side_Grave-maker (7)
「あなたがこの部屋へ入ってきたとき、また外から自殺志願者さんが来たかと思ったんです。腐る一歩手前の死人みたいな濁った眼をしてましたから」
「ひどいな」
墓掘りは特に表情は動かさず、しかし内心ちょっぴり傷付きながら言った。
「自殺するつもりならわざわざこんな郊外まで遠出してこないだろ。家の銃に弾を詰めて自分の顳顬にぶっ放せば終わりだ」
「でも結構いらっしゃるんですよ。劇的に死んでみたいとか何とか仰って。……まあ、わたくしとゲームしたところでご希望に沿うことは難しいんですが」
「?」
墓掘りは首を傾げた。
「さっき言ったじゃないか? 君との勝負に負けた連中は皆んな死んだって」
「あれは脅しです」
ミリセントはケロリとした顔で言ってのけた。
「一応最初にそうお伝えするようにしているんです。わたくしに負けても、代償にゲームに引き合うだけの運を支払うことになるだけで死にはしません。けれどそれなりのリスクを負うことにはなりますから、そのつもりのない方はどうぞお引き取りくださいというわけでして。まあ、大抵、皆さんそのまま向かってくるんですけれど」
「ふぅん……。でも、別室で一つ前の奴との勝負を見物させてもらったとき、一緒にいた刑務官からも君に負けた連中は皆んな劇的な最期を迎えたとか同じようなこと言われたぜ?」
「揶揄われただけでしょう。あなた、純粋そうですもの」
「……」
悪戯っぽく笑むミリセントを前に、墓掘りは毒気を抜かれた気分だった。
しかし、すぐに思い直す。
どうせ自分は死ぬのだ。
ミリセントのちからが直接の死因になろうがならなかろうが、ここで負けたらオレは死ぬ。
それは予知でもなんでもなくて、ただ単に現状から分かり切っている当然の帰着だった。
――でももしミリセントに勝てれば、その未来を覆せるのかもしれない。
医者にも匙を投げられていた墓掘りに、あの占い師はそんな話を持ち掛けてきた。彼女の語った運命の抜け道とやらを信じ、彼はここへ来た。
……さして期待があるわけではない。ただ、動けるうちにやれることはやっておきたいというだけだ。
だから今はとりあえず占い師の言いつけを守ることに集中しよう、と墓掘りは決めた。他のことは気にしない。集中だ。
「わたくし、気になるんです」
と、またしてもミリセントが話しかけてきた。
「あなたはどうしてクロエと出会ったんです?」
「どうして?」
「政府の捜索力をもってしても、影さえ掴ませないのがクロエという聖霊です。どうしてクロエと行きあったのか、何か思い当たる節はありますか?」
「何かって……特に」
別に、これといって特別なことは何もしていない。
「テクテク歩いてたら地面に寝そべってた占い師を踏ん付けちゃったってだけだよ」
「踏ん付けた!」
ミリセントは歓声のような叫びを上げ、それから思わぬ興奮を取り繕うように「失礼」と言って服の裾で口元を押さえてクツクツと肩を震わした。墓掘りを見る眼がどうしてかキラキラしている。最初の厭世的な眼差しはどこへやらだ。
「お、面白いですねっ……。よりによって予知の聖霊を踏ん付けましたか……」
「……」
墓掘りはつい口を滑らしたことを反省した。先程は、そこの部分は伏せて話したのだ。
別に占い師から口止めされていたわけではないが、人を踏ん付けたことなんていちいち話す内容ではないだろう。
「……野良猫みたいな声がしたと思ったら人間を踏ん付けていたからおれも驚いたんだ。本当に申し訳なかった」
「野良猫!」
またしてもツボに入ったらしい。ミリセントは横を向いてヒーヒーと笑っていた。
「あの人……猫っぽいですもんね。根無草で、いつもブラブラしてて自由そうで……。ああ、どうか気にしないで、道端で寝転がってたあの人が悪いんですから……。でも、フフッ、ついに踏ん付けられちゃいましたかっ……」
「嬉しそうだな……」
クロエが踏まれたのがそんなに面白いとは……二人の不仲は本当らしい。
墓掘りは若干引き気味に、過呼吸みたくなるほど一人腹を抱えているミリセントを彼女の気が済むまで眺めていた。
「……そ、それでっ……テクテク歩いていたと言いましたが、どこへ向かっていたんです?」
少しは落ち着いてから、笑い過ぎで目元に溜まった涙を拭いつつミリセントがそう聞いてきた。
「外人町へ向かってたんだ。銃弾を買いに」
「……成程」
――何だ?
一瞬、ミリセントが動揺したように見えた。
本当に僅かの間、微かな怯えが彼女の顔を過ぎったような……
しかしそれは錯覚か、或いは幻だったのだろう。次の瞬間にはミリセントは元の人を喰ったような笑みに戻っていた。
それにそもそも、あの戦争であれだけ恐れられた破滅の聖霊に、今更怯えるようなものがあるとも思えない。
「クロエの考えが少し読めた気がします。……ふぅん……へぇ……」
卓の上に手を突き、急にミリセントがぐいっと顔を寄せてきたので墓掘りは些か面食らった。ジロジロと間近から顔を見られる。
「何だよ……」
「……いえいえ」
ミリセントは相変わらず思わせぶりな笑みを浮かべると、顔を離し、元の通り席に腰を下ろした。
「失礼しました。時間、ないんでしたよね?」
ミリセントが告げる。――瞬間、場の空気が変わるのを墓掘りは肌で感じた。
「……ああ」
「続きを始めましょう」
――小休止は、ここまでらしい。
次は多分、勝負がつくまでぶっ通しでやることになる。
後、6投。
それが墓掘りにとって、多分、最期のゲームとなる。
決着をつけるときだった。
「……」
墓掘りは例の占い師――クロエ・ラトゥールの言葉を思い出していた。
――ミリセントを守ってやってほしい。
クロエはそう、墓掘りに頼んだのだった。
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