11、小悪魔とカミサマの誤解
「羽田野さん、今日の放課後暇?良かったら手伝ってほしいことあるんだけど」
「ごめんなさい。今日はちょっと無理なんだ」
クラスの女子に言われたけど、私は断った。
いや、正しくはここ数日は全部断っている。
もちろん、料理を作るためだ。
義父と暮らしていた時は、手伝ってほしいと頼まれたら、手伝っていた。
義父との料理は手抜きでいいやって思えたし。
だけど、嘉見くんとはあと2日。
美味しい料理作りたい。
昔死んだおばあちゃんが言っていたな。
料理は時間かけただけ美味しくなるよって。
嘉見くんに手抜きの料理なんて食べさせたくないし。
考えたけど、私が嘉見くんのために出来ることは、料理ぐらいしかないのだ。
掃除は通いの家政婦がしているらしいし、お掃除ロボットもあるしで、私の出番は少ししかない。
電化製品も最新式のものばかりだし、隅々まで綺麗に掃除しているプロには敵わない。
最終兵器を着てあの台詞を言わなくても、昨日嘉見くんは夕飯を食べてくれた。
「今日も美味しい御飯、ありがとう」とお礼も言ってくれた。
家にいた時は、誰もそんなこと言わなかった。
母もたまに作るが、晩御飯は私が作るのが当たり前になっていて、当たり前なりすぎているせいか、美味しいもありがとうもなかった。
言葉にして毎回感謝を言う嘉見くんは凄いと思った。
誰でも出来そうだし簡単なことだけど、なかなか出来ることじゃない。
言われると嬉しいし、また美味しいの作ろうと思う。
毎日の料理が楽しかった。
今日は鍋にした。
嘉見くんの反応が気になり、じっと見つめると
「何じっと見て。食べづらいんだけど」
「うん、初めて作ったから美味しいか自信なくて」
「意外だね。3年以上料理しているのに?」
「鍋って仲のいい人っていうか、心許した人とじゃないと美味しくないかなって勝手に私が思っているだけだけど。同じ鍋のものを箸で掴むとか、分け合うとか義父とはしたくなかったし、母が夜勤で1人の時は作ろうとは思わなかったし、私の中ではハードル高いメニューだったんだよね」
「ふーん、それなのに今日はなんで鍋にしたの?」
「私なりの感謝の気持ちを料理に込めてみたんだ。私、前に嘉見くんに助けてもらったことがあったんだ。あの時は本当にありがとう。あの日から嘉見くんは特別で、感謝の気持ちでいっぱいだよ」
「?それ、何?作り話じゃなかったの?ってか、人違いだろ?俺、羽田野を助けた覚えなんてないし」
嘉見くんは、白菜を摘まみながら何でもないように言う。
「ううん、確かに嘉見くんだよ。多分、嘉見くんにとっては大したことないことだったのかもしれないけど、嘉見くんが忘れても私が覚えてるから、いいんだ」
「・・・あのさ、そういうのなんか気持ち悪いから、いつの話か具体的に言ってくれない?」
私は箸と茶碗を机に置き話した。
「受験日に、転んで足捻挫して動けなかったのをおぶって助けてくれたんだ」
「あっ、何?あの女子って、羽田野の友達だった?」
「・・・いや、本人っていうか・・・」
「えっ、マスクして眼鏡曇ってたから顔良くわからなかったけど、あれが羽田野?って、眼鏡かけてたの?初めて知ったんだけど、普段かけてないよね?声も違ったし」
混乱する嘉見くんが見ていて面白かった。
普段あんなに冷静なのに、新鮮だ。
「あの日は風邪引いてて声はガラガラで、マスクもしなれてないせいか眼鏡は曇ってたかもだけど、私でした。眼鏡はあまり視力悪い訳じゃないから、授業中とか勉強の時にかけてるぐらいだけど、受験日は朝から勉強したから眼鏡かけたまま出たの」
「受験番号は?」
「414」
「・・・マジか。最悪だ」
嘉見くんは箸を机に置いて、頭を抱えた。
何が最悪?
私との出会いが?
私は本当にあの時嬉しくて特別な出会いだと思っていたのに、嘉見くんにとっては最悪なものだった?
確かに、私体重が軽いとはいえないかもだし、受験日なのに面倒かけたけど、同じ気持ちじゃないのが、少し悲しく感じた。
「ごめんなさい」
「・・・何が?」
「迷惑かけたし、重かったでしょ。本当に最悪だったよね私」
「違う。最悪なのは俺だよ。羽田野は何も悪くない。羽田野が話しかけて来る前から小悪魔の噂聞いて、勝手に嫌なやつって先入観持ってた」
「・・・へっ?」
「大体、羽田野だって、こっちは顔だってよくわからないのに、あんな風に話しかけてくるのが悪いんだぞ。入学してからなぜか告白ラッシュで、羽田野が話しかけてきた時、妙に馴れ馴れしくて違ったアプローチか何か?って疑ったし。変な女って思ったし」
あの時眼鏡曇って顔がわからないから、お礼は入学したらって言ったってこと?
確かに、私嘉見くんを探して見つけた時、嬉しくて舞い上がって馴れ馴れしかったかも。
「いや、羽田野は悪くない。俺が変な先入観持ってなければ。ごめん、俺が人として駄目だった」
「いやいや、馴れ馴れしく話しかけた私が悪いのかも。高校に入学出来たの嘉見くんのおかげだし、友達になりたいと勝手に思ってた」
「・・・大げさだよ。俺はたまたま通りがかっただけだよ。他にも助けてくれる人はきっといたよ」
でもあの時はそんな人はいなかった。
嘉見くんだけだったんだよ。
「ああ。だから、俺は特別なんだ。今まで結構冷たくしても何度も何度も話しかけてきたもんな」
「うん。お礼言いたかったし、嘉見くんが優しいのは最初からわかっていたから」
「別に普通だろ。それに羽田野が思うより俺そんなに優しくないよ」
「ううん、嘉見くんは優しくてカッコいいよ」
「・・・そんなキラキラした目で見られると、何かやりづらいから。特別なのはわかったから、もうこの話は終わりな」
再び鍋に箸を入れる嘉見くんの耳が赤いことに気づいたけど、それを言ったらなんとなく今の雰囲気が壊れる気がして、気づかないふりをしたのだった。




