side_Grave-maker (6)
「行き倒れてたんですね、彼女」
そう言って、おかしそうにくつくつと嗤うミリセント。
「相変わらずその日暮らしのつましい生活に身をやつしているようで何よりです。ふふ、しかしあなたは災難でしたね。会ったばかりの相手に食事をたかられるなんて」
「……そうでもないよ。たかったつもりも向こうにはなさそうだったし。あの占い師は、アドバイス料としてオレに飯を奢らせた感じだった」
「妙なところでプライドが高いのも実に彼女らしいです」
ミリセントは手指の動きだけで鋳貨に指の間をくるくる潜らせながら過去を懐かしむように少しの間目を細めた。
「予知の聖霊、クロエ・ラトゥール。三日先の未来を見通す反則級のちからを持った聖霊であり、わたくしのたった一人の天敵です」
「……」
天敵なんだ……。
どこか懐かし気に占い師のことを思い出している風だったのでポジティブな関係を一瞬想像したのだが、二人はやはり因縁の間柄らしい。
反則級というならミリセントの方もよっぽどだと思うが……これまで連続してコイントスの結果を的中させている占い師もやはり尋常ではない。
クロエ・ラトゥール――予知の聖霊。
確かに、軍にいた頃、敵側のミリセントと並んでよく耳にした名前だ。
直接目にしたことはなかったが、ミリセントの均衡勢力足り得る彼女が味方に付いていてくれるからこそ、こちらの陣営は――例えば戦況の読みを運命的に外しまくってあらゆる作戦に失敗するような――戦いにもならない『不運な』状態に陥らずに済んでいるのだという意見は当時から言われていた。
そうか。彼女が……。
どうにも胡散臭かったが、ミリセントと(一応は)渡り合えている現状からも、あの占い師が本物であることは認めるしかないらしい。
となると、これはまさに聖霊同士の戦い、あの戦争の最前線の再現ということになる。
「……」
自分はただ、クロエの代理としてミリセントと対峙しているのに過ぎない。
そんな事実を、今更ながら実感する。
聖霊。それは一兵卒の彼にとって常に理不尽な存在であり、一人で戦況を丸ごと変えてしまうような、人の身でありながら人知を超えた者たちだった。
だから今本当に戦っているのは、言うなれば予知と運命とも呼べるもっと強大な世界のうねりだ。二つのちからは競合する別々の未来を競って可能性というリソースを奪い合い、互いに相手を丸呑みにしようともつれ絡まる二匹の蛇のように拮抗している。
――だが、拮抗状態では勝てない。
クロエの予知は昨日の時点でのものだ。見通した未来をミリセントの強運が歪める度に更に予知を重ねていき、その限界が23という話だった。戦いというなら予知の聖霊の戦場は過去にあり、つまり彼女の手番は既に終わっている。
この賭けに勝てるかどうかは、今、この場で決まる。
だから依然、自分の責任は重大だ。……当たり前だ。この勝負に臨んだのは、他の誰でもない、オレ自身が決めたことなのだから。
――今、17回目のコイントスで、ミリセントはまたしても墓掘りの選んだ面を続けて出した。
占い師の予知した勝利の未来は、またも彼女の強運の前にあえなく打ち砕かれた。
後、6回。
「……コインをトスする役目を代わった方が良いでしょうか?」
相当残念そうな顔をしていたのだろう、茶化すというよりか本当に申し訳なさそうにそう尋ねてきたミリセントに、墓掘りは頭を振って答えた。
「気にしないでくれ。あんたにコインを投げてもらうことも占い師に言われていたことだ。……それに、あんたはオレがどちらの面を選んだか知らないままコインを投げているんだから」
だからミリセントがフェアなのは間違いない。
……それにどちらかというと、運以外の要素で勝利を掴もうとしているこちらの方が圧倒的に姑息だろう。
「あんたがとてつもなくラッキーなのはわかっていたことだし、気にしなくて良い」
墓掘りの答えを聞いたミリセントは驚いたように少し目を大きくして、それから恥ずかし気にはにかんだ。そうすると、年相応の少女に見える。
「……不思議な人ですね。確かに勝利を望んでいる風なのに、敵意を感じません。勝利に執着するなら、わたくしは憎い相手のはずでしょう? 勝負なんだから、少しでもミスを誘うためにもっと高圧な態度でわたくしを揺さぶろうとするものじゃありませんか?」
「そういうものか?」
そういった駆け引きはむしろ墓掘りの苦手な分野だ。それにそんな真っ当なギャンブルをしていたのでは自分のような素人がミリセントに太刀打ちできないことは目に見えている。
自分は賭け師ではない。だから勝利には、もっと別の、何かしらの『裏技』が必要だ。あの占い師の予知を信じたのは、そういう意味合いにおいてだ。
――わたしの言う通りにすれば間違いないさ。
手羽先の骨をしゃぶりながら、満足気な表情で椅子にもたれて軽々しくそうのたまった占い師を思い出す。……あんなのの口車に乗せられちゃうくらいオレは生き急いでいたわけだが、それでもやはり、執念くらいは最後まで持っておきたい。
……それに、久々に楽しさを感じているのも事実だった。
命懸けで何かしかに挑むのなんていつ以来だろう。軍を辞めた後は争いから身を引いた生き方を選んだつもりだったが、無意識に勝負事そのものを敬遠してしまっていたのかもしれない。そのせいで、オレは多分、ずっと退屈だった。
やってやる。……どちらにせよこのままでは死ぬ命だ。
そう胸の内で決意を呟き、墓掘りが次のコインを場に出そうとしたとき――
「少し、休憩しましょうか」
突然、ミリセントがそんなことを言い出した。
「?」
「ずっと集中していたので、疲れちゃいました」
墓掘りの返事を待たず、椅子の背もたれに深く身を沈め、肩を回し出すミリセント。
――何だ? 休憩?
占い師からは聞いていなかった展開だ。
「あなたも、楽にしてくださいよ」
「……」
そんなことを言われても、という感じだった。
訝しむ墓掘りに、ミリセントは「少し勿体無い気がしまして」と言った。
「あなたとのゲームは楽しい。こんなに楽しいのは久しぶりです。このまますぐに終わらせたくないです。それにクロエの話ももっと聞きたいし……」
そこでミリセントははにかんだような表情を浮かべ、少し逡巡するような間を空けてから墓掘りの目を見て口を開いた。
「あなたのことも、知りたいです」
「オレ?」
「はい、興味が湧きました。良いじゃないですか。昔のお話、聞かせてくださいよう」
「……」
こんな懐いてくるような性格だったのか、こいつ?
しかしお喋りに付き合うと言った手前、今更無下にするのも何となく忍びない。
「……まあ、別に良いけど」
墓掘りはそう言って、出しかけたコインを手元に戻した。
ミリセントの気まぐれとやらに付き合ってやろう。……もうじき死ぬんだし、オレ。
そんな、最早口癖と化した常套句を頭の中で思いながら。




