表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

選択

作者: 腕 尊美

 目を覚ますと知らない場所にいた。

 下を見ると地を覆うように、いくつもの雲が重なり合っている。上にはベタ塗りしたような青が広がっていた。風はなく、気温も丁度良い。ここは生きていくのに最適な場所だと思った。

 僕以外にも多くの人がいた。他の人はここがどこだか知っているのか、あまり驚いた様子はない。


 カーン、カーン、カーン。

 鐘の音が聞こえた。大きい音だがうるさいとは思わなかった。小学校のチャイムを思い出した。

 鐘の音を合図に、人々が一つの方向に向かって動き出す。どこに向かっているのかわからないが、置いていかれると困るので、とりあえず後を追うことにした。

 初めて雲の上を歩いたが、思っていたよりずっと硬い感触がした。

 どれくらいの時間歩いていただろう。景色はさほど変わり映えがなかった。雲の形が少し変わっていたくらいだろうか。途中から気にするのもやめてしまった。


 果ての無い開けた空間に出た。人々は左、真ん中、右と間を大きくあけて三列に並んだ。僕は何となく真ん中を選んだ。両側に人がいた方が安心するような気がする。

 列は順調に前へと進んでいった。しかし、先は長くなかなか先頭の様子は見えてこない。

 この先に何があるのだろう。このまま暇を持て余すのも考えものだなと思いたって、前の人に話しかけることにした。「すみません」と声をかけると、前にいた男が振り返った。無愛想な髭面の男だった。

「ここはどこなんでしょうか」

 僕は尋ねる。男は鼻で笑い、すぐに前へと向き直ってしまった。質問に答えてはもらえなかった。

 勇気を出したのに、と悲しい気持ちが僕を襲う。その感情は次第に苛立ちへと変わっていった。髭を毟り取ってやろうかと考えていたところで、後ろから腰の辺りを揺すられた。

「ここは上と下を選ぶ場所だよ」

 背の低いおばあちゃんが笑顔で教えてくれた。親切な人もいたものだ。僕は嬉しくなった。

「なぜ上と下を選ぶんですか」

 僕は続けて質問した。おばあちゃんは驚いたように目を見開き、当たり前のことを聞くなという顔で答える。

「そういう決まりだからね」

 そういう決まりだからか。心の中で繰り返してみたが、納得はできなかった。「ありがとう」とおばあちゃんに感謝の言葉を伝えてから、僕は前へと向き直った。


 気づくと列の先頭まで来ていた。目の前には、玉座(ぎょくざ)に腰掛けた大男がいる。実に大きい。

「上か下か」

 大男は地震が起こりそうなほどの声で尋ねてきた。僕は必死に考えた。どちらが良いだろう。こんな事になるのなら、並んでいる間に決めておくべきだったかもしれない。

「上か下か」

 答えない僕に追い討ちをかけるように、大男は再び尋ねる。しかし、答えは出ない。

「なぜ上と下を選ぶんですか」

 僕は質問した。

「お前の行末を決めるためだ」

 大男は答えた。図書館で友達と会話をする時のような、控えめな声だった。意外と親切な人なのかもしれない。

「上を選ぶとどうなりますか」

「星になる」

 大男の口から星という言葉が出た。何だか可笑しな気持ちになった。

「では、下を選ぶとどうなりますか」

 大男はすぐには答えなかった。言葉を選ぶような間があり、軽く体勢を直してから口を動かす。

「地獄へ行く。落ちる途中で止まることが出来たのであれば、あの世界に戻ることになる」

 僕は納得した。「少し時間をください」と言って、腕組みをして顎に手を当てた。考えた。真剣に考えた。これ以上なく考えた。長く考えた後に、僕は意を決して大男を見上げた。

「お前は面白い奴だ」

 大男は笑っている。雲も弾けるような豪快な笑い声だった。

「私以外の執行者であったら、お前は死んでいたであろうな。運が良い」

 他の執行者が気になって、左を見た。こちらの列と同様に、列の先頭に玉座があった。赤い目の化物が座っている。実に恐ろしい。

 続けて右を見た。こちらは玉座すら無いように思えた。

「では、答えを聞こう」

 大男は優しい声で言った。僕は答えた。

「やはり、お前は面白い奴だ」

 再び大男は笑う。太陽のように活動的で、温かな笑い声だった。一頻(ひとしき)り笑ってから、大男は僕の前に右手を差し出した。岩のようにゴツゴツとした力強い手だった。

 どうしたらいいものかと躊躇(ちゅうちょ)していると、大男は察したように言う。

「握手がしたい」

 大男は微笑んでいたと思う。僕が狼狽(うろた)えながら右手を出すと、大男はその手を握ってくれた。

 初めて大男と握手をしたが、思っていたよりずっと柔らかな感触がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ