上下のリングの溝がピタリとかち合い、文字の並びがそこに現れた
「――そっ、そそそそんなはずはないっ!」
一瞬取り乱しかけたが、何とか平静を取り戻して僕は言った。
――いや取り戻せてなかった。
――普通に動揺しまくりだった。
「お前滅茶苦茶メアリに怖がられてたじゃんっ!? 結婚なんてするはずっ……フハハ! 冗談かっ! 冗談なんだなっ!?」
メアリは、ネヴィルを怖がっていた。
元から人見知りというのもあっただろうが、奇抜なことばかりやって騒ぎを起こすこいつのことは特に警戒していたと思う。
そんな相手と恋仲になるなんて、あり得るはずのないことだ。
「確かに、彼女が小さかった頃わたしはメアリに怖がられていたね」
ネヴィルは苦笑した。
「でも冗談ではないんだ。証拠を見せよう」
「証拠だとっ!?」
焦る僕を余所に、ネヴィルは路肩に寄って車を緩やかに停止させた。田園を走る道でもともと車の通りが少ないので、エンジンが切られると途端に辺りは静かになる。
ネヴィルは片手で胸ポケットをまさぐって何か取り出すと、握ったままの拳を僕の前に突き出した。
そっと指が開かれる。――掌にのせられていたものを目にした瞬間、喉の奥から変な声が出た。
ネヴィルの手には、僕の薬指にはまっているものと同じ指輪があった……。
「……い、いいやっ、まだだっ! まだたまたま似ている指輪を持っていたというだけで、お前がメアリの婚約者であるという証明には至っていないっ!」
「粘るなぁ」とネヴィル。「君が指輪のことをずっと気にしているのは気付いてたけど、別に意外というほどの真相でもないだろう?」
「意外じゃないわけあるか!! そもそもお前に人を愛する感情なんて具わっていたのか!?」
だってお前はネヴィルなんだぞ!?
他人にいつも無頓着で研究のことばかり考えていたような――無神経が服着て歩いているような男だったんだぞ!? お前は!?
「酷いこと言うなぁ。――ちょっと手を借りるよ」
「なっ!?」
言うが早いか、ネヴィルは僕の手を取り、僕の左手の薬指――既に指輪のはまっているその指に、持っていた指輪を通した。
一瞬の手際だった。抵抗する間もなく、指の根本で二つのリングが重なる。――と、両方のリングの接している縁に細かな溝が刻まれていることに気が付いた。初めからあったが、装飾だと思って気にしなかったものだ。
「ほら」
言って、ネヴィルがダイヤルを合わせるように上のリングを回転させる。
――上下のリングの溝がピタリとかち合い、文字の並びがそこに現れた。
二つの指輪の縁に刻まれていたのは――ありていに言えば詩句だった。
愛を謳う。愛を礼賛する。……そんな詩句だ。
「シンプルだが、悪くない言葉だろう? メアリが好きな詩からもらったものなんだ。わたしたちの婚約の誓いでもある」
「……っ」
そう――それは、確かに愛を誓う言葉で。
そして二つのリングが揃って初めて読めるように刻まれていたわけで。
つまり二つの指輪はペアなわけで。
その片割れを持っていたこいつは、だから、本当に――
――というか、この詩……
「……僕のポエムじゃん……」
……えぇ……。
ちょっ――ちょっと待って。気持ちの整理が追いつかないぞ。
僕は膝の間を覗き込むくらい深く項垂れ、肺の中の空気を空にするつもりで床に向かって思い切り息を吐き出した。
「初めて知ったときは意外だったよ。君って現実主義的なところがある割にポエマーだったんだね。メアリから君の作品の書いてある手帳を一度読ませてもらったんだが、わたしも好きだよ。君のポエム」
「……言わなくていい」
――そう。
このフレーズは、間違いなく、僕の秘密のポエムのワンフレーズなのだった。
「……なんでお前たちに読まれちゃってるんだよ」
僕の秘密の趣味。
我ながら格好つけ過ぎな自作ポエムたち。
……誰にも教えず、墓場まで一人抱えていくはずだったのに。……これは恥ずかしい……恥ずかし過ぎるぞ。
……というか、さっきから衝撃が重なってやってきやがる。
メアリが婚約していたことが判明した衝撃と、その相手が僕の悪友であるという衝撃に重ね、こっそり書いていたはずのポエムを二人に知られており、しかもそれを婚約指輪に刻まれていたなんて死にたくなるような事実。
驚きと恥ずかしさがごちゃごちゃに混ざり合って……感情が行方不明だ。
……というか未来の僕は何を思って秘密のポエムを妹たちに晒しちゃっている上、そのフレーズを婚約指輪に刻まれることにゴーサインを出してしまっているのか。
羞恥心とかないのか、ぼく……。
――けれど……そうか……そうなのか……。
こうして、二人の婚約に自作の、しかも未来の僕にとっては随分前の作であるはずの、今の僕にとって最高傑作と言って良い自信作のポエムを提供しているくらいなのだから……未来の僕は、お前たち二人の仲を認めているんだな……。
……ならば、僕も認めなくてはいけないだろう。
正直な話、もう少し心の準備をする時間が欲しかったが。
ちゃんと妹の幸せを祝福してやるのが、きっと、兄の務めなのだ。
「畜生。幸せにしろよ、この野郎。メアリを泣かせたりしたら許さないからな」
「重々承知しているとも」
ネヴィルはそう請け合った。気負った感じではないが、軽薄でもない。彼らしい返事だった。
「……あと、今は取りあえず気持ちを整理したいから良いけど、後で詳しい経緯を聞かせろ」
「ははっ、分かったよ。面映ゆいが、わたしと君の妹との恋物語を聞かせてあげよう」
ネヴィルが再び車を発進させる。
僕はドアにもたれかかって、ふぅっ、と息を吐き出した。
……。
やれやれ、まだ胸の動悸が止まらない。
きっとびっくりし過ぎたせいだ。
気持ちが落ち着くまでの間、僕は窓の外を流れる景色を眺めて過ごすことにした。




