目覚め
耳の奥で脈の激しくうっている音が聞こえていた。上手く息が吸えない。ひどく混乱している。そのことが自分でわかる。
オスカー・バレトは突然目が覚めた。
あとしばらくはふかふかの枕に頭を埋めて微睡んでいたい心地だったが、どうしてかそれがひどい間違いであるように思えて、彼は仕方なく身を起こした。
頭の後ろで腕を組み、小さく唸って胸を反る。服は着替えないまま寝たらしい。昨夜は疲れていたのだろうか。そういえば、やけにぐっすり眠った気がする。
「……」
何か違和感を覚えた。彼は部屋の中を黙って見回した。
寝台脇のワードローブ。採光窓の近くに置かれた書物机に、窓向かいの壁一面を占める据え付けの書棚。
自室のはずだが、何かが気になる。
奥の壁にぽつりと立てかけられた楕円の姿見が彼の目に留まった。
映る寝台に、白シャツ姿の若い女のひとが腰掛けている。
鏡はオスカーの正面を向いている。だからそこに映るのは寝起きで不機嫌顔の少年でなくてはならなかった。そもそも部屋には彼しかいない。女のひとなんて、映るはずはない。それなのに鏡にはオスカーでなく髪の長い女のひとが映り込んでいて、顔に降りかかる長い前髪を透かしてじっと彼のことを見つめていた。
オスカーは寝台を下り、姿見の方へと近寄ってみた。うつろな足取りだった。まだ何の考えもまとまっていなかったが、そうしないわけにはいかなかった。
彼は手を伸ばし、そっと姿見に指先を触れた。冷たい鏡面の感触が伝わる。ほっそりとしたきめ細かな白い手。全くの同時に重なった二つの掌は、大きさも形もぴたりと合わさった。それは繊細な女性の手であり、そして紛れもなくオスカー自身の『鏡像』だった。
オスカーは少しの間『彼女』と見つめ合い、そして弾かれたように後ろへ倒れ、尻もちをついた。
唐突に脳裏に浮かんだ気づきが彼に衝撃を与えた。鏡の前から跳び退ろうとして、足がもつれた。
耳の奥で脈の激しくうっている音が聞こえている。上手く息が吸えない。ひどく混乱している。そのことが自分でわかる。
――そんな――
窓から淡く射し込む光のたまりの中、床の上にぺたりと座り込み、怯えた顔をして膝をすり寄せている女のひと。――陽を浴びて真珠色に輝く艶やかな銀髪。菫色の神秘的な瞳。
似ているだとか、そのような能天気な感想を抱く余地もなく、オスカーにはわかった。
わかってしまった。
――――妹だ――
メアリ・バレト。
彼が何よりも大切に想っている、かけがえのない、ただ一人の家族。
その大人に成長した姿が鏡には映っていて、かつ、『彼女』は彼なのだった。
……オスカーはふと、左手の薬指に何かがはめられていることに気付いた。
強烈に嫌な予感がした。彼は、床に突いた左手に、恐る恐る目を落とした。
細い薬指の根元に、銀色のリングが朝陽を受けてキラキラと煌めいている。
「……冗談だろ?」
何一つとして冗談ではなかった。




