空は薄い雲に覆われていて、今にも降りそうな湿った天気だった
僕の家は穏やかな田園風景の広がる郊外にある。周囲にも人家はあるが、ぽつぽつ離れて建っていて、その多くが街に住む富裕層が買っていった別荘だ。一応お隣さんのような人たちは居て、ネヴィルの叔母夫婦とは、その叔母と僕の母親が昔からの親友であったためにそれなりの付き合いがあった。ネヴィルとはそのために知り合った。
空は薄い雲に覆われていて、今にも降り出しそうな湿った天気だった。寒くはないが、少々風が強い。
玄関を出てすぐのところにネヴィルの車は停めてあった。意外とまともな趣味の、黒色の自動車だった。
「まずはエリナーに君を会わせる。彼女は君に会いたがっていたから」
助手席に乗り込むと、ネヴィルが言った。
「エリナーさんだって? 家に戻っているのか?」
「うん」
「というか……僕に会いたがっている、だと?」
エリナーさんが、僕に、会いたがっている、だと?
「少年の君ともう一度話せるなんて夢みたいって言ってた」
「何と……」
身だしなみにおかしなところがないか窓ガラスで確認しようとして、そう言えば自分は今メアリなのだと気が付く。おかしいどころの騒ぎではない。
「一応彼女はこちらの事情をある程度知っているから、心配しなくとも君がオスカーだということは分かってくれるはずだよ」
「そ、そうか……」
成長した男として会えたなら少しくらいロマンスを期待できたかもしれないが……いや、そんな不純な気持ちを抱かずにいられる分自然体で行けるかもしれない。……そんなことを考えている時点で既に不純だが。
エリナーさんは僕たちの三つ上で、この辺りに住む子供たちにとってはお姉さんのような存在だった。因みにネヴィルの叔母夫妻のお嬢さんで、つまりはネヴィルのいとこに当たる。おっとりしていて面倒見が良くて、とても……素敵なひとだ。
「彼女は今学校の教師をしている。これまでに起きた出来事について、わたしよりはるかに分かりやすく君に教えてくれるはずだよ」
「先生か……凄いな。そう言えば、教職に就くのが夢だって言ってたもんな」
「うん。大変だけど楽しいと言っていた」
「……そうか」
夢を叶えるなんて、凄いことだ。
……未来の僕は、どうなんだろう?
「そう言えば、君の夢は軍人だったっけ?」
車を発進させてすぐ、ネヴィルがそう聞いてきた。
野道を上がり、舗装された道路へと出る。この辺りの草木と田園ばかりの何もない眺めは、十年経ってもそこまで変わらないらしい。見慣れているはずなのに妙に懐かしく感じるのは、それだけ長く眠っていたことの証左だろうか。
「僕の家は軍人の家系だからな。軍務に服するのは夢というより当然の義務だよ」
「ああ、そう言ってたね」
「……」
我ながら嫌になる弱気さだが……やはり聞いておきたい。
どうせ二人しかいない車内なのだしそうする必要もないのだが、ちょっと恥ずかしい、僕はネヴィルの耳元に口を寄せて小声で尋ねた。
「僕、ちゃんと軍人になれたか?」
「……なれてたよ。普通に」
ネヴィルはハンドルを切りながら何でもなさそうに答えた。
「……そうか。普通に」
少しほっとする。
……まあ、軍人になるのは当然決まっていたことなのだから、そこで躓いていたりしたらむしろ目も当てられないくらいなのだが。
車外の景色をぼんやりと眺める。
――僕の責務。
それは父の戦死を知らされたとき日からずっと変わらない。
父祖らと同じく軍人になり、立派に家を守ること。
……そして病気で母が死んだ時、新しくこう誓ったのだ。
妹を守り抜くと。
「……」
背もたれに頭を預けると、少し首元に窮屈さを感じた。シャツの一番上のボタンを外し、ほっと一息吐く。
窓ガラスには僕の鏡像が、つまりはこちらを向いたメアリの顔が薄く映り込んでいる。
「………………え……」
――シャツの襟から覗く白い首元に、ぐるりと太い輪っかを掛けたようなむごい縄痣がくっきり残っていることに、そのときになって僕は初めて気が付いた。
読んでくださってありがとうございます。
登場人物の年齢やタイムリープした年数について、ちょくちょく変動するかもしれません。
設定が固まったら落ち着くはずなので、それまで年齢などについてはあまり気にしないでお読みいただけると幸いです!




