第63話 虚空の聖剣
《ご主人様、我は一足早く、グラン街に向かいます》
そんな報告が頭に入ってきたのは、食事中に私がシャトラの存在をようやく思い出し、その後みんなで捜索し始めてから数分経った頃であった。
前世では、よく幹部たちと思念を通して連絡を取っていた私。まあ色々理由があって(※追々説明描写設けます)、転生後でも使えるみたい。
それに気づいたのは、まさに今なんだけど…。
突然のコンタクトに驚いたが、すぐにその意図を聞き出そうと私も思念を飛ばす。
《シャトラ!?今までどこに…》
《すみません。あの時、なぜか我だけ霧に取り残されて…。今は森を抜け、街へ疾走中です》
《無事ならいいけど、先に行ってるってどういうこと??というか、もう行ってんの!?》
《奴ら勇者パーティを欺くのです。本来、我は奴らの駒で、ご主人様を殺せと命じられた身。嘘の情報を伝え、奴らを油断させることも、ファモスに接触し、隙あらばおチビの姉を回収することも出来ます》
《た、たしかに…》
元はと言えば、勇者に従わされて仕方なく命令を受けてたんだもんね。私たちが真正面から突っ込むよりも、味方だと思われているシャトラの方が安全に救い出せるのは間違いない。
名案ではあるけど、それがシャトラの口から飛び出たことに少し驚いてしまった。私以外の人間のために、自分からアクションを起こすなんて…。
《分かった。でも、無茶はしないでね。勇者はあなたよりも強いみたいだから…》
《はい!必ず、ご主人様の期待に応えてみせます!!》
《うん、頼んだよ!》
私のためっていう根本的なところは変わらないけど、ここまで積極的に動いてくれるだけでも嬉しかった。
あの子なら大丈夫だろう。勇者を上手く騙してくれるに違いない。
助けることは出来なくても、拉致されたアィリスさんの状態を連絡してくれるだけで、物凄く助かるのだから。
「まあ、それはいいとして…。問題は、この事をどうみんなに説明するかだよね」
そもそもの話、私以外のみんなは、シャトラの事をそこら辺にでもいる野生の白虎だと認識している。そんな子が、いきなりグラン街に向かったと聞けば、誰もが疑問に思うだろう。
なんとか辻褄を合わせて説明するしかないよね…。
と、一緒に探してくれているみんなの元へ戻ろうとした瞬間、視界の端に妙なものが映り込んできた。
「何?あれ…」
大樹の裏手に、精霊の住まう森へ続く細道がある。目を凝らすと、その先に薄っすらと光り輝く台座のようなものを確認した。
自然魔力を纏って輝いているのだろう。台座には、何やら錆びついた剣が垂直に突き刺さっていて、見たところ何年も手入れされておらず、かなり老朽化が進んでいる。
森を飾るオブジェなのかと思ったが、どう見ても神聖なエルフの森には似合わない置物。こんな道の真ん中に堂々と置かれていることに何の意味があるのかと、不思議そうに眺めていた私は、台座の側面に刻まれた文字に気がついた途端、食い入るようにそれを見始めた。
「待って…!これ、〝鍵文字〟じゃん!!」
今や、この世界に存在し得ない古代の文字。伝承されていないのであれば、この文字を読めるのは、前世で1000年近く生きてきた私くらいだろう。
鍵文字で書かれていた『ユートピア』という単語を読み上げて以来、村で色々調べたりしてきたけど、その言葉に関する情報は何一つ得られなかった。転生理由にも直結してそうで凄く気になっていたものの、誰かの悪戯の可能性もあるし、半ば諦めかけていたのだ。
まさか、偶々立ち寄ることになったエルフの森で、この文字に出会えるとは…。
ワクワクしながら、私はゆっくりと書かれている文字を読んだ。
――歴戦の最中、人間界で唯一無二の勇者であった………に仕えた『虚空の聖剣』〝キュラ・シェル〟。その封印を解きし者が現れることを祈っている。
勇者の名前の部分だけ、文字がかすれていて読めない。剣の劣化具合といい、相当な年月が経っていることは間違いないだろう。
少なくとも、鍵文字が扱える人間がいた時代。私が生まれるよりも前に書かれた可能性だってある。
「虚空の聖剣…ねぇ」
ざっと剣や台座を観察してみたけど、封印の魔法が使われている様子はない。時の流れにより、自然と封印が解かれたようだ。
「まあ、仮に解放したところで、ただ突き刺さってるだけのおんぼろな剣に需要なんてないよね」
すると、剣が一瞬ピクッと動いた………ように見えた。
「エルフたちも、ずっとここに置かれてるから撤去するわけにもいかず、せめて観賞用のオブジェにしたってところかなぁ。もうガラクタと同じだもんね、これ」
無意識に、また馬鹿にするような言葉を並べると、剣が先程よりも激しくカタカタ…と蠢く。
「でも勇者が使ってたくらいだから、きっと物凄い力を秘めた武器だったのかも」
褒めてみると、次は台座ごとピカッ!と輝きを放ち始めた。柄の部分を左右にしならせて、うっきうきに踊りだす。
分かりやすいな!!てか、自我あんの!??
気のせいだと思うけど(←すっとぼけ)、武器に意思が宿っているのは珍しいケースだ。大体は、悪魔や呪いが具現化したような精神が巣くう物ばかりだけど。
何にせよ、こんなところで道草食ってる場合じゃない。ユートピアに関係した内容でもなかったしね。
一生懸命探してくれているみんなに、早くシャトラの事を知らせてあげないと。
そう思い、剣から背を向けて歩き出すと、
「「いやいや!!そこは封印を解いてくれる流れだろ!?」」
ようやく人の言葉を発し、剣(?)が呼び止めた。意思があると分かっていたから、特に驚きもせず、私はめんどくさそうな態度を示しながら振り返る。
「散々アタシをディスった上で放置とは、何様だ!この【キュラ】に謝れ!!」
柄をぼよんぼよんさせながら、キュラと名乗る剣は怒りを露わにする。刀身が台座に固定されてるにも拘わらず、物凄い暴れっぷりだ。
穏やかではない口調に反して、可愛らしい声を持っている。剣に性別があるのか知らないけど、恐らく女の子だろう。
「えっと、喋れたんだね」
「アタシと釣り合うに値する存在だから、わざわざ話しかけてやったまでだ!光栄に思うんだな!」
「……」
随分と頭が高い剣だ。頭がどっちか分からないけど…。
精霊のように思念を飛ばしている訳ではない。人間と同じように会話が出来ている。それこそ、台座の裏で誰かが声を当てているのではないかと思われる程に。
「とにかくだ。アタシをこの台座から引っこ抜いてくれ。そしたら、特別にお前のことを〝マスター〟と呼んでやってもいいぜ」
「マスターって……私、主従関係はもうお腹いっぱいなんだよね…。それに、そんなボロボロの身体じゃ、使ってあげられないよ」
「わーってるよ、それくらい!封印を解いてくれりゃ、本来の力を取り戻せるんだっての。多分…」
「封印って、ただ抜けなくなっちゃっただけじゃ…」
図星なのか、キュラはピクリと分かりやすく反応した。
仕方ない。話がややこしくなるから、封印されてることにしよう。
「……昔の記憶なんてなくなった。なんで封印されたかもな。もうこんなとこにいるのは退屈なんだよ。この訳の分からん文字が読めるお前になら、託してもいいと思ったんだぜ。頼む!アタシをここから自由にしてくれ!」
自我があるなら、ここにずっと封印されたままでいるのは辛いだろう。流石に同情する。
人助けならぬ剣助けにはなるが、減るもんじゃないかと仕方なく封印を解いてやろうと思い始めた時、またしても誰かの声が耳に入ってきた。
「キュラ、そんな言い方ではいけませんよ。ようやく、あなたが会話を許した人間と出会えたんですから、もっと言葉を選んでください…」
「ん??」
今度は軽く困惑した。
なんとその声も、虚空の聖剣から発されているようで、まるで同じ人物から二つの全く異なる人格が現れたかのような多重人格現象を、今目の前で披露されているのだから。
「先ほどの無礼をお許しください、マスター。わたくしは【シェル】と申します」
「は、はあ…」
急に人が変わったように話す剣。どういう事かと、私は停止していた思考をなんとか張り巡らせる。
そして、シェル…キュラ・シェルのシェルの方か!と、ようやく名前の意味を理解した。
「わたくしとキュラは一心同体。意思を同時に発現することが出来ず、常にどちらかが表に出て、マスターの戦闘のサポートをさせていただきます」
「なるほど…」
「こんな身なりですが、安心してください。封印を解いていただいた暁には、一生をかけてお傍に仕えることを誓いましょう。さあ、マスター!今すぐにわたくしをここから引き抜いてください!やっちゃってください!」
「もうマスターっていうのは確定なのね…」
こっちは声質から知性を感じるけど、ユーモアのレベルも高いよう。あんまり畏まられても窮屈なだけだし、丁寧な言葉遣いだけど、対等に話してるような…言うなればフランタイプの性格だ。
恐らく『虚空の聖剣』は、鍵文字を読める誰かが現れるのをずっと待っていたのだろう。まあ、当の本人は記憶を失っていて、鍵文字という言葉すら分からないみたいだけど。
「分かったよ。引っこ抜いてあげるけど、その後は別に自由にしてくれていいからね?無理に付いてこなくても大丈夫だから」
「了解しました。マスター」
これ以上、厄介ごとが増えるのは正直ごめんだし…。
そう心の片隅で思いつつ、柄の部分を持ち、ゆっくりと力を入れる。錆びた部分がこすれて少し痛むけど、ちょっとずつ台座から引き抜いていく感覚が伝わってきた。
「いい感じです、マスター」
ボロボロだし、折れてしまわないかと心配だったけど、そんなことはなく。芯がしっかりしているからか、埋まっている刀身の先まで欠けることなく、最後はスポッと綺麗に抜けた。
「よし、上手く抜けたよ!」
「ああ…わたくしはたった今、自由の身になれたのですね。マスターには、何とお礼を申したら良いか…」
全身が錆びついた剣―シェルは、自由になった途端、宙に浮いて踊りだす。
こんな簡単に封印が解けるなら、もう誰かがやってそうなものだけど…。それとも、私に何か特別な力があるとか?
「キュラは、自身がマスターと呼ぶに相応しい人間を見定めていたようで、勝手に封印を解こうとする人間を片っ端から呪っていました」
「自由になれてなかったの、殆どキュラのせいじゃん!!」
剣の癖に、変なプライドも持ち合わせているようだ。私は冷静になって、空になった台座を見つめる。
「でも、勝手に引っこ抜いちゃって、エルフのみんなにはなんて説明しよう…」
「問題ありません。〝永久分身〟…」
すると、シェルは周囲の自然魔力を吸い取り、自身の魔力へと変換。その魔力を使用し、自分と全く同じ姿の分身を台座に嵌め込んだ。
この世に自分と瓜二つの『個体』を生みだせる魔法、〝永久分身〟。個体というのがミソで、只の分身と違い、魂をも複製され、死以外では決して消えることのない完璧なクローンを生み出せる半永久機構である。
「そんな魔法が使えるなんて…ほんとに凄い剣なんだね」
「分身には意思を宿していないので、このまま放置で問題ありません」
シェルは刀身を上にして、私と同じ目線に下がる。そして、改まった態度で挨拶をし直した。
「これより、『虚空の聖剣』〝キュラ・シェル〟は、勝手ながらマスターのために死力を尽くして参ります。必要であれば、何時でも、何処でも、何なりとお申し付けくださいませ」
「え!?ちょ、待って待って!!無理に付いてこなくていいって、さっき――」
「はい。ですが、自由にしてくれていい…ともおっしゃいましたので、わたくしの自由にさせてもらいます」
「いや、そういうことじゃなくて…」
二つの自我を持つ剣をホイホイ連れていける程、私はお人好しじゃない。それに、シャトラの件といい、どうみんなに説明すればいいのやら…。
いきなり武器を手に入れました~なんて、誰が納得するだろうか。いよいよ、私が元魔王アリエだって疑いをかけられてもおかしくなくなってくる。
いやまあ、疑いというか…本当の事なんだけど。
「わたくしは普段、〝虚空空間〟に滞在しておりますので、召喚の際には、キュラまたはシェルの名を呼んでいただければ、どちらかがマッハで馳せ参じ、マスターのご命令通りに動きます」
「あー、かーしゃ??」
「簡単に言いますと、世に存在する無限空間の内の一つです。使い道が分からず、キュラは休憩スペースとして扱っておりますが…」
「いや、あなたたちほんと何者なの…?」
「それでは、マスター。必要な時が来れば、お呼び出し下さいませ。その時に、わたくしの本来の力をお見せ致しましょう…」
「あ、ちょっと…!」
私の静止も聞かず、シェルはこの場から消えてしまった。
色々聞きたいことがあったけど、呼び出さない限りは付いてきてないと同義だし、呼び出すことなんて滅多にない。ある意味、自由にさせてるようなものだ。
「なんか、次から次へと予想外の出来事が続いて…もう疲れちゃったよ~」
とにかく、みんなにシャトラの事を伝えないとね。
明日は早朝から出発予定だ。寝不足だし、今日は早めに寝ておかねば。
大きな欠伸を漏らしながら、私は急いでエルフの森へと戻った。




