7、小悪魔と最終兵器?
朝6時、部屋から嘉見くんが出てきたから、声をかけた。
「嘉見くん、おはよう。朝はいつもこんなに早いの?」
「あんたこそ、いつも寝てるのに、今日はどうしたの?」
「うん、まあ。早く目が覚めちゃって。何時に家出るの?」
「6時半には出るよ」
「朝早く出るのって、何で?朝練か何か?」
「一緒に登校して、変な噂とか流れたら困るだろ。同居もバレたら停学、最悪退学だろ。あんたの頭は空っぽか?」
最初の取り決めの、学校では話さない、馴れ馴れしくしないは、変な噂が流れないためだったのか。
「考えすぎじゃない?それに、嘉見くんが早く出るんじゃなくて、私が早く出ればよかったんだよね。ごめんね、色々」
嘉見くんの気遣いに申し訳ないと思いつつ、謝っても朝早く出るのは変えないようだ。
「別に。あと4日だし」
「うん、そうなんだけど」
あと、4日。
改めて思うと私は、寂しくなった。
「朝ご飯作ったんだけど、食べない?」
「要らん」
断られると思ったけど、予想通りだった。
玄関に向かう嘉見くんに私は声をかけた。
「待って。嘉見くん」
「何?いってらっしゃいとか言いたいの?家族じゃあるまいし、いらないんだけど」
「うん、それもあるけど、これお弁当。よかったら食べて」
差し出したお弁当を見る嘉見くんは、鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔になった。
「はっ?」
「食べなかったら、持って帰ってきて。私が夜食べるから。唐揚げ入れといたし、髪の毛は入ってないからね。お弁当箱も嘉見くんが好きな青にしたよ。それじゃ、いってらっしゃい」
嘉見くんは、しばらくお弁当の包みを眺めて、鞄にいれた。
昨日の修ちゃんと嘉見くんのやりとりを見て思ったのだ。
強引に押せば、嘉見くんは弱いんじゃないかと。
お弁当も押しつけたら文句を言いながらも、食べてくれるんじゃないかなと。
「いってきます」
嘉見くんはドアを開け家を出た。
返ってきた「いってきます」に、私は嬉しくなった。
昼休み、私は修ちゃんのクラスに向かった。
嘉見くんがお弁当を食べてくれたか、気になったからだ。
さりげなくG組の前を通って、食べるのを見れたらと思った。
修ちゃんの隣には、嘉見くんもいて女子数人に囲まれていた。
「いつも学食なのに、なんでお弁当なの?教室で食べるなら私達も一緒にいいでしょ?」
あの子は嘉見くんが好きなんだろう。
チェックが早い。
「嫌だ。丸原と静かに食いたい」
「手作りは断ってるのに、母親のは別なんだね。よっぽど美味しいのかな?一口ちょうだい」
女子が可愛くおねだりをしたが、
「絶対やらん」
と、お弁当を守るように食べていた。
修ちゃんが嘉見は他の子にも冷たいと言っていたけど、本当なんだな。
だけど、冷たくされてもめげずに話す女子達を見かけて、嘉見くんがそれでも好きなんだなと感じた。
そして、モテる人は大変だなとしみじみ思ったのだった。
放課後、帰ろうと玄関に向かっていると、修ちゃんに呼ばれた。
「那奈、帰るのか?今日は、ご飯作るの?」
「うん、強引に言えば嘉見くん食べてくれるかなと。朝御飯は断られたけど、お弁当は食べてくれたみたいだし」
「俺が今日も行ければよかったんだけど、今日は部活あるからなぁ。で、秘密兵器を持ってきた」
「へっ?」
「晩御飯いらないと言われたら、これを使って例のあれをやれ」
私は修ちゃんが持っている秘密兵器を見ながら、本当にそれでうまくいくのかと疑問に思った。
玄関から音が聞こえて、嘉見くんが帰ってきたのがわかる。
私は玄関に行き「おかえりなさい」と言った。
嘉見くんは小さく「ただいま」と返してくれた。
「晩御飯作ったよ。一緒に食べない?」
「要らない。弁当も明日からは要らない。今日はたまたま食べたけど」
嘉見くんは、私に空のお弁当を差し出し、冷蔵庫からゼリー飲料を取り出し、部屋へ向かった。
挨拶はするようになったけど、嘉見くんとはなかなか仲良くなれないな。
壁が分厚いよ。
だけど、私はめげない。
どうしても、嘉見くんと御飯食べたい。
私は、修ちゃんからもらった秘密兵器を鞄から出して、覚悟を決めた。
「嘉見くん、嘉見くん。御飯一緒に食べようよ。早くしないと冷めちゃうよ」
嘉見くんの部屋をひたすら叩きながら、声をかけるが、出てくる気配はない。
「嘉見くん、嘉見くん」
名前を沢山読んでも反応なし。
人の部屋に勝手に入るのはどうかと思ったが、鍵はかかっていないのをいいことに、私は嘉見くんの部屋に入った。
ぎょっとする嘉見くん。
私は、恥ずかしいと思いながらも、
「今日は御飯からにする?お風呂?それとも私?」
人差し指を顎につけ、首を少し傾げてみた。
「・・・・・」
「・・・・・」
沈黙は続く。
「・・・」
「・・・」
ああ、何か言ってほしい。恥ずかしいけど、私全力で頑張ったよ。
顔がどんどん赤くなるのがわかる。
「・・・そのエプロンどうした?」
「・・・修ちゃんのお母さんのを貰いました」
「やっぱり、丸原か」
と呟き頭を抱えた。
最終兵器と貰ったエプロンは、色は白だけど、びっくりするぐらいフリルが着いていた。
本当にどこで買ったんだろうと不思議になるくらい。
修ちゃんのお母さんはこういうの好きで、沢山持っているから気にするなと貰ったけど。
私には似合わない気がして、つけるのは恥ずかしかったけど、男はこういうの好きだからと笑顔で修ちゃんに言われたら、信じることしか出来なかった。
「あのさ、そういうの恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいよ!恥ずかしかったけど、どうしても嘉見くんと御飯食べたかったんだもん。修ちゃんもこれで100%いけるって、言ってたし」
「・・・あのな、それで仮に俺がお前って、言ったらどうするつもりだったんだ?」
「あっ、それだけはないと思ってたんだ。だって、私嘉見くんの好みのタイプじゃないんでしょ?修ちゃんが始めの時言ってたもんね。それに嘉見くん優しいし」
「・・・お前、やっぱり小悪魔だな」
「へっ?」
「いや、どうしても一緒に食べたい気持ちは伝わってきたし、仕方ないから食べるか。肉はあるんだろうな?」
「うん、今日は生姜焼きにしたよ」
リビングに2人で向かいながら、明日修ちゃんにお礼を言おうと思った。
最終兵器効いたよって。