第58話 向かう先
事情・状況などを大まかに把握した私たちは、ユィリスを探しに外へ出る。
あの録音を聞いた途端に出て行ったから、もしかしたら一人でグラン街へ向かおうとしているのではないか。そう考えたら、自ずと行き先は絞られる。
「あんた、一人で馬車動かせるのかい!?」
「一回しかやったことないが、問題ないのだ!」
やっぱり…。
案の定、ユィリスは村の役場で馬車を借りようとしていた。私たちが駆けつけた時には、既に乗り込んでいて、ぎこちない手つきで発進しようと手綱を引くが、
「え…!?うわああぁぁぁ!!」
何も考えず雑に綱を引っ張ったせいで、馬の神経を逆撫でしてしまう。興奮した様子の馬は、大声で鳴き、その場で暴れ出した。
言わんこっちゃないと思う間もなく、暴走する馬に襲われる役場。このままじゃ、他の馬まで影響を受けて大変なことになる。
「ユィリス!!」
「た~すけ~て~!!」
私は素早く馬の背に移動し、魔力を込めた手のひらを馬の頭に押し当てた。
動物の心は繊細。恐らくこの馬は、怒りというよりびっくりしちゃって暴れ出したんだと思う。
そりゃ動物であれ何であれ、いきなり刺激されたら驚いちゃうからね。馬車を動かすのも、簡単じゃないということだ。
リラックス効果のある温かい魔力を受け、馬は徐々に落ち着きを取り戻す。幸い、この場に怪我人はでなかった。
「あ……あー…」
馬に振り落とされたユィリスは、目をグルグル回して倒れこむ。私はやれやれ…と思いつつ、ユィリスの体をゆっくり起こした。
「ありがとうなのだ、アリア…」
「もう、無茶しないで。まさか、一人でお姉さんの元へ行こうとしてたの?」
「……」
少し拗ねたような面持ちで、ユィリスは沈黙を返す。まあ、図星だろう。
「録音を聞いて、事情はみんな分かってる。ユィリス、一人で無茶しないで…。私たちも、一緒に行くから。ね?」
「アリア…」
「優しいね、ユィリスは。アィリスさんをずっと支えてきて…今だって、相手が誰であれ真っ先に助けに行こうとしてさ」
「優しいなんて、そんなことないのだ…。お前に比べたら、私なんて…」
「優しさに大きいも小さいもないよ。まあ、常識外れの優しさは考え物だけどね」
ユィリスは未だ顔を伏せ、複雑な気持ちを抱いているように見える。
恐らく責任を感じてるんだろう。あの時、自分を庇ってくれたアィリスさんが犠牲になってしまった事に…。
でも、もうそれを一人で背負うことなんてない。だから、私は強気に伝える。
「ユィリスが、今日私たちに話してくれたことが答えだよ。あそこまで包み隠さず話してもらったのに、私が動かないなんて絶対思ってないでしょ」
「……っ!?」
「ハッキリ言ってくれなくてもいいよ。でも、ユィリスは絶対に頼ってくれたって、私は判断した。モナを助けるために、躊躇うことなく王都へ一緒に行ってくれたユィリスのように、私だって今のユィリスを放ってはおけない。当たり前だよ。大切な友達なんだからさ!」
そんな私の言葉に、ユィリスは顔を上げ、驚いた表情を見せる。
ちょっと図々しく言い過ぎちゃったかな。まあユィリスだからね。これくらい強く言った方が伝わると思った。
何が何でもついていく。そう遠回しに言った私に対して、ユィリスは照れくさそうに口元を綻ばせた。
「全部、お前にはお見通しだったわけだな…。ほんと、いつから女に対してそんな強く言えるようになったのだ?」
「へ?あ、いや…その……」
変なところを指摘され、あたふたしてしまう。そんな私を見て、ユィリスは失笑する。
「ぷっ…!分かった、ちゃんと言うのだ。アリア、一緒に姉ちゃんを助けてくれ!」
「ユィリス…!」
やっと頼ってくれたと、私も笑みを零した。
「さあ、とっちめてやりましょう。勇者も錬金術師も!」
「うん!」
「ふふん!ついに私も、本気を出す時がきましたか」
「ほんとか!?フラン!」
「ほんとなのかなぁ…」
その後、私たちは状況の整理と目的地について話し合うことに。人間界、そして勇者の〝領地〟に関して、フランが色々と説明してくれた。
「人間界は、勇者の領地というのが存在します。まあ、人間界を守護するためのシステム的なやつですね。で、いくつかある領地の一つが『グランツェル領』…私たちが向かうところです」
「そうなのだな。全然知らなかったのだ!」
「あなた、それでよく一人で行こうとしてたわね…」
ユィリスは知らなかったみたいだけど、私は少し聞いたことがある。
勇者は人間界に何人かいて、それぞれが領地を持っているそうだ(持っていない勇者もいる)。
理由は今フランが言ったように、人間界を保護するため。各地に勇者を配置させておくことで、人間の悪事をも防止するという目的もある。
が、その勇者が悪事を働いているのだから、全く意味がない。この勇者システムを考案した人間界の〝トップ〟は何を考えてるのやら…。
「モナは、一時期勇者パーティと一緒にいたのよね…。その、グランツェル領に行ったことはあるの?」
「ううん。モナが一緒の時は、ずっとレアリムの周辺を旅して回ってただけだから…。グラン街の事はよく知らないんだ」
グラン街に来いとは言われたものの、誰も場所が分からないんじゃ、知ってそうな人に聞くしかない。そう思っていたが、私はすぐにピンときた。
「シャトラがいたじゃん!」
「はい!何でしょうか、ご主人様!!」
どこにいたのか分からなかった小動物が、私の呼びかけに応え、瞬間移動してくる。執拗に尻尾をふりふりしてるのが可愛らしい。
「ねえ…そういえば、シャトラはどうやってここまで来たの?道、知ってるよね」
そう小声で尋ねると、シャトラは得意げに答える。
「勿論です。そう遠くはないですが、少々道中に問題が…」
「問題??」
「はい。ここからグランツェル領へ踏み入るには、〝エルフの森〟を通過する必要があります」
エルフ!!??
あの、耳が長くて美形揃いの種族…だよね!一度会ってみたかったんだ~!!
人前にはあまり姿を見せない妖精なんだとか。実際にはないけど、夢(※ではなく、アリアのイメージです)でなら見たことがあるよ~。
と、危ない危ない…危うく冷静さを欠くところだった。妄想を体で表現するのはフランだけで十分なのだから、うん。
「えっと…エルフの森の何が問題なの?」
「エルフの森には、昔から多くの『精霊』が住み着いています。奴らはかなりの人間嫌いで、森に立ち入ろうとする人間を、あらゆる魔法を駆使して追い返そうとするようで…」
「なるほど」
「森を避けても問題はありませんが、その場合、領地に着くには馬車でも数日かかってしまう距離です」
シャトラの言う精霊とは、エルフとは別種で魔物よりの個体だろう。エルフに関しては、人間を過度に嫌ってる訳ではなさそうだ。
うーん、魔王じゃあるまいし、みんなを上空へ飛ばしたりすることは難しいなぁ…。まあ、なんとかするしかないか。
その時はその時だと、私は今聞いたことをみんなに話す。
「エルフの森!?あの、精霊がいるっていう場所よね?」
「なるほど…。人間である勇者パーティも、そう易々とこちらへは来れないから、ホムンクルスなどを飛ばして私たちに色々仕掛けてきてたという訳ですか…」
「先ず、ホムンクルスって飛べるんだ…。モナが相手した人は、飛ばなかった気がするけど」
シャトラに全員は乗れないから、移動手段は馬車。ルナと一緒に手綱を引いて行くしかないだろう。
そう思ってた私の元へ、役場とは別の方角から、一台の馬車が走ってきた。
「アリアちゃ~ん!!」
手綱を引いているのは、カナさん。急いでいる様子で、こちらに手を振っている。
行商人の仕事で扱う馬車のようで、役場のものより一回り大きい。それをたった一頭で引く馬が凄いと思われる程に。
「カナさん、どうしました?」
「今から、アィリスちゃんを助けに行くんでしょ?乗って!」
「えっ、いいんですか!?」
「ウチの馬は特別でね。普段大荷物を運んでくれてるから、他の馬よりも脚力があるわ。子供5人乗せるくらい、大した負担にならない!」
と、カナさんは笑顔で親指を立てる。
急いで向かいたい私たちにとっては、物凄く助かる話だ。ここは、お言葉に甘えさせてもらおう。
「ありがとうございます!」
「グラン街へ行くには、エルフの森を通らなきゃいけないんだけど、そこまでなら今日の夜には到着できそうかな。少なくともグラン街に行き着くには、この馬車でも一日はかかっちゃうんだけど…」
「十分です!」
今はお昼時だし、時間的にグラン街へは明日到着予定。森にいる妖精とやらを切り抜ければ、最短距離で目的地へ向かえるらしい。
「ありがとうなのだ!姉ちゃんの友達!」
「うん…私もね、アィリスちゃんから少しだけど事情は聴いてた。こんなことになるなんて、私だって許せない。さあ、出発するわよ!!」
みんなを荷台に乗せ、カナさんは馬車をすぐさま発進させる。高らかに馬が鳴き、勢いよく走り出す。
「お~!!速いですね!」
「凄い!」
普段どれだけ大きな荷物を引いて走ってるのだろうか。そう思うくらい、行商人が扱う馬は相当な体力を有している。
「よ~し!!行くのだ、姉ちゃんを救いに!!」
待っててね、アィリスさん…。必ず、助けるから!
ユィリスの世界でたった一人の姉―アィリス・ノワールを助け出すため、私たちは勇者が治める領地〝グランツェル〟へと向かって行った。
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「おい、聞いたか?〝情報屋〟の奴、何の音沙汰もなく消えたらしいぜ」
「ああ…家にあった骨董品も、全部なくなってたそうだ」
そんな声が、王都レアリムの路地裏で聞こえてくる。しーん…と静まり返ったその薄気味悪い家には、もう誰も寄りつくことはない。
どんな些細なことも、男に聞けばすぐに答えてくれる。それは勿論、情報に見合った価値のあるものを払えばの話だ。
しかしそんな有能な男の影は、もうこの王都にはない。人知れず雲散霧消した。
理由は皆無。情報を取り扱う仕事にうんざりしたのか、新しい職を探しだしたのか、或いは運命的に…か。
何にせよ、彼を頼っていた一部の都民の間では、大きなしこりが残った。
――誰一人、情報屋の正体を知らぬままであったことだ…。
故に、正体不明の不気味な情報屋の存在は、日を追う度に人々の中から薄れていき、彼が去った数日後には、もう殆どの者がこの件について語ることなどなくなった。
だが、もし彼が未だに王都へ居座っていたとしても、たとえ国王であれ、正体を見抜くことは不可能であろう。
情報屋の性別は、どう考えても男であると認識しているうちは…。
◇
「あー、だるいなー…。ここ三日、美味しいもん食べてないもんなー」
人間界南東、勇者の領地〝グランツェル〟――。
気だるげに話す桃色髪のダウナー少女は、目の前に広がる街並みを眺め、溜め息をつく。
「森を迂回するのにどれだけ時間がかかったか…。まあ、いーや。とりあえず、音楽聞きながら情報収集しよーっと」
嘗て耳にした、メイドたちの陽気なメロディ。それを楽しみながら、彼女はグラン街へと向かって行った。




