狙え逆玉の輿
「いいか、百合愛。お前はいい所の家に嫁いで玉の輿に乗るんだ」
「うん! 百合愛はお金持ちと結婚して、パパを楽させてあげるね!」
それから十年の時が経った今。百合愛は学園の桜の木の下で、潤むヘーゼルカラーの瞳で頭一つ上を見上げている。
「あ、あの……司くん。私と付き合ってください!」
「百合愛……俺、お前のこと――」
ごくり……
「友達としてしか見れない」
小石を蹴りながら帰る黄昏の帰り道。百合愛の心は荒んでいた。
「ちっ……司のやつ、下手に出れば調子に乗りやがって。あたしゃ別にお前のことを、友達とすらも思ってねぇんだよ」
足を振り上げ大きく一蹴り、小石は草むらの中に消えていった。
「しかしこれで振られ続けて99回目。金のありそうな男はほぼ当たっちまったし、どうしたもんか」
やんちゃな子供が走り回る中流層の集合住宅。五階までの高さを階段で昇る百合愛は、重く冷たいスチールの扉を開いた。
「ただいまぁ」
「お帰り、ねーちゃん!」
きゃっきゃと集まってくる三人の少年少女。百合愛は一番上の長女に当たる。
「おら、今日も沢山お菓子を持って帰って来たからよ。食え食え」
「ありがとー、ねーちゃん!」
その後は掃除に炊事に、夜になると父親も帰って来て、その日は百合愛の作った野菜炒めが食卓に並ぶ。
椅子に着くと、いただきますもなしにご飯をがっつく子供たちだが、父親は箸の進まぬ百合愛に目を向けた。
「百合愛、どうだい? いい男は見つかったか?」
「全然だよ」
「何故だ? お前は毎日毎日お菓子を持って帰って、毎年バレンタインデーでは沢山のチョコを貰ってくるじゃないか。モテモテなんだろ?」
問われた百合愛は俯いて、上目がちに父親を覗き見る。
「親父……ごめん。本当のことを言うと、あれは全部嘘なんだ」
「嘘……では今までのは一体」
意を決した百合愛は大きく息を吸い込むと――
「女子から貰ったもんなんだ!」
「お、女の子……」
父親の手から箸が滑り落ち、席を立つとふらふらとリビングを出て行った。
「すまねぇ……親父……」
それから数日が経ち、学校を終えた百合愛はいつものように、クラスの女子がこぞって恵んでくれるお菓子を持って家に帰る。
百合愛は掃除に炊事に、弟たちを寝かしつけた後に父親に呼び出され、神妙な面持ちで向かい合う。
「なあ、百合愛。お前を転校させようと思うんだ」
「……周りの金のある男子は全員当たっちまったしな。仕方ないよ」
「それで次の学校は、聖アモリリー学園にしようと思う」
「聖アモリリーか……って、超お嬢様学校じゃん!」
切れ長の凛々しい眼をまぁるく見開く百合愛。
「いいか、百合愛。お前はこれから女子高に通い、そして玉の輿に乗るんだ」
「で、でも……女子しかいないんじゃ……」
「百合だ! 百合愛には百合の才能があったんだ! 逆玉の輿にのるんだ!」
「ふざけんな――って言いたいが、それよりも超高額な学費はどうすんだよ!」
すると懐から封筒を取り出す父親。中にはごっそりと札束が入っている。
「この大金は……」
「退職した」
「は?」
「退職金で入学するんだ」
「おいおい、もし駄目だったらどうするんだよ!」
「我が白金家は破滅だ」
「…………まじ?」
こうして百合愛は白金家の存亡を懸けて、聖アモリリー学園へと転入することになった。