流石に人でなし過ぎる
「そういえば、君はエリナーが好きだったね。それが取り乱した理由かい?」
車が走り出してから少しして、ネヴィルが訊いてきた。同情心などは特にこもっていない、ただ確認するだけの淡白な言い方だったが、ネヴィルに優しさなんてものを求めてみても仕方がない。
「……まあな」
僕はもたげた手の甲に顎を載せ、窓の外を見遣りながら不貞腐れて言った。
「はっきり言って、大好きだったよ」
改めて、自分は将来恋に破れる運命なのだということを実感する。
まだ何も始まっていないのに失恋したという結果だけが分かっているとか、我ながら悲し過ぎる……。
「アハハハハ! そっか」
すごい笑われた。
「――待て待て。そこで無邪気に笑うのは流石に人でなし過ぎるだろ? 少しくらい慰めろ。そういうふりでもいいから」
運転中じゃなければぶん殴ってやりたいところだ。
「ごめん。そういうの苦手なんだ」
「苦手とか言うな。もっと人間的であれ。人間のかたちをしているだけの全く別の生き物と会話しているような気持ちになるから」
「しかしわたしたちは何をもって『人間的』と言うのだろうね。君は親切さや同情心のことを指してそう言っているらしいが、残酷であることや他人に無関心であることも人間性の一つの特質なわけだろう?」
「やめろやめろ。急に独自の善悪観を披瀝するな。人間不信になるだろうが。傷心中なんだよ僕は……」
――全く。
こういうやり取りを、大人になったこいつともやることになるなんて。
図体だけは大きくなっているが、中身の方はやはり相変わらずだ。
「……」
ふと、自分が無意識の手癖で薬指の指輪をいじっていることに気付く。……ああそう、メアリもまた、既婚者かも知れないのだった。
だが、エリナーさん宅では意外とメアリの結婚については言及されなかったので、もしかするとこの指輪についてはそもそも僕の思い込みがあるのかもしれない。
エリナーさんの場合は家の中だからというのもあっただろうが、別に全ての既婚者が指輪を薬指にはめているわけではないのだし、その逆もあり得るだろう。つまり、独身者が薬指に指輪をはめている場合だ。
独身者があえてそうする動機としては、何かのまじないか、或いは願掛けか……特に思いつかないけれど、理由は人それぞれだ。というか実はメアリは結婚していませんでしたというオチがつくのなら、僕としては断然そちらの方が良い。
――まあ、それは自分に都合の良いように考え過ぎで、指輪をしていなかったエリナーさんの例を隣で運転中のこの男にも適用するなら、一応まだこいつがメアリの相手ということもあり得るわけだが。
……うだうだ考えていても何も始まらないか。
いい加減、僕もこの指輪の真相から逃げ過ぎだろう。
真実を知るのには勇気がいるが、そろそろ聞くべき頃合いかもしれない。
果たして、この指輪は何なのか?
「でも、まだ落ち込むような段階ではないと思うよ」
そう考えたところで、先にネヴィルがそう言ってきた。
「横恋慕していればいつかは略奪する機会も巡ってくるだろう」
「……真顔でとんでもないことを言うよな、お前は」
エリナーさんがそんな操を破るような真似をするものか。
というか、そうなったらそうなったで息子のラミレス君に申し訳なさ過ぎるだろうが……。
「失恋したんだよ、僕は。その事実は認めないといけない」
「何故?」
やけにまっすぐな問い掛けに、一瞬言葉に詰まってしまう。
「何故って……これから先の人生、ずっとエリナーさんへの気持ちを引きずったままでいるのは、良くないだろ? エリナーさんは結婚してるんだから、一方的に想い続けても仕方がないんだし、むしろ、彼女の幸せを願えるくらい強い男でないと……って何だ、恥ずかしいな……」
「ははは、君はそう考えるのか。潔いね。流石は軍人の子だ」
ネヴィルは、多分にこやかに微笑んだ。
「まあ、あまり深く考え過ぎるなよ。エリナーも君も、死んだわけじゃないんだからさ」
そう言って、運転に集中するネヴィル。
……。
もしかして今、励まされたのか?
「……それはそれで極端な意見だと思うけどな」
僕が言うと、ネヴィルはハハと笑った。
……全く。
そう口の中でぼやき、窓の外へ目を向ける。
……。
「なぁ、ネヴィル」
「なんだい?」
「この指輪」
僕はネヴィルに向けて手を返し、指輪を見せた。
「教えてほしいんだが……メアリは結婚しているのか?」
ネヴィルはチラリとこちらに視線を投げただけで、すぐ前方に目を戻した。表情に特に変化はなかった。
「結婚はしていない」
「そうか!」
「フィアンセがいる」
「…………そうか」
心臓が飛び出そうになるのをグッと堪え、一旦深呼吸する。
やっぱり。
そうか……。
結婚はまだでも、指輪を交わした相手が、メアリにはいるんだな……。
衝撃ではあるが、寿ぐべきことであるのは間違いないのだし、まあ、聞いて良かったと思おう。うん。
これで、兄として妹の結婚を祝ってあげるための覚悟の準備ができるわけだ。
「うん。そして、フィアンセはわたしだ」
「……」
…………は?




