第71話 天に口あり地に耳あり
「ええっと、どこかで会ったっけ…?」
首を傾げながら、なぜか私を知っている女の子に問いただす。それに乗じ、ルナも重ねて質問した。
「そ、そうよ。私も、それにユィリスの事も知ってるみたいで…。あなた、一体何者??」
てっきり、ルナやユィリスの知り合いかと思ったけど、そうでもないみたい。
遠くの方からでも目立つ明るい髪色に、目新しい格好。それに加え、独特な表情で可愛い女の子なんて、そう簡単に忘れないだろう。ましてや、女の子が大好きなこの私が…。
雰囲気や言動から、特に怪しい部分は見当たらない。少なくとも、悪い子ではないと思う。
この場に変な緊張が漂う中、私たち二人の注目を強く浴びた女の子は、少しばかり残念そうな顔を見せる。
「えー、分からない?うーん、あの時の〝勘〟はどこに言っちゃったのさー」
「……??」
一体何のことやらさっぱりな私たちを他所に、彼女は懐から小さな機械を取り出し、首元に装着しだした。
指の腹に乗せられるほど小さく、薄っぺらい四角状のチップ。それを身につけていた白いチョーカーにくっつけ、上から魔力を流し込む。
「〝エディット〟…」
魔法をかけ終えた後、女の子は無言でチップに指を押し当てた。すると、そこから僅かにピピッ…という小さな機械音が聞こえてくる。
次の瞬間、私たちは耳を疑うほどの衝撃を受けた。
「これでどうっスか?お客さん。俺っちの声、聞こえてます?」
「えっ…」
一癖も二癖もある濁った男性の声が、女の子の口から発せられた。
一度聞いたら、嫌でも頭の中にこびり付いてくる。そんな唯一無二の声質が、私たち二人の記憶から湧き上がってきた。
言葉を失うとは、この事を言うのだろう。聞き覚えのある声…その真の正体に、開いた目と口が塞がらなかった。
たった一つだけ、私は彼女の情報を知っている。それでも、今この瞬間まで疑ってかかっていた驚愕の事実。
その私がこの驚きようなのだ。彼女に関して何も知らなかったルナは、更に驚嘆していることだろう。
「あなた…えっ?……え!?」
と、何テンポか遅れて理解に及ぶルナ。私が元魔王アリエだと知った時ほどに驚いている。
「まあ、その反応が普通か。どう?想像してた姿とは、似ても似つかないんじゃない?」
チップを外し、元の声に戻った王都の知り合いは、ドヤ~とした顔で可愛らしく笑う。そして、未だ放心状態の私たちに、自己紹介も兼ねて続けた。
「王都レアリム一の情報通。誰もが信頼し、誰もが知らぬその正体…絶対に嘘はつかないが、過激な情報提供はお断り。対価は妥当、払わにゃ出禁。いつでもフランクに受けつける、謎多き情報屋とは、俺っちのことだ……って、レアリムの号外でよく宣伝させてもらってたなー」
「……」
「まあ、もう使わない口上は置いといて……久しぶりだね~、アリアちゃん、ルナちゃん。先日はどうもー。あたしは王都レアリムの元情報屋、名前は…【サキ】って呼んでくれると嬉しいかなー」
可憐な髪をかき上げながら、私たちの知る情報屋さん―サキは、楽しそうに語る。
「「「ええぇぇ~~~!!??」」」
私たち(特にルナ)は、腰を抜かす勢いで仰天した。
こ、この子が!?こんな可愛くて、私よりも幼そうな…この子が、あの情報屋!??
思い描いていた人物像とは、あまりにもかけ離れている彼女の容姿を、何度も目を擦りながら見やる。女の子だとは知っていたけど、見た目や口調、声のトーン、一人称、性格…どれを取っても、私の想像を遥かに超越していた。
「ふふっ、やっぱり面白いなー、二人とも。というか、驚き過ぎじゃない?」
「いや、驚くわよ!!まだ疑ってるんだから!」
はぁ~、びっくりした~。いや、ほんと。
世界とはこうも広いのか(?)と、謎に感慨深くなる。私は改めて、あの情報屋の姿と照らし合わせながら、サキに注目した。
背中の真ん中辺りまで伸ばした、明るさが際立つ桃色の髪。前髪の一部をヘアピンで纏め、目にかからないようにしている。
常に半開きで、じとりと粘り強い目つきが特徴的な、テンプレ通りのダウナー少女。年端もいかない顔つきで、年齢は少なくとも私以下に思える。
背丈は、ユィリスよりも少し大きいくらい。だけど、数多の情報を仕入れ、それを全て記憶できる頭脳を持ち合わせた者とは思えない幼さだ。
服装は、厚手の白シャツの上から、袖を通さず羽織っている紺色のカーディガン。そして、太ももから下を露出させた、スカート付きの黒い短パンを身につけている。
目新しい格好というのは、首にかけた耳当てのようなもの。アクセサリーにしては大きいし、先程のチップと同様、何かの機械にも思えた。
「アリアちゃんも、あたしが女だってこと、勘とはいえ当ててくれたのに、リアクションがオーバーだよー」
「いやだって…まさかそんなに幼いとは思わなかったし。初めて会った時、もっと背高くなかった?」
「背くらいは、ブーツに細工すればいくらでも伸ばせるよー。性格に関しては、あたしでも驚くくらい変わった気がするなー」
「なんか、言葉あやふやじゃない…?」
と、ルナはサキの何気ない言葉に突っ込む。これ以上なく驚いたものの、彼女について知っていることは、まだ容姿と情報屋をやっていたという事実のみだ。
他にも聞きたいことは山ほどあるけど、一先ずこの場で起きたことについて尋ねる。
「えっと、ルナ…とりあえず、ここで起こったことを話してくれる?」
「え、ええ…分かったわ」
ルナは動揺しながらも、私と馬車で別れた後のことを手短に話してくれた。
ユィリスが騙され、連れ去られてしまったこと。そして、現れた魔族供をサキが倒してくれたことなど、全て…。
「ごめんなさい、アリア!私が、しっかりあの子のことを見てれば、こんなことには…」
「ルナが謝ることじゃないよ。私も悪いし…。でも、本当にマズいことになったね…」
物事にタラレバは付き物だけど、これは割り切れない。キロ・グランツェルの後を追うのに必死で、完全に油断していた。
恐れていた最悪の事態。念のため、ユィリスに〝魔力防御〟を張っておいて良かった。
でも、攻撃を受けるのと特異な魔法を使われるのとでは、状況が全く違う。私の魔力が及ばない特殊空間へ連れ去られたのなら、シールドの効果はあまり見込めない。
奴らがどこに拠点を構えているのか分からない以上、闇雲に探しても無駄な気がする。
何か、手はないの…?このままじゃ、ユィリスが…。
そんな時、馬車で耳にしたキロの発言が、ふと脳裏に浮かび上がってきた。
「あっ、そうだ!」
「アリア…??」
「たしか、キロは女の子を探してて、見つけたら役場に来るように言ってくれって街の人に話してたよね?」
「うん、そんなこと言ってた気がするわ」
「キロと一戦交えた時、アイツはリツが来たって連絡を誰かから受け取って、すぐに私の前から消えたの。その探してた女の子がリツって子なのだとしたら、役場に行けば――」
そこまで言ったところで、サキが動揺しながら話を遮る。
「ちょ、ちょっと待って…!あ、アリアちゃん、あの人と戦ったの…?」
「え?うん、まあ軽くだけど」
「いや、そんな普通に返されても……。というか、なんで無傷なの?」
「なんでって言われても、傷をつけられてないからとしか答えられないよ?」
「は、はぁ……」
今まで余裕綽々と会話していたサキが、先程とは逆の立場で驚き、私を引くような目で見てきた。魔族を手も触れずに圧倒した彼女でさえ、勇者の強さの前では恐怖が勝るのだろうか。
まあ無理もない。普通の人間は、勇者に逆らうことなど出来やしないのだから。
「アリアって、そんなに強いんだ…。なんか、とんでもない人に付いてきちゃったわね、私」
なんて、ティセルからも引き気味で見られる始末。良い意味でなのは分かってるけど、なんか腑に落ちない。
「それで、アリアちゃん。もしかして、役場に向かおうとか思ってる?」
「うん。今度こそ、奴らの動向を探れると思うんだ」
自信を持って言うと、サキは顔を顰め、何やら深く熟考し始める。心なしか、耳を澄ませているようにも思え、とりあえずは彼女の言葉を待つことにした。
「うん、やっぱ聞こえないねー」
と小声で呟いた後、サキは私に向き直る。
「アリアちゃん、今は止めておいた方がいいよ」
「え、どうして?」
「勇者パーティは今、役場の一室に結界を張って、外からの干渉を無効にしてる。アリアちゃんなら突破できると思うけど、奴らよりも強いリツがいるんじゃ、下手に動いて警戒されると厄介だよ」
「ん…待って!リツって子は、キロよりも強いの!?」
そういえば、探してた女の子は同じ勇者だとも言っていた。ここにきて、更なる強者の存在が明らかになり、不穏な空気が漂う。
もしその子が敵サイドだったら、正直私の手に負えるか分からない。ただでさえ、相手が有利の拠点で、しかもユィリスが拉致されたという最悪の状況なのに、これ以上私たちが不利になるのは、流石に気持ちが沈んでしまう。
「あたしも良く知らないけど、リツは相当強いって聞くよ。領民からの強い支持を持つ闇の勇者を、彼女も信用しているなら、当然殴り込んだ方の立場が危うくなる。あの人は、物事の気配に敏感だし、尾行もお勧めできないかな」
「じゃあ、どうすればいいの…」
唯一だと思っていた道も絶たれ、少しばかり苛立ちを表に出してしまう。
たしかに、みんなの安全を第一に考えれば、無闇に未知数の戦力へ突っかかるのは良くない。でも、大切な友達が連れ去られた今、手段なんて選んでる場合でもないのだ。
「ユィリス…」
奴らの拠点を感知できない自分に嫌気が差す。いっそ暴れて、私が街の悪者になってやろうか。
嫌われることには慣れている。それでユィリスとアィリスさんが救えるなら…。
なんて、再び自己犠牲の考えが頭を過ぎった時、
「待ってよ、アリアちゃん。拠点を特定する方法は、ちゃんとあるから」
と、サキが落ち込む私たちを宥めるように告げた。
希望はまだある。藁にもすがる思いで、私は食い入るように顔を上げた。
「ほ、ほんと!?」
「うん。寧ろ、勇者パーティが役場で密会してる今がチャンス。あたしが仕入れた情報通り、拠点に行き着くことが出来れば、敵は魔族と女錬金術師のみだもん。簡単でしょ?パパッとユィリスちゃん、とお姉さんを助けられればいいんだよねー?」
「……」
そこまで聞いて、私はサキに訝しげな視線を送った。
彼女の提案した方法が成功すれば、こちらにとっては願ったりかなったり。本当に助かるし、状況は有利に傾くことだろう。
でも、明らかにおかしい。情報を掴むのが得意だとはいえ、あまりにも知り過ぎだ。
信用してない訳じゃないけど、ここからはお互いに有耶無耶を残さず行動していきたいと考え、私は堂々と尋ねる。
「ねえ、サキ。どうして、そこまで知ってるの?ユィリスはともかく、お姉さんのことは知らない筈だよね。話してないもん…。レアリムの時も思ったけど、私たちの情報は、一体どこで手に入れてるの?」
「あー、そのことねー。聞かれると思ったよ、ふふっ」
少し圧をかけた私の質問に動じることなく、サキは無邪気に微笑む。そして、自分の耳を指差しながら、さらっとこう言った。
「だって…嫌でもこの耳に入ってくるからさー。みんなの囁き声も、独り言も…全部ね」




