いちゃつきパラダイス
厳しい転入試験を乗り越えて、晴れて聖アモリリー学園に入学することになった百合愛。長かった髪も切り落とし、柔らかな栗色のショートヘアは、まるで歌劇団の王子様。
制服は百合を思わせる白を基調としたもので、ブレザーは滑らかなシルク混紡の無垢色だ。
「堅苦しいったらありゃしないが、代えはきかねぇ。大事に使わなきゃな」
学園を訪問すると担任の教師と対面する。おでこの広い上品な女教師は、百合愛を見るなり淡く頬を赤らめた。
「初めまして、百合愛さん。担任の落合 璃々子です。テストでは大変優秀な成績だったそうで、期待しております」
「落合先生、どうぞ宜しくお願いします。分からないことばかりで、色々と教えてくださると助かります。色々とね――」
頭を下げる百合愛は、上目遣いに璃々子を流し見る。
「い、色々……ごくり……」
璃々子に連れられ、転入するクラスへと連れられる百合愛。すれ違う女生徒は百合愛を見るなり動きを止めて、後ろ髪が見えなくなるまで目で追った。
「百合愛さんて、女子の割には背が高いのですね」
「そうですね。あまり可愛げはないかもしれません」
百合愛がぷいとそっぽを向くと、璃々子は肩を縮めて委縮する。
「失礼でしたね……すみませ――」
直後に振り向く百合愛の腕は、壁際を歩く璃々子の行く手を遮るように伸ばされると、切れ長のヘーゼルの瞳で見下ろした。
「失礼なのは私の方では? こうして先生を目下に見なければなりませんから」
「…………見下してくださって……結構ですぅ」
火照る璃々子が先に教室に入り、廊下で出番を待つ百合愛。ふと左右を見渡すと、連なる教室からはポニーにおさげに巻き髪に、色鮮やかな頭を覗かせている。
恐る恐る様子を伺う彼女らに、百合愛がすまし顔で片目を閉じると、鼻から飛沫を巻き上げて、廊下は恐々たる血だまりの池に変貌した。
「百合愛さん、どうぞ」
呼ばれた百合愛は背筋を伸ばし、教室の戸を開け放つ。
集まる視線に目もくれず、颯爽と教壇に上がる百合愛。クラスの女生徒に一礼すると、栗色のショートヘアを掻き上げた。
「白金 百合愛です。どうぞ宜しく」
有無をいわさぬ百合愛の視線に釘付けとなる女生徒たち。拍手も返事も物音もなく、璃々子さえも見惚れる中で、百合愛は見つけた空席に腰掛けた。
「で、では……授業をはじめます」
授業中、ちらちらと盗み見るように百合愛に向けられる視線の数々。
(ったく、気持ち悪いったらありゃしない。けど、どうやらこのお嬢様学校、相当な初心と無垢しかいないみたいだ)
授業も終わり、窓際の百合愛は一人外の景色に目を向ける。淑やかな女生徒たちは
鎮まり返り、遠巻きに百合愛を眺めるのが精一杯。
「あ、あのあの……」
隣から聞こえる微かな囁きに振り返ると、桃髪の少女がもじもじと肩を捩らす。
「ん、どうしたのかな?」
「私、御薬袋 桃姫って言います……よ、宜しくね?」
ただのそれだけの挨拶だが、桃姫は忙しなく目を泳がせる。百合愛がくすと笑うと、桃姫は気恥ずかしそうに俯いた。
(下心見え見えだっつの。ただまぁ、利用できそうだからキープしとくか)
向き直した百合愛は足を組み、あわや太ももを晒すギリギリだ。クラスの視線はいわずもがな、桃姫もちらと視線を落とす。
「みないももひって、珍しい名前だね」
「そ、そうかも……あはは、変かな?」
「ううん、そんなことないよ。どういう風に書くのかな?」
「えっとね? おくすりふくろって――」
すると桃姫の胸の前に、きめ細やかな百合愛の掌が差し出される。
「え、と……」
「ここに書いて? 指で漢字をなぞって頂戴」
「はわわ……」
百合愛の手を左手に取る桃姫は、恐る恐る右の人差し指を添える。
「で、では……失礼させて頂きます」
握る桃姫の手は汗ばんで、百合愛の眉がぴくりと歪んだ。
「御……薬……袋」
「どうしたの? 指が震えてるよ?」
「うぅ……」
余計に桃姫の心臓は高鳴るばかりで、握る左手に力が入る。
「痛い……優しくしてほしいな」
「しゅ、しゅみません……桃……姫」
書き終えた桃姫は伺うように上目で見つめ、書かれた百合愛は掌をぎゅっと握り締める。
「かわいいね」
朗らかな笑みを向けられて、桃姫の顔は名前の通り、鮮やかな桃色に染まった。
「わ、私にも……書いて……」
「ん? 私の字は珍しくもないよ」
「書いて欲しいの……私も掌をなぞって欲しいの……」
やれやれと、仕方なく百合愛が手を取ると、桃姫の体はびくりと弾んだ。
「じゃあ、なぞるよ?」
「お……お願いします」
百合愛の白魚の指先が、そっと桃姫の掌に触れる。
「百」
「……ひっ」
桃姫の肺はせり上がり、息を吸うことも吐くこともままならない。
「やめようか?」
「……続けてくださいまし」
「合」
「んん……」
全身をなぞられるように感じて、桃姫は体を捩らせると――
「愛——」
「あぁ……」
恍惚に浸る桃姫。そんな桃姫の顔を見て、百合愛は小さく囁いた。
「——してる」
「ふあっ!?」
電流が走る桃姫は頭も体も痺れてしまって、意識がふわっと遠のいた。
「なんちゃって。宜しくね、桃姫」
「……末永く……」
それが遺言で、真っ赤な桃姫はそのまま椅子ごと卒倒した。
羨望の眼差しが百合愛に集まり、みなに微笑み返す百合愛の後ろ手は、スカートの裾でごしごしと擦られた。