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花束。

作者: 山居中次

「シートベルトして」


 送迎係の男は、れんにそう言って、無関心に車を走らせた。


 恋も男のそんな忠告を無視し、無感情に車窓の外の景色をみていた。


 2人はお互いに、何時も会話はなく、あくまで、『商品』と配達夫の関係である。


 車はやがて、ホテル街のコインパーキングに入っていく。


 パーキングに車を停めると、男は恋を車から下ろす。


「○○ホテルの25号室。それと、絶対本番は禁止だからね。どんなに頼まれても、断るんだぞ。今は行政が厳しいから」


 男が、そう言ってホテル名と、部屋番号の書いたメモを手渡す。


「解ってるよ」


 こんな業界で生きている癖に変に真面目だなと毎回、恋は男に対して思ってしまう。正直黙っていれば解らないし、念のためのピルも飲んである。恋自身、断って客に逆ギレされて、怖い思いするよりは、やらせて穏便に済んだ方が楽だと思っている。


 そして、この業界で、処女はとっくに捨てている。


 男が念を押す様な眼差しで、恋を見ている。


「大丈夫。ルールはちゃんと守るから」


 それだけ言い残し、恋は、指定された場所へと向かった。


 恋は、ベッドの中でケンジに抱かれている。


 ケンジは、恋の常連で毎度使命をするが何もせず、ただ、彼女を後ろから抱きしめて、添い寝をするだけの楽な客だった。 


「してもいいよ」


 いつか、そんな風に誘ってみたが、ケンジは出来ないと言った。


 ケンジはいじめられっ子だったと話してくれた。


 小学生の時に、いじめっ子に命令されて、好きな娘のスカートをめくらされた。


 それ以来、その娘から、毛虫の様に嫌われ、クラス全員から変態野郎とバカにされ、不登校になったと言う。中学に上がっても、その時の事を蒸し返され、結局不登校になってしまったのだと言う。


「あの頃を見返したくて、お金の力ならどんなに酷いことも出来るって思ってたのに、心が痛いんだ」


 ケンジの言葉に、同情した。


 恋も同じだった。


 心無い影口や噂で、誰が味方で、誰が敵か解らない学生時代だった。何時も孤独だった。


 同じ孤独なケンジになら、犯されてもいいと、娼婦としてではなくて、1人の女として何度も思った。


 それでもケンジは一度も恋を犯す事なくただ後ろから抱きしめるだけだった。


「レンちゃんといるとホッとする」


「私も」


 恋はケンジにだけ、本名を教えていた。


 恋の源氏名は、花恋かれん


 こいをしている訳では無かったが、ケンジの前では、

 花恋ではなく、れんでいたかった。


 やがて、プレイ時間も終わり、2人は帰り支度をした。


 ホテルを出る時、ケンジに呼び止められた。


「フロントに預けてあるものがあるから待ってて」


 そして、フロントから何かを受け取ると、ケンジは恋にそれを手渡した。


「レンちゃんいつもありがとう」


 花束だった。


 赤や白や黄色の花束だった。


 花の名前なんて解らなかったけど、思わず「わぁ〜ありがとう」と歓喜の声を上げてしまった。


 目の前の花束に、くすんだ心までが華やぐのを感じた。


 ホテルでそのまま別れた後も、恋はケンジのくれた花束を大事に抱えて、パーキングに戻った。


 送迎の車が同じ場所で待機している。


 車に乗り込むと、男が、「シートベルトして」と来た時と同じセリフを口にした。


 車が動きだす。


「なんだ、花もらったのか?」


 男が面倒臭そうに言う。


「うん、もらった」


「全く。このまま車ん中置いてっていいからな。どうせ捨てるだろ」


 男が小さな気遣いでそう言うが恋は首を横に振って「いい、このまま持って帰る」と言った。


「そうか」


 男はそれ以上何も言わなかった。

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