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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第一章 始まりの百合(※加筆修正中)
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第2話 アリアとルナ

 ――ドックン…ドックン……!


 これ以上なく心臓が踊り狂っている。優しく受け止めてくれた女の子は、私の視線を奪って離さなかった。

 なぜ、こうもときめいてしまうのだろう。

 ただこの子が女の子であるから。という単純明快な理由で説明していいものなのかと思える程、今の自分が抱えている()()()()感情に理解が追いついていかなかった。

 

「よいしょっと。ふぅ、ほんと無事でよかったわ」

 

 依然としてポカンと固まったままの私をゆっくり地面に下ろしてくれた女の子は、安堵の表情を見せ、ほっと息をついた。まさか、こんな形で人間の女の子に接触することになるなんて思ってもみなかったものだから、喜びよりも先に緊張が勝ってしまう。


「あ、その…あ、ありがとう!」


 唐突過ぎる神シチュエーションにドキドキしっぱなしの中、しどろもどろな口調でお礼を告げた。勇気を出して話しかけてきた子供のような私に対して、女の子は微笑ましそうに口角を上げる。


「どういたしまして。たまたま近くにいたからいいけど、今度飛行魔法を使う時は、気をつけなきゃ駄目よ」

「あ、はい…」


 人差し指を立て、めっ!と諭すように可愛らしく忠告した女の子。今の私と同年代に思えるけど、身長が高く、大人びた容姿なのも相まって、年上のお姉さんといった印象を受ける。


 太腿の辺りまで伸びた可憐で長いストレートの茶髪。前髪に些かアレンジを加えた程度の髪型だが、可愛らしい白のカチューシャと相まって、シンプル故の清楚さが毛先にまで滲み出ている。

 童顔でありながら、僅かに大人な雰囲気を感じさせる端整な顔立ち。整えられた長いまつ毛に透き通った茶色の瞳、柔らかそうな唇、色白の肌と、容姿に関しては右に出る者がいない。

 なんて、前世で何百年も生きてきた私の心が断言している(※若干補正が入っています)。出るとこは出てて、手足は長く、非の打ちどころのない完璧なスタイルだ。

 服装は長袖の白シャツに空色を基調としたフリル付きのワンピース。そして、髪をかき上げた際にチラッと見え隠れするハートのイヤリングやエレガントなブーツなど、全てを無駄なく、お洒落に着こなしている。

 拘りが強いようでいて、落ち着きも見られる完璧な風格。もはや別次元で、前世の私と良い勝負――いや、それを口にするのがおこがましいくらい、目の前の彼女は輝いて見えた。

 

 会話に集中できない程に見惚れていると、女の子から先に自己紹介される。


「私は【ルナ】。この家の住人よ」

「え、そうなの…!?」

「びっくりしたわ~。少し前まで眠ってたあなたが、急に外で飛行魔法を使い始めるんだもの」

「眠ってたって…え!?」


 なんと、私を助けてくれた女の子――ルナは、ここの家の住人で、しかも私が眠りについていたことも知っていた。もう既に、彼女には迷惑かけっぱなしだったのだ。


「とりあえず、中で話しましょ。ああ、そうだ。あなた、名前は?」


 自宅の玄関に向かおうとしていたルナは、こちらへ振り返り、尋ねてきた。


「あ、ええっと…アリ――」

「あり??」

「あ、その…あり、あ。名前は…【アリア】!」


 前世の名であるアリエを名乗ってしまうと、死んだ嫌われ者の魔王のイメージが付き兼ねないから、咄嗟に思いついた名を口にする。単純だが、悪くないだろう。


「アリア…いい名前ね。それにしても、あなた裸足で外出てたの?」

「あ、そういえば…」


 足元を見ると、素足が泥塗れになっている。靴を借りるのは悪いから、何とでもなれと裸足で外に出てきてしまったのだ。

 自分の無鉄砲さに呆れる私へ、ルナはやれやれという顔で手招きする。


「しょうがないなぁ。お風呂で洗ってあげるから、こっちきて」

「え、お風呂!?」


 私は流されるがまま、彼女に手を引かれ、再び家の中へと戻った。




     ◇




「ほら、そこ座って」


 まさか、こんな展開になるなんて…。

 人間の可愛い女の子とお風呂場で二人っきり。当然服は着たままだけど、未知の体験過ぎて心臓が未だに激しく脈を打っている。

 鏡に映っているのは、とても見ていられるものではない自身の恍惚な顔。もはや別人の域にあるその相好に、より一層顔が熱くなってしまう。


「あ、足洗うくらいならできるから…」

「魔力が切れたら体力は多少落ちるし、あんな無茶をした後じゃ、フラフラして足を滑らせちゃうかもしれないわ。これくらいはさせて」

「うぅ…」


 言われてみれば、少し手足に力が入らず、無理に動かそうとすると僅かな痺れが全身を駆け巡り、身体機能が極端に制限される。

 麻痺状態に陥ったような感覚と説明するのが分かりやすいだろうか。魔力残量が0になると、人間の体とはこんなにも脆く、危ういものになるのかと転生早々勉強になった。


「ほら、スカートちょっと上げて。濡れちゃうから」

「あ、うん…」


 顔を真っ赤にしながら、ドレスのスカートを太腿辺りまでゆっくりとたくし上げる。傍から見たら、今の私の表情・身なり・姿態は、目も背けたくなる程の色香を漂わせているに違いない。自分で言うことではないと思うけど。

 ルナは適温かどうかを確認したのち、シャワーを私の足に当て始めた。


「熱くない?」

「うん、大丈夫」


 彼女の細くて柔らかい指が足先に触れる。ちょっとくすぐったい。

 

「アリアって、歳いくつ?私は15よ」


 ルナはお花の香りがするもっちりとした泡で丁寧に洗いつつ、何気なく尋ねてきた。

 え、この子15歳…!?

 凄く大人っぽくて綺麗だから、成人に近い年頃だろうと勝手に決めつけてしまっていた。

 今の時代、15歳の人間の女の子というのは、こんなにも完成されているものなのか。いや、ただただルナが別格なだけだろう。勇者でも中々見られない美貌の持ち主なのだから。

 彼女の年齢に驚きつつ、私も自分の見た目から推測した歳を答える。


「ええっと、私も15…」

「ほんとに!?タメじゃん!」


 前世も含めたら1000年近いけど…。


「でも、ルナは同い年に見えないよ。すっごく大人っぽいし…」

「え~、私そんなに年取ってるように見えるかしら」

「あっ…いやいや、そうじゃなくって!良い意味で!そう、すっごく良い意味でだから!その、可愛いより綺麗だからみたいな…って、私何言ってんだろ……!」


 意地悪な顔で告げたルナの冗談交じりな言葉に、誤解を生んでしまったのだと必死に弁解する。そんな馬鹿丸出しであたふたする私に、ルナは優しく笑いかけ、またもこちらが最大限取り乱すような言葉で茶化してきた。


「あはは!冗談冗談。って…そんなに暴れたら、パンツ丸見えになっちゃうわよ」

「うひゃい!!?」


 なんとまあ知性の足りない的外れな反応だろうか。頬辺を染め上げ、舞い上がるスカートを全力で抑える。

 ここまで心がかき乱されることなんて、前世じゃ一度も無かったように思う。なんてことのない会話の筈が、そろそろ脳が焼き落ちるか溶け落ちそうになるくらいには、私のキャパは限界を超えようとしていた。


「私、大人が身につけるようなお洒落なものが好きなの。お化粧だってそう。だから、大人っぽく見えていたなら嬉しいわ。……ちょっと、ませ過ぎてるかしら」

「そんなことないよ!うん、すっごく素敵だと思う」

「ほんと?ふふっ、ありがとう」


 今、私は人間に触れられている。普通の事だし、当たり前の事を並べているだけだけど、私にとっては特別だ。

 魔王であった頃、変化魔法を使って人間に化け、一度だけ人間の女の子に近づいたことがある。話しかけようとして、3メートル近くまで歩み寄った瞬間、その子は即死した。

 心臓が止まっていた。一定の個体レベル――それも、一部の勇者や魔王に匹敵する指標に満たない生物は、こちらの意思に関係なく、皆私に魂を吸いつくされてしまう。

 何もしなくてもレベルが上がり、気づいたら自分のものにしていた人智を超越した魔法・能力。その中には、私が最も望まない〝精魂破壊〟があった。どう足掻いても、私はひ弱な人間に触れることはできなかったのだ。

 

 でも、今は違う。

 私は人間。転生したから、一般人とは少し違うかもしれないけど、人であることに変わりはない。

 人に触れられる。人の温もりを感じられる。人に嫌がられることなく会話できる。


 人と、愛し合える...。

 

 ただ、それだけのこと。けど、それが出来ると分かっただけで、私は今幸せを実感している。

 緊張が少し和らぎ、胸がほんのりと温かくなるのを感じながら悦に入る私の顔を、ルナが上目で覗き込んできた。


「どうしたの?アリア。何だか、凄く嬉しそうね」

「え…?うん。私、女の子にこうして貰うのって初めてだから、嬉しくて」

「嬉しい?これが?ふふっ、大袈裟じゃない?」

「……」


 変な子だって思われただろうか。人間と相対するのは初めてだと言わんばかりの私の反応に、ルナは不思議そうな顔で口元を綻ばせた。


「よし、終わったわ。大丈夫?ちゃんと、歩ける?」

「うん、ありがとう!!」

「お、元気いっぱいね。少しは緊張も解れたかしら」


 心が満たされ過ぎて、声のボリュームを抑え切れなかったが、これ以上ない満面の笑みで感謝の気持ちを伝える。

 本当に、心の底から嬉しかった――。



 私たちはお互いの事について話し合おうと、お風呂場からリビングルームへ移動した。ルナが淹れてくれた温かくて甘いココアの香りに包まれながら、長机を挟んで座る。


「何から話そうかしら…。昨日の夜中の事だったかな~。急に激しい光が窓から差し込んできてね…何事かって慌てて外に出て見たら、あなたが倒れてたのよ」

「そ、そうだったんだ…」


 つまり、転生した私が最初に降り立った――いや、放り出された場所は、ルナの家のすぐ傍であったと。転生なんて初めての経験だから、ただの偶然か、はたまた何らかの条件が重なり、この地へ飛ばされたのかは、神のみぞ知るというやつなのだろう。


「息はあるし、気を失ってるだけみたいだったから、とりあえずベッドの上で安静にさせた方がいいと思ってね」

「あ、その…色々迷惑かけてごめん」

「いいっていいって。それより、昨日の晩に何があったの?気を失う前のこと、覚えてる?」

「うーん…覚えてない」


 これは本当だ。自分がなぜ死んだのか、どうして転生したのか、死ぬ直前まで何をしていたのか、そこだけは頭の中からぽっかり抜け落ちている。

 記憶は引き継がれているにも拘わらず、死因が分からないなんて軽くホラーだ。まあ、寝ている間に殺されたのなら納得だけど。


「そう…記憶喪失に近い状態ね。自分が住んでたところは、分かる?」

「ええっと…ええっと……」


 核心へ迫られる問いかけに、分かりやすく目を泳がせる。転生したと馬鹿正直に言っても信じて貰えないだろうし、何より元魔王だったなんて口が裂けても言えない。

 嘘をつくしかないだろう。そう思い、上手い言い訳を探していると、


「あっ!そう言えば...」


 何かを思い出したのか、ルナは不意に立ち上がり、近くの引き出しを(まさぐ)り始める。そして、何やら四つ折りにされている小さな紙切れを取り出し、私の前に広げて見せた。


「これ、見て。アリアの服のポケットに入ってたのよ。何かの文字が書かれてるみたいだけど、見たことない言語でね~。アリアなら、読めるんじゃないかしら」

「え…?」


 所々色褪せているくしゃくしゃになった紙片に、数文字程度で何かしらの言葉が紡がれている。その文字は、とてもじゃないが今の時代の人間が読めるようなものではなかった。

 とはいえ、私の脳内には存在し得る言語ではあるから、何とは無しに読み上げる。


「これは、〝ユートピア〟…」

「読めるの!?凄い!」

「あはは…ちょっとね」


 大昔に、誰かから教えて貰った覚えがある。たしか、〝鍵文字〟という名の古代言語だった。

 少なくとも、前世の私が生きていた頃には、既にこの言語は衰退していたから、古文であることは間違いない。そんな(いにしえ)の言葉を、今になって目にすることになるとは思ってもみなかった。しかも筆跡から判断するに、これは書かれてから然程時間が経っていないように思える。

 誰が、何の為に…?

 

「でも、ユートピアって…聞いたこともない言葉ね」

「私も知らない…」

「うーん。もしかしたら、アリアの記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれないわ」

「……」


 確かに、この聞いたことも無い言葉が、私の死に何かしら関係している可能性は否めない。ユートピアという単語は一応頭の片隅に置いておこう。

 というか、正直私のことなんて今はどうでもいい。彼女との会話にも慣れてきたところで、私は思い切って話題を逸らしてみた。


「ねえねえ!私の事よりさ、ルナについて色々聞かせてよ」

「私の事??」

「そう!普段、何してるの?」

「そうね…。いつもはのんびり畑仕事かな~。偶に、森に行って魔物を倒すこともあるわ」

「へぇ~、ルナって強いんだ!」

「強いって、精々お金になる程度の報酬を受けてるだけよ。世界ランクは圏外だし…」

「安心して、私も圏外だから!」


 それのどこに安心を見い出せるのやら自分でも分からないが、とりあえず親指を立てておく。全力でフォローしようとする私の様子に、ルナは溜まらず破顔した。


「ふふっ…!アリア、急に元気になり始めたわね」

「そうかな?えへへ~」

 

 笑った顔も可愛すぎて、思わずにやけてしまう。優しさと包容力にも溢れているし、転生してから初めて出会った人間がルナで本当に良かった。

 出来るならこの子と…なんて邪な考えが頭を過ぎったけど、流石に容姿が不釣り合い過ぎて、諦めざるを得ない。それよりも、こんな可愛い子相手に実は恋愛対象が女の子だなんだと打ち明けるのは、余りにも気が引ける。

 

「アリアは、これからどうする?」

「そうだなぁ。先ずは、自分の家を建てたいかな。そこでのんびりとスローライフして、女の子と――」

「女の子と??」

「あっ!いや、何でもないよ!」


 危ない危ない。危うく口を滑らせてしまう所だった。

 初っ端から女の子が好きだなんて知られたら、幾ら何でも引かれてしまう。同性愛は、魔族間でも偏見の声をよく耳にしていたのだから。


「不思議な子だなぁ、アリアは。そうね…行く当てがないなら、暫くここに住む?狭いけど、二人分の生活なら、全然問題ないから」

「え、いいの!?…って、いやいや!これ以上は、ルナに迷惑かけられないよ」

「迷惑だなんて、思ってないわ。ちょうど私も、独り暮らしは少し寂しいと思ってたところだから。どう?」


 そう言いながら、ルナは私の手を握ってくる。柔らかくもっちりとした女の子の手指に包まれ、またも顔が熱くなってしまった。

 この子は、あれだ。女の子キラーだよ、うん。

 いいのかな…私、そこの号外に書いてある元最恐魔王だよ?

 どこの馬の骨かも分からない見ず知らずの、しかも記憶喪失(という体)な女をここまで信用してくれるなんて、少し不用心な気もする。勿論、信用できるかどうかはこれからの私の言動に懸かっている訳だが。

 でも、こんな可愛い子と少しでも長く一緒にいられるなら…。ちょっとだけ贅沢な思いをしても、バチは当たらないよね。

 これもまた運命。そう心の中で言い訳しながら、


「じゃ、じゃあ…お言葉に、甘えさせてもらうよ」


 恥ずかしくてルナの顔を見れず、俯いたまま答える。彼女はそんな私を見て、更に強く手を握ってきた。


「ほんと!?嬉しいわ!これからよろしく、アリア!!」

「うん。こちらこそ、よろしく!」


 願ってもない転生に、いきなり可愛い女の子と一つ屋根の下で二人っきりの生活。あまりに望んでいたことがトントン拍子に叶うもんだから、喜びを抑えきれない。

 人間に転生して目覚めた今日この日から、私の甘々百合生活は始まった――。

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