8、カミサマから見た小悪魔
羽田野との初対面はあまりいい印象じゃなかった。
「嘉見くん、久しぶり。あの時はありがとう」
初対面なのに、まるで友達の様に話しかけてきた。
俺は思った。これが小悪魔の手口かと。
初めて聞いたが、確かに綺麗な声だ。
アルファ波が出ているに違いない。
ずっと聞いていたいと思わせる声。
優しい口調。
馴れ馴れしく話しかけて、近づいてその気にさせて振るのか。
俺はそんな風にはならない。
だから言ったんだ。
「誰?久しぶりって、俺あんたのことなんて知らないんだけど」と。
*******
俺は羽田野が話しかけてくる前から、あいつのことを知っていた。
羽田野は自覚がないだろうが、有名人なのだ。
あれは、入学して間もない頃だ。
「あー、俺A組の羽田野さんに振られた~」
隣の席の奴が、机に頭をついた。
「羽田野って、A組の声が綺麗って評判な子だろう?」
「顔もかわいいよな。クラスで、1番とかじゃなくて、2番目か3番目な感じだけど、でもそこが逆に親しみやすいよな」
「誰にでも優しいって評判で、隠れファンも多いらしいぞ」
入学して間もないのにもう告白?
そして、他のクラスなのにチェックしている男共に感心した。
「自転車のカギ失くして困っていたら、羽田野さんに優しく話しかけられて、一緒に探してくれたんだよ。その時に、いい感じだったから、いけると思って告白したのに振られた」
「いや~、被害者はお前だけじゃないぞ。元気出せよ」
「マジ、あの顔と声で優しくされると、勘違いもするっていうか、つき合いたい、こんな彼女欲しいって、男なら誰だって思うよな。噂通り、小悪魔だよな」
小悪魔のA組の羽田野か。
その時は、ふーんぐらいしか思っていなかったが、次々流れてくる羽田野の噂。
優しくして、その気にさせて、全くその気はないとあっさり振るらしいと。
誰にでも優しいとかいい噂もあったけど、俺はいい印象は持っていなかったし、興味もなかった。
羽田野とは、クラスも違うし、話すこともないと思ってた。
なのに、いきなり俺のところにきて、お礼とか言われて訳がわからない。
人違いだと思った。全く覚えがない。
だって、この顔にこの声。
多分、1度会ったら、忘れられない。
もう、関わることもないだろうと思っていたら、いつの間にか丸原と仲良くなってるし。
お菓子交換とか、丸原に媚び売ってるなみたいに思っていた。
修ちゃんとか、名前で呼んでるし。
丸原のお菓子好きが半端じゃないのは知ってたし、お菓子交換する2人を見て、勝手にしろよと思ってた。
「嘉見くんもどうかな?」
隣にいる俺にたまに勧めてくるけど、興味ないし、毎回断っても何回も勧めてくるから、頭悪いのかと思ったりして。
ある日、寝ていたら突然夜中にインターホンがなる。
こんな時間になんだよと無視をしようとしたら、連打された。
丸原だな、こんなことするの。
対応すると、案の定丸原で、羽田野をしばらく泊めろとか無茶を言ってきた。
羽田野を襲うかもとそんな気はないけど牽制したが、
「羽田野は嘉見の好みじゃないだろう?」
と丸原は決めつけて言われるし。
別に、派手な女が好きな訳じゃない。
中学の時は色々事情があったのだ。
本気にならずに、適当につき合えそうなのとしか付き合ってないし、あいつとは真逆だっただけで。
羽田野から事情を聞くと、家族とうまくいかない辛さは他人事には思えなかった。
バレたら、停学や退学だろうリスクはあると思いつつ、羽田野をしばらく泊めることにしたのだった。
翌日、学校行くのに道がわからないだろうと、一緒に登校するかと思ったが、誰かに見られて下手な噂を流されるのは嫌だ。
考えた結果、早朝に行けば問題ないだろうと隣の部屋へ行き、羽田野を起こした。
起きた羽田野を見て、驚く。
キャミソールにショーパンって、ほとんど裸みたいなものじゃないか?
露な太もも、キャミソールから見える胸の谷間。
そして、制服の時は気づかなかったが、意外に胸がでかい。
グラビア雑誌より破壊力があった。
顔が赤くなるのがわかる。
何より、俺を意識していないのか、羽田野が平然としているのもなんかムカついたのだった。
次の日、丸原が放課後カラオケ寄ってから、久々嘉見の家に行きたいとか言ってきた。
丸原が家に来たら、ゲームして盛り上がって、うるさくなるから羽田野に悪いから断ろうと考えたけど、なんで俺があいつに気を使わなきゃいけないんだ?俺の家なのに?
そう思ったら、そうだなと返事していた。
丸原と家に帰ると、玄関から美味しそうな料理の匂いがした。
帰る家を一瞬間違ったと錯覚した。
「おかえりなさい」と羽田野に言われ、現実に戻る。
ああ、これは羽田野と丸原の2人で約束してたんだ。何勝手に俺の家使ってるの?図々しいにも程があるだろうと思ったけど、見るとリビングの上には3人分の御飯が並んでいた。
強引な丸原に仕方なく、椅子に座り、御飯を食べた。
御飯はどれも美味しかった。
丸原が羽田野は料理上手いからって言ってたけど、信じてなかったんだけど、今日から認識変えなきゃいけないな。
3人でわいわい食べた御飯は楽しかった。
次の日の朝、起きてリビングに向かうと既に羽田野がいた。
朝御飯作ったとか言われたが、断った。
御飯作ってもらって、一緒に食べたら、それは同居ではなくて、同棲じゃないかと思った。
俺が、勘違いしちゃダメだ。
そして、羽田野にも勘違いさせたらダメだ。
線引きは必要だ。
玄関に向かい、靴を履くと羽田野がお弁当を差し出した。
もちろん、断らなきゃいけないと咄嗟に思った。
いつものように、一言要らんと拒否すればいいだけだ。
だけど、
「食べなかったら持って帰ってきて。私が夜食べるから。唐揚げ入れたし、髪の毛入ってないからね。お弁当箱も嘉見くんが好きな青にしたよ。それじゃ、いってらっしゃい」
俺のために作った弁当、俺のために弁当箱まで買ったんだろうと思ったら、断れなかった。
家に帰ると、やっぱり晩御飯を作って待っていたみたいだ。
今度は断って、さっさと部屋に入った。
しばらくして、羽田野が部屋のドアを叩きながら、呼ぶ声が聞こえたが、無視した。
ガチャとドアを開く音が聞こえて、鍵をしていないことに気づいた。
今まで一人だったから、鍵なんて使ったことなかったから、鍵の存在すら忘れていた。
現れた羽田野は、びっくりするほどヒラヒラの白いエプロンをしていた。
普通に似合っている。
口には絶対出さないけど、かわいい。
「今日は晩御飯からにする?お風呂?それとも私?」
人差し指を顎につけ、首を傾げる羽田野。
大胆な台詞を言った後、顔も赤くなってるし。
計算か?わざとだろ?
ムカつく。
ムカつく。
目茶苦茶ムカつくけど、超絶かわいい。
くそ~と思いながらも、顔には出さずエプロンのことを聞いた。
出所は丸原だった。
絶対羽田野じゃないと思った。私服シンプル系だったし。
もし俺が仮に羽田野を選んだらって聞いたら、それは絶対ないからとあっけらかんとしていた。
マジで小悪魔だなと思った。
俺じゃなかったら、その気になって襲われてるぞ。
羽田野って、絶対俺のこと男として意識してないよなと思うとまたムカついた。
でも、いちいち断るのも馬鹿馬鹿しく思っていたし、食材も勿体ないし。
あと4日だし、ここにいる間ぐらい御飯ぐらい一緒に食べるのは悪くないかなとも思えてきた。
あと4日なんだからと自分に言い聞かせた。