第115話 魔力による治療
「はーむっ。ん~!うま~い!!」
餡子が乗った串団子を頬張りながら、ユィリスは幸せそうに商店街を渡り歩く。
ついさっきまで、人の分を横取りする程クッキーを食べていたにも拘わらず、食い意地が留まるところを知らない。まだまだ食べ足りないようで、私のお金だからと、あちこち出店を回っては、際限なく胃袋に詰め込んでいく。
悔しいけど、あまりに美味しそうに食べるもんだから、ついつい買ってあげたくなってしまう。ルナに甘いと言ったが、結局私はみんなに甘いのだ。
「アリア、この団子美味いぞ。ほら、あ~ん!」
「へっ…!?」
不意打ちのあ~んに、ぽっと思わず顔が火照る。
ユィリスの面持ちからして、企みの意図は全く見られない。それが、更に私の調子を狂わせる。
というのも、いつもなら相手をおちょくるようなお決まりの笑みを浮かべる彼女が、混じりっけのない純一無雑な笑顔を真っすぐ向けているのだ。逆に何か含みがあるのではと考えてしまう自分が嫌になる。
素直に受け取っていいのだろうか。寧ろ、露骨に冷やかしたりからかったりしてくれた方が、ドキドキしつつも呆れた態度を装えるというのに。
「どうしたのだ?こっちはまだ口付けてないぞ」
いや、そういう問題ではなくて…。
食べて食べて~と言いながら、私の口元に串団子を持っていこうと頑張って背伸びしている姿が、言葉では表せない程に愛らしい。これ以上考え過ぎても、ただ顔が赤くなる一方だと、私は若干目を逸らしつつ、差し出された団子に口を近づける。
「はむっ…」
「どうだ?ふふん、美味いだろ?」
「うん」
「そうだろそうだろ!むぐむぐ…」
どうやら、私の考え過ぎだったようだ。
明らかに赤くなっていた私の顔に気づいていなかったのか、それとも敢えて触れなかったのか。ユィリスは特に言及することなく、そのまま私が口にした串団子の残りを満足そうに口の中へ詰め込む。
これって、もしかしなくても間接キ…いや、疚しいことを考えるのはやめよう。
友達同士なら当たり前の事。ユィリスの厚意を無下にするような思考は破棄するべきだ。
「あ!見るのだ、アリア!あそこのお店、新商品が売ってるぞ!」
「え?」
「ほらほら、ちょっと寄ってくのだ~」
「ちょ、ちょっと…!!」
ユィリスは私の腕を強引に引っ張って、別のお店へと駆けていく。その姿がまた可愛くて、呆れを通り越して自然と口元が綻んでしまった。
「うわぁ~!いい匂いなのだ~!!」
キラキラと目を輝かせ、陳列された品物を前にぴょんぴょんと小刻みにステップを踏むユィリス。新商品を見かけるや否や、私のコートの裾を軽く引っ張り、おねだりしてくる。
「なあなあ、これ食べたいのだ。半分こしよっ」
「うっ…」
何なのこの小動物は!?抱き締めていい!?ねぇ!
上目遣いで私のハートを撃ち抜いてくるユィリスにときめいて、何でも言うことを聞いてしまいたくなる。というか聞いてる。いつの間にか、私の手は財布の中を弄っていた。
普段の生意気な性格を省いたユィリスに、こんな破壊力があったとは。例えるならそう、子犬。この子犬属性に不意を突かれたら、世の男は黙っていないだろう。
「ん~~♡」
半分こした菓子パンを口にしながら、ユィリスはまたも幸せそうな笑顔を振り撒く。頬っぺたにパン屑を付けながら。
過食が少々心配ではあるけど、露出させたお腹は出会った頃と何ら変わりない。目を引かせるフニフニしてそうなヘソ周りは健在で、一応スタイルは保っているようだ。
そんな彼女に癒されつつ、しょうがない子だなぁと私は手を伸ばす。
「そんな一気に頬張らなくても、パンは逃げないよ。ほら、口元に付いちゃってる」
「うぇ!?///」
ユィリスと同じ目線の高さになるよう、少し膝を曲げ、何気なく口元を拭うと、彼女は仰天して急に顔を真っ赤に染め上げる。
「あ、ごめん。びっくりさせちゃった?」
「お、お前、そういうとこだぞ!!」
「……??」
どういう意味だろうか。まあ、同い年とは言え、実質私の方が何百年も年を食ってるから、ついついみんなの事を年下、それも子供のように見てしまう癖があるのは否めない。
自分の体格を気にする子ではないと思うけど、私に子ども扱いされるのは気に食わないようだ。赤くなった顔を誤魔化すようにして勢いよくパンにがっつくと、ユィリスは小声で呟く。
「ありがと…なのだ」
「え?」
「姉ちゃんのこと。目が見えるように、色々考えてくれてるんだろ?」
「ああ、そのことか。でも今の私じゃ、あの治療法が限界だからね…。暫くは様子見になっちゃうかな」
一か月前、カギ村に帰ってきた私は、どうにかしてアィリスさんの視力を取り戻せないかと模索し始めた。
彼女の目に魔力を当て、解析したところ、外観に損傷は見られなかったものの、視覚を得る上で最も重要な眼球内にある器官や組織――それら全ての機能が完全喪失していた。麻痺のようにも思えたけど、そんな単純なものではなく、視覚情報を脳に直接伝達するための神経が、何らかの影響を受け、ねじ曲がり、壊死していたのだ。
そして色々と調べていく内に、ノワールの家系は一般の人間とは違い、物事を魔力で見るという特異な性質を持つ空間構造が備わっていることに気づいた。
光や色を特殊な魔力で感知し、視細胞に伝達する魔力器官。ファモスは、それを〝視界〟と呼んでいたそう。
その視界が形となったものこそ、ユィリスが見た千里眼の魔力なのだろう。言うなれば、視覚の核となる存在。そんなものが奪われれば、神経組織の断絶は避けられない。
千里眼を奪われてから、時間が経ち過ぎていたのもあっただろう。傷ついた直後なら、時間は掛かれど、なんとか回復に持っていけたかもしれない。だけど、死んだ細胞や神経を元通りに修復するのは、一流の回復述士でさえ、困難を極める。
部位が部位だけに、魔法に頼ることができるかどうかも怪しい。前世の私だったら、ちゃちゃっと千里眼ごと復活させられるんだろうけど。
そこで、私は考えた。長期間に及ぶであろう魔力での治療法を。
「お、姉ちゃんちに着いたぞ」
「うん」
農場が広がった村の端に、ひっそりと佇む小さな一軒家。ユィリスの姉――アィリスさんが住まう、レンガ作りの質素な住宅だ。
扉をノックすると、中から落ち着き払った女性の声が聞こえてくる。
「はーい。今行きますねー」
「姉ちゃん来たぞ~!こっちから行くのだ」
盲目の姉に負担はかけられまいと、ユィリスは持っていた合鍵を使って勢いよく中へ入る。家に上がると、台所の方から白髪の美人がひょこっと顔を出した。
「ユィリスね、いらっしゃい!」
「アリアも連れて来たぞ」
「お邪魔します、アィリスさん」
「アリアちゃん!?ちょっとユィリス、お友達連れてくるなら言ってよ。あー、カナちゃんにお化粧頼んでおけば良かったわ~」
恥ずかしそうに顔を覆い、アィリスさんはその場であたふたし始める。
お化粧なんてしなくたって、十分可愛いと思うけど。嫉妬しちゃうくらい。
取り乱すといっても、お淑やかな雰囲気はそのままに。ユィリスとは正反対の大人しい性格だけど、その分、想定外の事態にしどろもどろになっている姿が可愛らしくて、また私の心を刺激してくる。
「じゃあ、いつもの始めますね」
アィリスさんにリラックスした状態で座ってもらい、早速私は例の治療に取り掛かる。
とはいえ、そこまで大掛かりな事はしない。ユィリスの目に定着したアィリスさんの千里眼。その特殊な魔力を事前に解析して、それと極力類似させた魔力を生み出し、アィリスさんの目に流し込むように当てるというシンプルな処置だ。
私の技量が足りず、全く同じ性質を持つ魔力は作り出せなかったけど、少しでも壊死した視神経や視細胞が何らかの反応を見せてくれればラッキーくらいの、悪く言えば粗雑な方法。視力が回復する保証もなければ、効果があるかも未知数。
それでも、何もしないよりはマシだろうと提案してみたところ、私を信じてくれた姉妹二人の総意をもって、定期的に試してみることになったという訳だ。
「はい、終わりましたよ」
「ありがとう、アリアちゃん。毎度毎度ごめんね」
「そんな、いいんですよ。まだ、目は見えないですか…?」
「そうね、全く…。でも、視覚以外の感覚が前よりも冴えてる気がするの。日常生活にはそれ程困ってないわ。カナちゃんは過保護だから、毎日お世話しに来てくれるけど」
「大丈夫そうなら、何よりなのだ」
それにしても、あのファモスとかいう錬金術師…私にも再現不可能な千里眼の魔力をいとも容易く奪い取るとは、並みの人間じゃなかったんだろうなぁ。あのサキを生み出したくらいだし…。
少々錬金という技術を侮り過ぎていたようだ。魔法のように、センスや技量がある限り何でもできる。そんな認識でいないと、今後も何をされるか分かったものではない。
今後、奴のような錬金術師が現れないことを切に願っておこう。
席に着き、出された紅茶を啜りつつ、私たちは今日届いた勇者の祭典への招待状について話す。
「え~!?勇者の祭典って、あの…!」
「そうなのだ。凄いだろ!姉ちゃんも一緒に行くか?」
「私はいいわよ。迷惑かけちゃうもの。お友達と楽しんできて」
「迷惑だなんて誰も思わないのだ。あのネオミリムで遊べるんだぞ。こんな経験、今後できるかどうか分からないぞ」
「待って!ネオミリム……?」
開催場所を聞き入れた途端、アィリスさんの顔が急に引き攣りだした。カップに両手を添えたまま、静かに俯き、何かを思い巡らせる。
そういえば、この子たちの生まれ故郷はネオミリム。ユィリスは全く覚えていないみたいだけど、アィリスさんの記憶には鮮明に残っているのだろう。
幼少期に何が起こったのか。なぜ、カギ村に来ることになったのかを。
暫く考え事に及んだ後、アィリスさんは真剣な表情になって、妹に忠告する。
「ユィリス、よく聞いて。アリアちゃんが傍についてるし、今のあなたなら何の問題も無いとは思うけど、ネオミリムの錬金術師には十分気をつけて。奴らは、前に私たちの千里眼を奪おうとしていたから…」
「ふーん、ネオミリムにも、ファモスみたいな奴がいるのか。錬金術師ってのは、ほんとどうしようもない連中なのだな」
「随分、落ち着いてるわね…」
特に気にも留めていない様子で、平然と茶を嗜むユィリス。いつも通りと言われればそう見えるけど、以前よりも動じることが少なくなり、己への自信が大いに溢れているように思える。
あんな修羅場を潜り抜けた者は肝の据わりようが違う。この子のステータスを見させてもらった時は、流石の私も驚きを隠せなかった。
なんてったって、ユィリスの今の世界ランクは――。
「じゃあ、楽しむついでに、私がその錬金術師共をぶっ倒してくるのだ」
「こらこら…全員がそうだとは限らないでしょ?そもそも、ネオミリムはあのエリカの管轄内。そんな中で好き勝手できたら勇者がいる意味がないよ」
「そうか?でも、アイツポンコツそうだから心配なのだ」
「……」
まあ、否定はしないけど。
無意識に毒を放つユィリスに、お姉さんも頭を抱え出す。裏表がないのはいいことだけど、祭典でお偉いさんに会った時、失礼のないよう基本的な礼儀は叩き込んでおく必要があるみたいだ。
(ユィリス…エリカ・ロンド様は、私たちの恩人よ……)
結局、アィリスさんの意思は固く、勇者の祭典の間は村で過ごすとのこと。残念だけど、身の安全を考えたら、何が起きるか分からないネオミリムに行く方が心配だから、仕方のないところではある。
その後、少し談笑を重ねた私とユィリスは、アィリスさんの家を後にし、真っすぐと帰路に就いた。
「随分と楽しそうに帰ってきましたけど…お二人とも、買い出しはしてきたんですよね?」
「え…」
「忘れてないですよね?♡」
「うっ…」
と、稀にも見れないサディズムなフランから、小一時間の説教を受けたのは言うまでもない――。
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カギ村近隣の平地――。
石畳の外路の上を、一台の小さな馬車が駆け抜ける。前方に村を確認すると、手綱を握った少女がニヤリと笑い、馬に急ブレーキをかけた。
「さあ、カギ村につきましたよ」
「ほ、本当に、協力してくれるでしょうか…」
操縦席の隣に座る女性が、おどおどした様子で尋ねる。すると、馬車を操縦する少女が、身につけた鹿撃ち帽のつばを指で挟みながら、自信たっぷりに告げた。
「大丈夫です。この天才探偵、【シャーロック・ヴィットウォード】にお任せください!」




