第76話 開戦の予兆
時系列は合ってますが、少し視点が行ったり来たりしています…。構成が下手くそで申し訳ありません…。
キロ・グランツェル率いる勇者パーティが拠点とする地下施設。そこは、外部に決して漏れてはいけない機密な情報や設備、戦力が包み隠されている。
結界でバランスを保った巨大空洞は、彼らの計画のために、長年をかけて作られた。その中に、工場まがいの黒い建物が堂々と聳え立ち、悍ましい雰囲気を醸し出している。
闇の勇者に加担する魔族たちも、ここでは伸び伸びと、武器の製造および錬金の補助に貢献していた。
街に潜む魔族、そして王都レアリムにいた魔族は、いずれも魔界から派遣された〝魔王軍〟の一端。反人間主義のキロに協力することで、内側から人間界を計画的に、かつ薄紙を剥ぐようにじわじわと支配しようと動き出している。
全ては順調であるかに思われた。ある日、計画の柱であった神霊族が解放されるまでは…。
――コツコツ…。
薄暗い施設の廊下に、わざとらしく響き渡る足音。普段、誰一人として立ち入ることのない牢獄部屋へと、男は入り込む。
静けさに覆われ、人の気配など一切感じられない。そんな無人の牢獄を次々と通り過ぎていき、最奥にある巨大な檻の前で、男は立ち止まった。
物腰柔らかな微笑が、一瞬にして狂気の笑みに変わる。いや、正確には顔面自体が変化したと言う方が適切だろう。
獣の僅かな息遣いと、枷に繋がれた鎖の金属音が時折聞こえてくる檻の中を覗き込み、その男―キロは口を開いた。
「嫌な予感はしたさ…。言い訳だろうが、事実だろうが…結果は揺らがねぇ」
この牢獄部屋は、グランツェル家の秘密に触れてしまった者や裏切り者に制裁を加えるための房室だが、今まで一度も使われることはなかった。それ程までに、彼らの計画は綿密で周到なものだったのだろう。
「わざわざ、勇者の領地に属さず、周囲には弱者しか存在しないレアリムへ神霊族を匿ってたってのに、規格外の存在もいたもんだ…」
人間界の東端に位置するカギ村やレアリム、獣人の里などは、エルフの森に囲まれ、人間界でも少しばかり隔離された土地にある。住む人間も少なく、突出した力を持つ者は存在しない…そうキロは思い、レアリムを神霊族の魔力鉱石採掘場に決めた。
ヴァイスが、ああいう男だったという情報を得たのも、理由の一つ。無論、〝東の司令塔〟に対抗する恫喝の策や、情報屋を使った隠蔽策も、全てキロの命により仕組まれた。
その話し合いが両者間で行われていたのは、モナと共に行動していた二年前。グラン街からレアリムまでの行き来は時間を要するため、その時は王都をベースとした冒険という名の適当な旅でモナを騙していたのだ。
テレポートは不可能。余程膨大な、例えるなら『世界構築』や『世界維持』といった常識外れの魔法を扱える魔力ならば、数百キロメートルにも及ぶ超長距離転送も可能だろうが、勇者の中でも最弱のキロにそんな真似は出来ない。
同時に、他の勇者の目に付かない場だということもあり、レアリムは絶好のスポットであった。
それ程までに抜け目のない計画を一瞬で壊されるなど、夢にも思うまい。ここで計画の要である神霊族を取り逃せば、最悪魔王に消されてしまうと、キロは内心焦りを募らせている。
最高品質の武器・防具を、もう生み出せなくなるからだ。
「エルフの森を難なく経由できるお前を寄越したってのに、何の戦果も得られなかっただけでなく、無傷で戻ってくるとは、舐められたものだ…。まあ、どっちにしろ用済みだったがな。お前は、ファモスの錬金術の材料にしてやるよ。なあ、
――『白亜の獅子』…」
四肢が繋がれた鎖に限界まで魔力を吸われ続け、血を流し、満身創痍で倒れ込んでいる白虎。体のサイズを変えることさえも、極度に疲弊した身体が拒んでしまう。
薄目を開き、己をこんな目に遭わせた勇者を見上げる。
(も、申し訳ございません……ご主人様……)
自棄になり、勝負を挑んだのが間違いだった。そうシャトラは悔やみながら、再び意識を眠らせる。
(こいつは、決して…野放しにしてはいけない男だ……)
◇
一方、同じく地下施設の研究ルームでは、少し前から激しい戦闘が繰り広げられていた。
計画を駄弁った直後、ファモスが仕掛けたのが始まりだ。何としてでも千里眼を奪おうと、彼女が召喚したホムンクルスは、ユィリスに襲い掛かる。
「獣人の里でもいたが…人工生命体をここまで量産できるものなのか?」
ホムンクルスの攻撃を避けつつ、単純な疑問を呟く。そんなユィリスの質問に、高みで見物しているファモスは答えた。
「生命体…ではあるぞ。人間の血液があれば、私の〝錬魔術〟でどうとでもなる。だが、魂はない。自我も持たない。全て私の管理の元に動く、機械兵だ」
「自我を持たない奴らが、人間と同じ?意味が分からないのだ…」
「人間は、等しく管理されるべきだ。故に私は、ホムンクルス製造過程で、奴らの内臓や脳を機械へと変性させた。自我を芽生えさせないためにな。その着想は、グランツェル家から得たものだ。アイツらは、自分らにも同じような〝人間改造〟を行っていたからな」
「意味が分からないのだ。簡単に言えば、お前ら全員狂った人間ってことだろ?」
足場が悪い研究部屋の中でも、軽快に動き回るホムンクルス。様々な配線やら魔力装置に足を取られるユィリスを、確実に追い詰めていく。
「取り押さえろ、ホムンクルス共よ!」
近距離戦に持ち込まれれば、分が悪くなるのは当然だ。
まさに数の暴力。矢を構えたり、魔力を込めることも許さない勢いで、殴りかかってくる。
(この、しつこい奴らなのだ!!)
目の見えないアィリスは、この場の状況を魔力の流れだけで読み取っていた。ユィリスの内に秘めたエネルギーを感知し、動きを頭で追っている。
(ユィリス……)
妹の覚悟を耳にしたものの、未だに心の中では葛藤が繰り広げられていた。
信じてはいるが、同時に何も起きて欲しくはないと願う自分もいる。ユィリスが傷つくところだけは、絶対に感じ取りたくないのだから。
「中々しぶといではないか、ユィリス・ノワールよ!」
ホムンクルスの拳がユィリスに届いてしまう。しかしその殴打は、突如現れた謎の力によって弾かれる。
かなり強力で、自動的な防御機構。発動と同時に、ユィリスはその魔力の正体を察した。
(アリアの魔力を感じる…。もしかして、守ってくれてるのか??)
これぞ、対象者に魔力を付与し、外的要因からその身体を保護する〝魔力防御〟。魔力を纏わせただけで、一定レベルの強者からの攻撃は全てシャットアウトする。
常に魔力を与えている訳でも、遠隔から操作している訳でもない。一度きりの付与で、半永久的な防衛が約束されるのだ。
「なんだ…?あのシールドは。奴の魔力ではないようだが、ホムンクルスの全力攻撃を簡単に弾いてる…」
今のユィリスは、実質無敵状態。予想外の超高等魔法に納得のいかないファモスは、下唇を噛みしめる。
しかしシールドの効果は、徐々に薄まりつつあった。
緻密に組み込まれた元魔王の絶対防御が、この空間において危険なものだとキロの結界が判断し、〝魔力防御〟を排除しようと働きかけているのだ。
ホムンクルスの力であれば、防ぎきるのは容易ではあるが、時間の問題だろう。
そんな中、ユィリスはとある作戦を決行するため、シロに囁いた。
「シロ…お前、こっそりファモスに近づいて、姉ちゃんの千里眼が入ったカプセルを奪ってくるのだ…」
《え、え!?わ、私が!?》
「ファモスはお前の存在に気づいてない。多分…。私が注意を引き付けるから、なんとかするのだ」
《な、なんとかって言われても…》
「頼んだぞ!」
攻撃を回避しながら、物陰に滑り込むように隠れたユィリスは、素早くシロをファモスの死角へと放り投げた。ふみゅ…!という情けない声と共に、シロの顔面は床に打ちつけられる。
なんとも荒い扱いだが、すぐ後ろから大群が迫ってきていたため、こうするしかなかった。逆サイドにユィリスが走っていくのを確認し、シロは主要機器の後方から、恐る恐るファモスに近づいていく。
「〝地獄雨〟!!」
ユィリスは機械の上に飛び乗り、ホムンクルスの頭上目掛けて無数の矢を放つ。矢先は深く突き刺さり、機械兵は煙や血を噴き出して戦闘不能と化した。
「ふぅ…これくらい、朝飯前なのだ!」
息は上がっているものの、強気に言い放つ。
そんな戦況下、研究ルームの入り口から嫌な気配を感じ取り、ユィリスは顔を顰めた。
「おいおい、ファモス。まだ終わってねぇのかよ。手伝ってやろうか?」
「ねぇ、そいつから千里眼を奪ったら、後は私の好きにしていいでしょ?」
最悪のタイミング。扮装を解いたグランツェル家の長男と長女が、この場の空気をぶち壊すように現れた。
「ふん!こっちには、アリアの無敵防御があるんだからな!!」
そう息巻くユィリスだが、内心は物凄く焦っていた。自分は、あの二人に勝てる程の力はないのだと悟ってしまったからだ。
世界ランク96位、『超位者』のテレスと362位、『上位者』のアーシャ。いずれも、ユィリスの力を遥かに上回る勇者パーティの一員なのだから。
彼らの姿を視界に入れ、ファモスはニヤリと笑う。
「そうだなぁ。そいつの忌々しいシールドを破壊してくれると助かるぞ」
「くっ…!正々堂々戦うつもりはないのか、ファモス!!」
「私は戦っているつもりはない。敵意を向けているのは、そっちではないか?」
「……」
益々悪化する現状。ユィリスは険しい表情でありながら、勇気を振り絞り、彼らと戦うことを決意するのであった――。
―――――――――――――――
(この私が、気配に気づかなかった…?そんなこと、あり得るの?でもこの人、見るからに弱そうだし…いやいや!それでも、完全に空気と同化していたのは事実…。こんな不思議な人間に会ったのは、初めて…)
なんて、女の子は脳内でブツブツ…と呟くも、こちらにその思念が届くことはない。
年齢の割に、結構ツンツンしてるな~。
と呑気に印象付けながら、私は屈託のない笑顔を絶やさず向ける。
だって可愛いんだもん。幼い子はさ、こう…ぎゅ~と抱きしめたくなるというか。って、この発言大丈夫かな…。
私に気づいた時は、かなり取り乱している様子だったけど、女の子は即座に訝し気な表情で睨みつけてきた。
まあ、普段人には見せることのない素の顔を見られたら、羞恥を覚えるのも無理ないだろう。
でも赤の他人だし、そこまで鋭い目線を向けなくてもいいのに…。ちょっと、しゅんとしちゃうなぁ。
それにしても、ぬいぐるみを前に、彼女は少しうら寂しさを感じていたような気がした。余計なお世話なのは分かってるけど、放っておけない気持ちが勝り、保護者目線で話しかける。
「ねぇ、こんな所に一人でどうしたの?お父さんお母さんはいないのかな?」
「………っ!!」
当たり障りのない言葉を選んだつもりが、地雷を踏んでしまったみたいで、今度は物凄い眼力で圧をかけられる。
「子ども扱いしないで。あんたみたいに、すぐ保護者面して近づこうとする奴、私嫌いなの。見た目だけで人を判断しないでくれる?」
「うーん、そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ。気に障ったら、ごめんね。ただ私は、君がちょっと寂しそうにしてたから、心配で…」
年齢的には、10歳程だろう。会話が苦手というわけではなさそうだけど、明らかに人を信用していないような、少しばかり近寄り難い空気を飛ばしている。
警戒心が極度に強いと言った方が適切だろうか。子供ながらに、堂々とした大人の風格を感じる。
ぬいぐるみと話していた時とはまるで別人のよう。一瞬、二重人格を持ってるのではないかと疑ってしまった。
というか、待って…この子、もしかして滅茶苦茶強い??可愛さに隠れて、何かとんでもない魔力を秘めてるように感じるんだけど…。
「寂しそう…?なんでそんなことが分かるの?」
「ええっと、声のトーン…とか?」
「それだけで…。意味が分からない」
「たしかにそれだけではあるけど…だって、今も少し声が震えてる」
「えっ…」
今、この子が私に見せている態度が素でないのなら、相手に強く出ようとすることで、自分の中から湧き上がってくる何らかの感情を誤魔化しているようにしか思えない。
考えられるのが、悲しみや不安、寂しさ辺りだろう。幼い子供にしては感情の隠し方が秀逸だけど、私にはお見通しだ。
そこまで考察したところで、本来の目的を思い出す。この子には悪いけど、ここで長話をしてる場合ではない。
「でも…君はすっごく強いみたいだし、余計な心配はいらなかったかな?ごめんね、中途半端にお節介な人で…。それじゃあ、私は――」
「ちょ、ちょっと待って」
この場を後にしようとする私を、女の子は呼び止めた。私から何かを感じ取ったのか、表情を緩ませ、聡明な眼差しをこちらへ向ける。
そして、何とも奇妙な質問を投げかけてきた。
「もし、私の唯一の家族が〝悪魔〟だって言ったら、あんたは信じる?」




