妹だと、かつ今は自分の鏡像なのだと解ってはいても、やはり慣れない
……取りあえず、寝台に戻って腰を下ろした。
自分の身に何が起きているのか全く見当もつかないが、非常に困った事態だということについては疑念を挟む余地がない。かつ異常な事態だ。まずは分かるだけでも状況を整理しておくべきだろう。
現状――僕の精神は妹の肉体に宿っているらしい。理由は不明だけれど、現実にこうして僕は成長した妹、メアリ・バレトとして存在している。手の甲をつねればちゃんと痛みを感じるくらい僕の感覚はこの肉体にぴったりとフィットしているし、精巧な着ぐるみを着せられているとか、まだ夢を見ているなどといった楽観的な説明は採用できそうにない。僕はメアリになっている。それがまず一つ。
次に、時間が恐らくは十年かそこら経過しているというのも状況を複雑にしている謎だ。見目では、このメアリは十七かそこら。発育が良い方なのだとしたら十五でもあり得るが、僕の知っている幼いメアリとは十歳以上の開きがある。十年は長い歳月だ……。
また、改めて眺めてみると部屋の様子も少し変わっている。ここが僕の自室であることは間違いないと思うのだが、冒険小説やら好きな読み物を並べていた書棚の中身が何やら難し気な分厚い書物にごっそり置き変わっているし、清掃は行き届いているが物の配置がかなりいじられている。机の引き出しに隠していた秘密のポエム集も消えていた……。そもそも、あんな立派な姿見なんて僕の部屋にはなかったはずだ。単純に考えるなら、これらの変化は時が経過していることの証左になる。恐らくは十年余りの歳月が。昨日の記憶がどうも判然としないのも、この時の経過が関係しているのかもしれない……
ふと正面の鏡に目を向けると、前屈みになって脚を組み、もたげた手の甲に顎を載せて難し気な顔をしているメアリの姿が映っていた。悪い気がして居住まいを正す。妹だと、かつ今は自分の鏡像なのだと解ってはいても、やはり慣れない。美人になることは確信していたものの十年そこらでこうも成長するとは驚きだった。今の自分が妹に背を抜かされていやしないか少し心配になる。
……今の自分。
計算だと、二十四だ。とっくに成人しているはずだが、自分の描いている通りの道程を『彼』が歩んだとも限らない。
オスカー・バレトは、一体どんな大人になっているのか?
……大変気になるところではある。
しかし、今は取りあえず後回しだ。
「……よし」
そう口に出して気持ちを切り替え、僕は寝台から腰を上げた。
気分も大分落ち着いて来たし、頭の中もまあまあ整理できた。僕の精神が十七歳のメアリの肉体に宿っているとして、それは何故か? 原因を知る必要がある……し、それにしかも――
僕は左手を上げ、顔の前で返した。
何度見ても、目を細めて見ても、薬指には銀色の指輪がはめられている。
「……婚約指輪、だよな……」
左手の薬指にはめられているのだから、多分そうだ。
大きく息を吸って、細く吐き出した。天井の一点を見つめる。
……誰だ。相手は誰だ。誰なんだ。
記憶の中のメアリは幼過ぎて、流石に当時の彼女の交友関係から相手を推測するのは難しい。それに基本的に仲が良いのは女の子だけで、特別親密な男友達はいなかったはずだ。もっと上の年代の誰かというのもあり得る。
……僕の知っている奴ではありませんように。
切実に願う。
さて、少しは頭の中を整理できたと思う――薬指の指輪のことはキャパオーバーなのでもうあまり考えたくない――本当に自分の精神が時空を超えて十七歳のメアリの肉体に宿っているのだとして、どうしてそんな突飛な事態が起きているのか、次に知る必要があるのはそこだろう。
まずは誰か理由を知ってそうな相手を見つけて話を聞こう。ここで一人で思い悩んでいても仕方がない。
そう考えて部屋の外へ出ようとしたとき、外の廊下をこちらへやってくる何者かの靴音が聞こえてきた。
間もなく、扉がノックされた。




