side_Grave-maker (5)
ひとつ、しでかしてやろう。
その日の昼下がり、仕事場である山の上の墓地でぬかるみに足を取られて墓石の縁にしたたか額を打ち、しばらく立ち上がる気も起きず鼠色の空をぼんやり見上げていたとき、墓掘りはそう決めた。
彼は脇にほっぽっていたシャベルを地面に突き立てて身を起こすと、立ち並ぶ墓石の間を幽霊のような足取りで突っ切って墓地正面の古びたアーチ門を抜け、鬱蒼とした葉叢に陽射しを遮られた仄暗く細い林道を街の方へのそのそと下っていった。
彼は、街の南端にあるスラムの売人から銃の弾を買うつもりだった。
――それを発射するための銃は持っていた。
38口径のごくありふれた拳銃。
その銃は、かつて墓掘りが戦地に居たときに人からもらったもので、戦争の終わった後も――墓掘りになった自分にはもう必要のないものだとわかってはいたが――何となく手放しがたくずっと手元に置いていたのだった。
実際にその銃で何かを撃ったことはなかったが、手入れだけはきちんと行ってきた。弾さえあれば撃てる……それは何度もその銃を分解し、念入りにメンテナンスしてきた彼にとっては確信だった。
それに万が一弾を発射する機能が失われていたとしても、自分にはもう後がないのだから、どうでも良い。関係がない。
もとより自棄だ。
実際のところ、墓掘りは銃弾を手に入れた後の算段をまるで立てていなかった。
あったのは――多分、それで自分の顳顬を撃ち抜くことになるだろうという漠然とした予感だけだ。
特に銀行強盗とかをするつもりも、社会に影響力のある人物の邸宅に押し入るなどして何かしらのメッセージを世間に発信するつもりも、というかそんな熱意も野望も墓掘りにはない。
だからこれは計画とさえ呼べない。
いよいよというときが来たら、こいつに銃弾を詰めてぶっ放してやろう、そうすりゃ少しは派手に人生を締めくくることができる――そう何となく考えていたことを遂にやってみるときが来たという、それだけの話だ。
もっと自分の考えの深層をほじくってみれば、今の心理に何かしらの説明をつけることは可能かもしれない。だが実際、銃があれば何かできそうな気がするという、割と本気でただそれだけのノリでしかなかった。
結局最期は絶望して、自分で自分の人生にケリをつけることになる未来しか見えないにせよ。
それならそれで、銃を手入れしてきた甲斐ができるし、別に良い。
……これ以上命を先延ばしにする意味も理由も、特にない。
だってどう転んでも死ぬんだしオレ。
最期にどう死ぬかなんて、実際どうでも良い――
自嘲する笑みを唇に浮かべ、近道しようと酒場の連なる通りを裏路地へ折れたところで――「きゅうっ」何か踏んづけた。
見下ろすと、地面にうつ伏せに倒れている誰かの背中を、墓掘りの足は踏み付けていた。
「う、うおっ……」
驚き、慌てて足を退ける。
――し、死体?
――いやこいつは今悲鳴を上げた。なら死んでいないとして、どうしてこんなところで寝転がってる?
――というかそんなことに驚いてないでまずは助け起こすべきなのか?
墓掘りが混乱する頭でそこまで思考を巡らしたところで、倒れていた人物がぴくりと痙攣し、突然ガバリと起き上がった。
思わず身を固くする墓掘りの前で、その人物――フード付きの黒い長衣にすっぽりと身を包んだ、見るからに怪しい人物。声から女と判るが、フードを目深に被っているために色白という他は人相も定かでない――は、呻くような声を発した。
「お……」
『お』?
「お腹、空いた……」
――そう、か細い声で呟き、またしても糸が切れたようにパタリと地に伏せる女。
「……」
えー。
……どうすれば良いんだこれ?
その場に立ち尽くし、踏んづけてしまった手前無視もできないしと取り留めもないことを考える墓掘り――その思考を、女がうつ伏せのままぽつりと零した言葉が無理矢理に中断させた。
「……銃弾なんて買わなくて良い」
女は、確かにそう言った。
「――」
銃弾を買うことは初めから考えていた計画ではない。
ほんのついさっき、墓石で頭をガツンとやられるまでは明確なかたちを持たなかったような、無意識の思いつきだ。
勿論誰にも話していない。他人が知るはずのないことだ。
なのに何故――この女はオレが銃弾を買うつもりでいることを『知って』いるんだ?
一気に目の前の何者かへの警戒度を上げる墓掘りに、女は頬を地面で擦りながら顔を上げ――ククッと喉を鳴らすような声で笑ってみせた。
「……それよりその金でわたしに飯を奢ってくれないか? 昨日から何も食べてないんだ……」
そして今度こそ力尽きたようにパタリと倒れ伏す女……。
「……」
――いや、何だこいつ!?
墓掘りは、面倒な相手に捕まった我が身の不幸を呪った。




