収める。
そして、サキを降ろした私は、奴の前に立って言い放った。
「ちょっと、お前の相手は私でしょ?関係ないサキを狙わないで!」
「サキだと…?そいつは俺の実の娘、マオだ。お前が一番関係ねぇだろうが!」
「ホムンクルスが実の娘?何を言ってんだか…」
「ホムンクルスと言えど、俺とエマの血液、遺伝子情報を融合し、体外受精して作られた人間に変わりはねぇ…。成長速度は通常の人間の倍以上、五感の中で最も改造に難航した聴覚を、そいつは見事に成し遂げた。俺の闇を引き継がなかったことだけは、気に入らんがな…」
「改造…?そういえば、お前たち全員、それぞれ別の感覚が発達した超人だって聞いたけど、それは生まれつきって訳じゃないの?」
私の質問に、キロは不愉快極まりない笑みを向ける。そして、衝撃的な言葉を並べ始めた。
「俺の家族は全員捨て駒だ。ファモスに頼み込んで、少しずつアイツらの体内に改造薬を流し込み、勇者を立てる精鋭として、俺が育て上げた」
「なっ…!?捨て駒!?」
今の発言でハッキリ分かった。こいつはもう、改心しようがない程に腐りきった心へなり果ててしまった、実質的な闇であると。
異常者の範疇を超えている。奴は、自分の家族に訳の分からない薬を投与し続けて、本人の知らぬ間にその身体を改造させていたのだ。
全ては計画のため。家族を作ったのも、自分に都合のいい駒が欲しかったから。
なんて下劣な…。本当にヤバいのはこいつだけだったか。
「今度は油断しねぇぞ、クソガキ…。さあ、始めようか。ここが、テメェらの墓場となる。クハハハハハ!!!」
まだ、第三章終盤に差し掛かったばかりです。




