プロローグ 願ってもない転生
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そのカギを開けし者に、―――を授けよう…。
〈百合色の鍵姫――The Clavis of Lily――〉
魔王【アリエ・キー・フォルガモス】――。
世界ランク不動の1位。個体レベルは驚異の100億越え。
この世で最強の存在であり、何百年もの間、魔界の頂点に立って人間を脅かしてきた女魔王である。
数多の勇者が彼女に挑もうとするも、その御前に居座る幹部たちによって、女王の姿を見ることなく消されてしまう。
強いのは魔王だけではない。彼女を守護する魔物や魔族がそもそも強すぎるのだ。
人間、魔族に関わらず、神々から与えられし能力――一部を例に挙げると、≪時空操作≫・≪世界構築≫・≪世界維持≫・≪空理支配≫・≪神世竜王≫など、世界ランク上位に入る者は、想像を絶する力を有している。だがそんなものは、全てを覆す女王の前では、ただの無能に成り果てることだろう。
彼女はなぜそこまで強いのか。それは、本人ですら知り得ない永遠の疑問である。
強いて理由をつけるのであれば、彼女が魔王アリエだから。それ以上でも以下でもない。
身も蓋もない理論だが、そう無理にでも納得し、存在を認める他ないのだ。
しかしながら、彼女自身、強くなりたかった訳でも魔王になりたかった訳でもない。普通の魔族としての人生を送りたかっただけだったのが、気づけば世界最強の魔王へと成り上がってしまった。
――あれ?私、何かやっちゃった?
寝首を掻こうと奇襲を仕掛けてきた最高クラスの魔族が、知らぬ間に目の前で息絶えていたり、
――寝てたら、なんか幹部たちが勇者ぶっ倒してたんですけど~~!?
ほんの数時間のお昼寝から目覚めると、周囲の警戒を任せていた幹部たちが、平気な顔で勇者討伐の報告をしてきたり、
――魔界最強のドラゴンがなんで私に弟子入り~~!??
何の接点もない神の力を有した恐ろしき竜が、自らのプライドをあっさり捨て、硬い地に頭を擦りつけ、突如弟子入りを志願してきたり――。
彼女自身は全くと言っていい程戦うことが無いのに、自然と株が上がっていく。そんな望んでもいない生活に、何一つ価値が見いだせなかった。
そして何より女王を苦しめたのが、自身を守護する魔族や幹部が全員男だということ。昔から男に対して恋愛感情の一つも芽生えなかった彼女は、若くて美形な男魔族に囲まれたところで、格好いいとは思うものの、ときめきはしない。
極度の男嫌いなのか。否、全くもってそんなことはなく、寧ろ友好的であると言えよう。
巷では、感情の無い冷淡な魔王だと恐れられているが、人間と同じく、誰かを恋い慕う情性だって持ち合わせている。
ならば、理由は一つしかないだろう。それは、この世界での彼女のイメージを一瞬で払拭するような、極めて凡庸かつ可愛らしいものであった。
人間界から魔王を倒しに来る勇者というのは、殆どが女の子。彼女らを見る度、アリエはいつも遠目から、女の子とはなぜこんなにも愛おしいのかと、本来は敵である女の子たちに心を奪われていた。
――そう、魔王アリエは人間の女の子が好きなのである。
しかしながら、魔王というのは人間に忌み嫌われている存在。アリエに関しては、望んでもいないのに人間たちから世界最悪の嫌われ者と称され、自ら人間に近づこうものなら、姿を見られただけで発狂される。
人間とは友好な関係を築いていきたいのに、まるで化け物を見るような冷ややかな視線を浴びせられ、罵倒された回数は数知れず。加えて、アリエの持つ能力の一つが、触れるだけ、或いは一定の距離まで近づいてきた弱者を簡単に壊してしまうもの。人間とのコミュニケーションなど、まともに図れた試しがないのだ。
こんな強さなんていらない。怖がられずに、女の子とお話してみたい。女の子に触れたい。女の子との甘い恋愛を経験してみたい。
もし許されるのなら、人間として生まれ変わりたい!!
そんなアリエの思いが届いたのか、ある日、彼女の運命は大きく変わることとなる。
………
……
…
―――――――――――――――
頭の片隅から響いてくる、むさ苦しい男たちの激励や称賛。慕ってくれているのは嬉しいけど、いき過ぎたお世辞ほど心に響かないものはない。
なぜこうも、幹部たちは望んでもいないことをしてくるのだろうか。
「アリエ様!お食事を持ってきました!人肉です!」
いらない…。
「アリエ様!御召し物をご用意致しました。このドレスとか、アリエ様にお似合いですよ」
胸のとこ透けてるし、鼻の下伸ばすな!
「アリエ様!人間の女が勇者を気取っていたので、殺しておきました」
……。
「アリエ様!」
「主殿~!」
「ご主人様、きゅん!」
「アリエちゅわ~ん!」
「アリエ様!!大好きです♡」
「アリちゃん……」
「アリエ様~~!」
目まぐるしく入れ替わる幹部たちの敬意・寵愛・尊崇。何百年と聞き続けたその全てが、まるで走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
もうどれだけの時が過ぎただろうか。永遠とも思える長い長い追憶の末、閉ざされていた意識が覚醒へと導かれた――。
「「「あーんもう!うるさーーい!!!」」」
しつこい男共に囲まれた毎日のストレスを発散するように、ガツンと言ってやった。幹部たちから、普段は大人しくて温厚な性格だと言われている私でも、流石に限度というものがある。
男が嫌いな訳ではないけど、特別容姿の良い私を誑かそうとしたり、下心丸出しな発言を恥ずかしげもなく口にしてくるもんだから、好きにもなれない。まあ、魔族限定の話なのかもしれないけど。
とにかく我慢の限界。日々の不満を吐露しようと、目の前の魔族共に向かってガミガミ文句を垂れようとしたのだが…。
「あれ?夢??」
どうやら、聞こえてきていた魔族たちの声は夢の中の声だったらしい。
いつから眠っていたのだろうか。人っ子一人いない空間で、思いっきり叫んでしまった。そのことに少しばかり羞恥を覚えつつ、勢いよく目覚めた拍子に散らかった布団をかけ直す。
いつもとは全く違う部屋の雰囲気、匂い、感覚――全てにおいて違和感を覚えながらも、まだ半分夢の中にいるような感覚でいた私は、ゆっくりと瞳を閉じ、二度寝の態勢に入った。しかし、そんな馬鹿でも分かる程の自室の変わりように、驚嘆しない訳はなく、
「ちょっと待って!!ここどこ!!??」
ようやく今の状況がおかしなことに気づいた私は、寝ぼけ眼をパッチリと開き、慌てて起き上がる。
「え…?え…!??」
明らかに自室ではない。どこか別の部屋で起床したことに驚きを隠せず、目を擦り、キョロキョロと周囲を見回して、現在の状況把握に努める。
寝具は普段の豪華で派手な装飾が施されたベッドではなく、質素でシンプルなもの。部屋自体は狭く、机や椅子、タンスなど、必要最低限のものしか置かれていない。
いつも幹部たちが拵えてくれていた、派手やかで落ち着かない部屋とは違って、かなり居心地の良さを感じる。こういう場所で寝たのは、何百年振りだろうか。
「多分、寝ぼけて違う部屋に来ちゃったのかも…?というか私、いつの間に寝たんだ?」
顎に人差し指を当て考えるも、寝る前の記憶なんて鮮明に覚えていない。とりあえず自室に戻ろうと、ベッドを整えて部屋を出ようとした瞬間、
「ん…?」
壁に立てかけられていた大きめの鏡を通り過ぎ、私は足を止め、数秒硬直した。少し焦りを見せるも、まさかね…と心の中で思いながら、恐る恐る鏡と向き合う。
この瞬間まで、私は自分のことをこう思っていた。
――魔王であると…。
「いや、誰!???」
当然、近くに他の誰かがいる訳でもないし、目の前の鏡に映っているのは私で間違いない。しかし、その姿形は以前の自分と神以て異人だった。
2メートルを優に超えていた長身は、1.5メートル程にまで縮んで、ひ弱で華奢な体型に。髪は金髪のボブヘアから黒髪へと変わり、腰までふわっと伸びている。
顔つきは至って普通だ。年齢で言えば15くらいの女の子に見える。魔王補正の美貌から、そこら辺にでもいそうな普通の容姿に変わっていた。
服装は、純白の下着の上にドレス風の寝巻を着せられている。
魔族の男共に散々変態的な目線を浴びせられていた巨乳は跡形も無くなり、申し訳程度の膨らみがあるくらい。大人の色気のある体から、少し幼さが残る体型になっていた。
「え…なになに!??何なの、これ!!」
顔をまさぐってみたり胸を揉んでみたりして、これ以上なくあたふたしながら、今の自分の容姿と向き合う。一瞬、まだ夢の中にいるのではないかと考える自分もいたが、頬をつねった時に走る痛みが、すぐに私を現実へ引き戻した。
「痛みを感じるなんて、いつぶりだろう…。〝変化魔法〟を使ってるわけじゃないし、何かの呪い!?」
色々な可能性を頭の中で探るも、今までどんな状態異常も跳ね返してきた究極の魔王の権能を加味すれば、こんな状況に至るなど先ずあり得ない。
更に、受け入れ難い事実は他にもある。私は一度冷静になり、頭部から爪先まで、再度自分の姿態を確認する。
「この姿…人間、だよね?」
何よりも驚いたのが、自分の変わり果てた姿が人間そのものだということ。遂に、人間になるという念願が叶ったのだと嬉しさが込み上げてきてもいいのに、なぜこうなってしまったのかと、大きな疑念を抱き、それどころではなく混乱している自分がいる。
「とりあえず、ステータスを見よう。何か分かるかも…って、あれ?」
今の自分の力量を視覚的に見ることが可能な魔法を使おうとするも、なぜか〝魔力〟が反応しない。いつもはパッと出るのに…。
「もしかして、魔法使えなくなった!?そんなことは…。ふん!!ぐぬぬ…」
全身に力を入れ、なんとかして魔力を引き出そうと奮闘する。そしてようやく、空間に薄っすらであるものの、自分のステータスが浮き彫りになった。
「あ、やっとでた~!どれどれ…」
何気なく開示してみた自分の状況。そこには、とんでもないことが書かれていた。
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名:―――
種族:人間
世界ランク:圏外
個体レベル:1
体力:10
攻撃力:5
防御力:6
素早さ:2
回復力:6
魔力:16
知識・知能:548173
獲得魔法:該当なし
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元魔王アリエ・キー・フォルガモス。死亡し、人間へと転生。死因不明。死亡時、会得した全ての魔法および能力が消失。生前の記憶・智慧は一部引き継がれ、魔力や精神力に準じ、魔法および能力の再取得が可能。
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「ぶっっっ!!!?」
あまりに馬鹿げている表記に、思わず吹き出してしまった。
ちょっとまっ…えっ!?私、死んだの!??
今まで獲得してきた能力や魔法が自分の中から消え、身体能力も全て初期状態にリセットされている。
しかも、種族が魔王から人間に。個体名すらも剥奪されてしまった。
「記憶が引き継がれてるから、知識・知能は生前とさほど変わらないのか。一部ってのが気になるけど…。それにしても、よく死ねたなぁ私…」
転生したことに驚きはない。この世界では普通にあり得ることだ。
けど、自殺も許さない体だったのに、どうやって死んだのだろうか。もはや生と死の概念を超越した化け物だと謳われていたくらいなのに。
「自分で命を絶った覚えは無いから、殺された??だとしたら、凄いな!自分で言うのもなんだけど、あの私を殺せるなんて…」
と腕を組み、謎に感心する始末。
死んだのに、全然悲しくない。後悔もない。だって、魔王の人生は本当につまらなかったのだから。
「まあ、幹部に最後お別れを言えなかったのは残念だなぁ。男しかいなかったけど、色々お世話してくれてたし…。あ…でも、この格好のまま会ってもいいのか」
いや、このステータスで会いに行ったら、確実に殺されるか…。じゃあ、やっぱ無し!
念願の人間になる夢が叶ったのだ。これからどんな第二の人生を送ることになるのか分からないけど、とにかく今は転生した喜びを噛み締めることにしよう。