表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Oscar!  作者: 篠江 一
13/19

side_Grave-maker (1)

人を増やしていけたらなと思い、別(新)キャラ目線のエピソードを挿入します。

最終的に登場人物たちの色んな意図が絡まり合ってわちゃわちゃしていくのが目論見ですが、うまくいくだろうか……。

 戦争が終わった後、彼は『墓掘り』になった。

 教会に雇われてはいても人死に纏わる職能ゆえ、日陰者の身の上ではあったが、彼は概ね自分の境遇に満足していた。一人で黙々と行う労役は彼の性格に合っていたし、一般に世間から不吉がられる肩書であることも孤独癖のある彼には相性が良かった。外仕事のため、帽子をずっと被っていられることも都合が良かった。自分は特別に能力のある人間ではないのだから、今日という日にくいっぱぐれる心配がないだけでも上等だと、彼は常々そう考えていた。


「これからコインを二回トスします」


 ――だから何故、どうして、こんなことになっているのか?

 ふと正気に返ったような気持ちで、墓掘りは自分の今いる部屋を見回した。

 窓のない赤黒チェック柄の壁に四方を囲われ、真鍮のランプの仄灯りに照らされた、カジノのVIPルームを思わせる小さな独房――そう、独房。そこでオーク材のテーブルを挟んで房の主人である収容者と向かい合い、決死の賭けに望んでいるというのが、現在、墓掘りの直面している状況だった。

 ――口に当てた手のひらにべっとりとついた赤黒い血。

 昨日、仕事場の墓地で急な立ち眩みに襲われた挙句ぬかるみに足を取られて墓石の縁にしたたか額を打ち、しばらく立ち上がる気も起きず鼠色の空をぼんやり見上げていたとき、「ひとつ、しでかしてやろう」なんてことを思いついたところまでは、かなり自暴自棄に陥っていたとはいえまだ自分の意思で行動できていたと思う。

 しかし、今や事態は彼の意思を離れ、制御を失った車輪のように先の見えない下り坂を転がり落ちていくようだった。

 仮に運命なんてものがあるのなら……と墓掘りは考える……くだんの妙な占い師に夜の小道で知り合ったのが、きっとその狂い始めだろう。

 彼は卓の向かいにつく人物へと目を戻した。

 輝く黄金の髪。青紫と黄緑、左右で色の違う、怜悧だがどこか昏い瞳。薄い唇に不吉な笑みを浮かべた、色白の、まだ少女と言って良いような年齢の女。

 破滅の聖霊、ミリセント・リリアン・ワーズワース。

「改めて確認しておきますと、このゲームに勝てば、あなたはわたくしの保有する運をお好きなだけ獲得できます。それはあなたのこれまでの不運を補って余りある莫大な幸運となるでしょう。

 反対に負けた場合、あなたは自分をこんな場所まで連れてきたなけなしの運すら失うことになり、どんな悲惨な目に遭うか知れません。きっとご存知のことかと思いますが、わたくしとのゲームに負けた方は全員、ゲームのあったその日に不慮の事故で酷い死に方をされていますので」

 墓掘りは心中でくだんの占い師を呪った。全員死んだとは聞かされていたが、当日に、しかも死に方が酷かったというのは知らなかったことだ。質問しなかった自分が悪いのかもしれないが、とにかく恨めしい。

 つまり、ミリセントとの勝負それ自体が、刑の執行なのだ。

 ――先刻目の前で行われた、信じがたいパーフェクトゲーム。

 受刑者の一人が自由とこの世の春を懸けて彼女とポーカー勝負を行い、そしてあり得ない、あり得ないはずの負け方をした。

 墓掘りはポーカーに全然詳しくないけれど、この女が五回連続で揃えてみせたのは、最強の役ではなかったか。

 それって一体、どれくらいの確率なんだ……

「外からやってくる人は久しぶりです。格好良いですよ、命知らずの男性って」

 軍事刑務所の地下、それも最奥の房にぶち込まれているくらいなのだから『遊休資産』の中でもとびきり危険な存在であることの確定している彼女は、抓んだ鋳貨を勿体らしく顔の前に持ち上げると、虚ろな目のまま人好きのする笑みを浮かべてみせた。

「勝負は一回、コイントスで決める。それで間違いありませんね?」

『賭けは挑戦者の持参物で行われる』。それもくだんの占い師から聞かされていた通りのルールだった。そしてこれといって得意なゲームのなかった墓掘りに、占い師は小銭をいくらかポケットに突っ込んで行くようにとだけ助言したのだ――

「あなたのポケットに入っていたこちらの流通硬貨は、賭けのコイントスで用いる用途にはあまり向いていません。既に不特定多数の人物の指紋で表裏の重量に偏りの生じた、いわばアンフェアなコインです。しかし金属の展延性が許容できる閾値を下回っていると見なし、表の後に裏が出る確率と裏の後に表が出る確率が同じであるという前提に立てば、ちょっとした工夫でフェアなコイントスを行うことは可能です。

『公正なコイン』、というやり方です。まずあなたが表か裏かを宣言し、それからわたくしがコインをトスします。そしてその一回目の結果を採用するか否かを二回目のトスで判定します。二回の結果が一致する場合は一回目の結果を破棄し、最初からやり直します。一致しなければ一回目の結果が『通り』、勝負が決まります」

 ミリセントはどこからか一枚のコイン――墓掘りが持ってきた小銭とは比べるべくもない、恐らくは特注品かと思われる純金のコインを取り出し、両面を返して見せた上で(獰猛な竜の頭と細くしなった蛇の尾だった)、それを墓掘りの前に差し出した。

「『表か裏か(ヘッズ・オア・テイルズ)』。どちらか決めたら――そうですね、あなたの頭のその帽子で隠すなどして、わたくしから見えないように場に出してください。わたくしが賭けるのは常に“あなたが選んだ面でない方”です。わたくしはあくまでもあなたの不運と幸運とを取り持つ第三者ディーラーのつもりですけれど、コインを投げ、その表裏を決める直接的な立場にある以上、厳格に公正を期すためにあなたがどちらに賭けたのか知らないままでトス致しましょう。よろしいですか?」

 墓掘りに文句はなかった。何故コインを二回トスすればそれをフェアなコインとみなすことができるのかについての確率論的な話はやはりよく分からなかったが、公正であることを希求するミリセントの偏執さを彼は信じて良いと思った。

 破滅の聖霊の恐ろしさは、数理トリックや誤魔化しを正面から粉砕してしまう単純な強運にある……とは、墓掘りをけしかけたくだんの占い師の言っていたことだ。だから彼女との勝負は心理戦なんてものの介在しない純粋な運勝負になるのだと。

 つまり不運な日陰者には万に一つの勝機もない。

 京に一つだってないのだろう。

 それでも――

 ――いや……

 何を覚悟しようが、今更か。

「……」

 墓掘りは被っていた帽子――草臥れた焦茶色のハンチング帽を脱いで卓の中央に置き、ミリセントに見えない位置から、『決めていた』面を上にしてコインをその下へ差し入れた。

「…………では」

 ミリセントが目を瞑り、右手の親指で鋳貨をトスする。

 真上に跳ね上がり、垂直に落下した鋳貨を彼女は左手の甲で受け止め、反対の手を上からぱちんと被せた。

 上の手がそっとどかされ、硬貨の裏表が明らかになる。

 出たのは『表』だった。

 墓掘りはごくりと唾を呑み込んだ。

 ミリセントが鋳貨をまた右手の親指にのせ、同じ要領でもう一度トスする。


 ――次に出たのも『表』だった。


「――おや?」

 ミリセントの声には素直な驚きがあった。

「流れましたね」

 卓の向かいに座る男に眼を向ける。虚ろだったその瞳には、先ほどまでと違い、幾分か好奇の光が宿ったように見えた。

「久しぶりです。一回で勝負が決まらなかったのは」

 言いつつ、ミリセントは卓上の帽子に手を伸ばし、そっと持ち上げてその下の、墓掘りの選んだ面を確認した。

 墓掘りが場に出していたコインは、『表』だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ