ぼうせん! ~冒険者専門学校の愉快な人たち~
なんか思いついた。
一体どうしてこうなったのか。【波倉 伊緒】は苦悩の中にいた。
この春中学を卒業し、進学。そこまではいい、それは普通のことだ。しかし進学先が普通じゃなかった。
右に視線を走らせる。きちんと制服を着こなして……机の横にごっつい太刀のような得物を立てかけた少年。ふわふわのお嬢様風味で……背中になんかメカニカルな杖を背負った少女。巌のような顔に無表情を貼り付けて……黙々と筋トレしている巨漢。眼鏡をかけ一見知的そうに見える美人さんは……なんかヤバい色の刃物を手入れしながらうふうふ怪しい笑い声を漏らしている。
左に視線を走らせる。筋肉質で猪首で本当に猪の頭が乗ってる男子。はち切れんばかりの巨乳を窮屈そうに制服に押し込めた、角の生えている女丈夫。小柄で眼鏡をかけて禿頭の牙が生えて耳の尖っている男子。同じく小柄でもふもふとしたわんこにしか見えない多分男子。
そう、ここは亜人種も受け入れている【冒険者専門学校】。
伊緒がなぜこんな所に入学したのか。その理由は半年ほど前に遡る。
中学最後の年も半分ほど過ぎ、いよいよ高校受験に本腰を入れようとしていた伊緒は、突然魔力に目覚めた。
「ひっじょ~に珍しいことですが、全くないことではありません」
総合病院の魔導医師は検査の後そう告げた。魔力に目覚める人間は大体千人に一人くらいの割合だが、それは先祖代々から魔力持ちである場合がほとんどで、しかも小学生くらいで覚醒するのが9割9分を越える。
しかし例外はある。伊緒のように血統など関係なく突然魔力に覚醒する人間もいた。数百万人に一人くらいの確率ではあったが。
で、問題はそこではない。
「受験どうすんのよおおおおお」
唸りながら頭を抱える伊緒。魔力に目覚めた者は、魔導について学び関連技能を身につけることが義務となっている。が、先に言ったとおりほとんどの場合は親が魔力持ちであり、中学のあたりから専門の教育機関に通うものだ。(そして中学で必要な技能は習得できる)が、高校からは専門性が高くなり、それに比例して学費も高くなる。なおかつ必要な学力も高い。
伊緒はあほの子ではなかったが、いきなり専門の学問を学べるほど頭も良くなかったし、家は裕福でもない。奨学金という手もあったが、そも貰えるほどの成績なんぞあるわけがないので考慮外である。
「まさかの中学からやり直し!?」
伊緒は打ちのめされていたが、『蜘蛛の糸』はあった。
「手はあるんだけどねえ……」
相談を受けた担任は、困った顔をしながらも進路を示す。
それが冒険者専門学校である。
「冒険者専門学校には魔力の無い人間も通う関係上、魔導知識の基本的なところを教えてくれるし、自分で手続きしなきゃいけないけれど技能や資格も取れる。ただ、斬った張ったの商売が前提の学校だ。もんのすごくガラは悪いよ。……どうする?」
中学からやり直すよりはマシだった。最低でもその時はそう思った。
まあ選択肢など、無いも同然だったのだが。
確かに魔導関係の知識を学べる。学べるのだが。
彼女が放り込まれたのは汎用科。技能の方向性が定まっていない者が属する……という建前で『問題児』が集められたクラスであった。
「そりゃある意味問題児だけどさ問題児だけどさ」
納得がいかないと言うかあたしが一体何をした。机に突っ伏して世を嘆く伊緒。随分と悲観が過ぎるような気もするが。
「たたたたた、たずけでくれェ!」
悲鳴と共に誰かが教室に駆け込んでくる。ほらみろまただ。伊緒は突っ伏しながら肩を落とすという、器用な真似をしてみせる。
飛び込んできたのは猪頭――【オーク種族】の男子、【ロット・ボースボ】。彼方の国【魔王国】から冒険者になるためにわざわざ留学してきた彼は、必死の形相でクラスメイトに助けを請う。
いの一番に応えたのは、常に太刀状の得物を携えている生徒――【禅賀 大】だった。
「どうした、また余所のクラスから難癖でも付けられたか」
「ち、違うだよ。難癖というかなんか変なのがからんで来ただ」
施された翻訳魔術のせいか、ロットの言葉は微妙になまっている。それはそれとして、種族的・宗教的に絶対中立を標榜するこの国であっても、亜人種に対する隔意を持つ者はいる。ましてや海外からの留学生を多く受け入れているこの専門校だと、たまに問題が起きたりする事があった。
しかし、今回はなんか妙な空気で。
「ここがあの男のクラスか」
「うわあああ来たァ!」
ざしゃりと何者かが教室の入り口に姿を現し、悲鳴を上げたロットは大の背中に隠れようとする。
教室に足を踏み入れてきたのは、甲冑を纏った女騎士だった。
もう一度言う。甲冑を纏った女騎士だった。
「……戦士科の【ミネルバ・クルス】、だったな。うちのクラスメイトに何用か」
完全に女騎士――ミネルバの格好のことなんぞ無視して、大が言葉をかける。対してミネルバはぎろりと視線を向けた。
「ただの私用だ。貴殿には関係ない」
剣呑な態度に、しかし大は一歩も引かず。
「助けを求められた以上そうはいかん。事と次第によっては……」
ちき、と微かに鍔が鳴る。
「冒険者の流儀で問わねばならんな。いかがか?」
空気が張りつめる。一触即発の気配に、クラスが色めきだった。
緊張した教室を鎮めたのは、意外なことにミネルバであった。彼女はふん、と鼻を鳴らすと肩の力を抜いて殺気を収める。
「……貴殿と事を構えるつもりはない。私はその男に勝負を申し込みたいだけだ。なんなら立ち会ってくれても構わんぞ」
ロットはびくびくと体を縮める。彼が実は気弱だ……と言うことはない。普段はオーク種族の戦士としての誇りを持ち、その上勤勉な好人物である。戦闘実習ともなれば真っ先に矢面に立つ勇敢なタンク役だ。その彼をここまで怯えさせる『勝負』とはなんなのか。興味を持った大が問う。
「一体ロットに何の勝負を挑む気だ?」
その問いに対し、ミネルバは何も恥ずべき事はないと言った態度で――
「お●んぽだ」
堂々と宣いやがった。
『………………は?』
汎用科のほぼ全員が間の抜けた声を上げた。耳がおかしくなったのか。いま美少女の口からあり得ない言葉が飛び出したような気がしたのだが。
「お●んぽとの勝負を所望すると言った具体的にはセッ」
「言わせねえよ!?」
赤裸々というか狂った台詞を吐き出すミネルバに対し、つい身を起こしてツッコミを入れてしまう伊緒。
「な? な? この人おかしいべ!?」
「おかしいというか狂ってるな」
必死で周囲に同意を求めるロット。そして流石に動揺したのか額に一筋の汗を流す大。そんな彼らの様子など気にした様子もなく、ミネルバはなぜか語り出した。
「我がクルス家は欧州にて歴史を重ねた騎士の家系。だが勝利の栄光だけでなく敗北の汚点も数々ある。得に女性の騎士は敗北の末陵辱され誇りも尊厳も踏みにじられると言うことが多々あった」
ぐ、と拳が握りしめられる。
「ゆえにクルス家の女は発想を変えた。例え戦いに敗れても、その後に敵を性的に屈服させることで最終的な勝利を掴めると」
なんか狂ったことを言い出したぞこの女。汎用科の全員がそんな視線を向ける中、ミネルバは語り続けた。
「我々は勝ち続けた。山賊や盗賊を屈服させ、悪徳貴族を屈服させ、邪悪なる王すらも屈服させた。だが、だが足りぬ。過去の恥辱を拭い去るには足りぬと私は常に感じていた。その理由がやっと判明したのだ」
拳を掲げ、ミネルバは声高らかに宣う。
「オークだ! 遙かな昔からエルフを陵辱し姫君を陵辱し女騎士を陵辱し続けたというオークのお●んぽを屈服させる事こそが、我等の真の勝利であると! 私はそのような天啓を得た!」
「あの、それ全然無かったとは言わねえけんど、大体は欧州の宗教とか国家とかの情報戦略ちゅう部分が多いだが……聞いてねえよな」
欧州は色々とややこしい事情で亜人種排斥の動きが盛んだった時代がある。実際オークやゴブリンは粗暴ではあったが、言うほど人に害を与えていたわけではない。(人の犯罪者と同じくらいの割合である)
南方大陸に魔王国が成り立ってからは彼ら亜人種も文化レベルや倫理観が向上し、現在では人とほぼ変わらない。ミネルバの言っていることはフィクション見過ぎて拗らせているレベルの暴言と言って過言ではなかった。
「そういうことで! 私は貴様に対し正々堂々と一騎打ちを申し込む! 性的な意味で!」
「だから嫌だって言ってるべさ! なに倫理観に真っ正面から喧嘩売ってるだよ!」
「なあに天井の染みを数えていればすぐに終わるぐへへへへ」
「いやああ犯されるうううう!」
「おい光景が完全に逆転してんぞ」
よだれを垂れ流さんばかりにゲスな嗤いを浮かべる女騎士と怯えるオーク、というおかしすぎる光景に、伊緒は力無くツッコミを入れたが勿論当事者たちは聞いていない。
間に挟まれた形となっている大は深々と溜息。馬鹿馬鹿しいがこのままでは非常に迷惑だ。やはり冒険者の流儀――力業で何とかするしかあるまいと、腰を浮かせかけたところで。
「人のクラスでなにやってやがるこのどあほう」
台詞と同時にぼぐん、と重い打撃音が響き、ミネルバはあっさりと床に崩れ落ちた。
彼女の後頭部をぶん殴って一撃で沈めたのは、中肉中背の男。やぶにらみの三白眼でミネルバを見下ろすその姿はチンピラにしか見えない。
【願打 武】。ヤクザの下っ端ではなく汎用科の担任教師である。
突然現れてミネルバを殴り倒した暴力狂死もとい教師に対し、ロットはコメツキバッタのように頭を下げながら礼を言う。
「た、助かっただせんせえ! この人全然人の話聞いてくれなかっただよ」
「なんでえ。亜人種だからって難癖付けられてたのかよ。これだから欧州の差別主義者はよォ」
「いやちがくて肉体関係を強要されそうになっただ」
「なにそれこわい」
そりゃ予想外だろう。だれがオークに逆レかまそうとするか。普通に考えたら狂ってるとしか思えない。
と、そこで背後に気配を感じ、武は首から上だけで振り返った。
「で、そっちのお前さんは何用よ」
声をかけた先にいたのは。
「申し訳ございません願打教諭。当家のお嬢様がご迷惑を」
深々と頭を下げるメイドさんの姿があった。
もう一度言う。メイドさんだった。
唖然とする汎用科の学生たちをよそ目に、武は眉を寄せ言葉を放つ。
「……ああ、魔術科の【エリ・クセン】だな? こいつんとこの使用人だったのか」
「はい。皆様には申し訳なく。後ほどお嬢様にはきつく調教……いえ教育しておきますので、どうかご容赦のほどを」
深々と頭を下げるメイドさん――エリの様子に、「お、おう」としか返すことの出来ないロット以下汎用科の面々。武はぱたぱたと手を振って投げやりに言った。
「分かった分かった。とっととそれ連れて帰れ」
「ありがたく。では失礼致します」
短く応え、エリは倒れたままのミネルバの足首をむんずと掴み、そのままずるずると引きずって去っていった。それを見送った武は、何事もなかったかのように言う。
「授業始めんぞー、席に着けー」
クラスの連中は微妙に複雑な表情や疲れたような表情を見せてはいるが、得に反応することなく席に着く。
皆、慣れてきたのだ。どうにもこの専門学校、しょっちゅう変な騒ぎが起きる。そしてなぜか汎用科の面子がそれに巻き込まれるのだ。
それはいい、百万歩譲ってそれはいい。しかし伊緒がどうしても納得できないのは。
「……あんなのよりあたし問題児だと思われてるんだ……」
内心で滂沱の涙を流す伊緒。騒動起こす奇人変人よりも問題があると見られている。その事実が彼女を打ちのめしていた。
実際の所、出自とか技能とか性質とかで『扱いにくい』と判断された生徒を集めたのが汎用科なのだが、そんなところまで公表されているわけでもないし、知ったところで何の慰めにもならない。
今日もまた、波倉 伊緒はただひたすらに憂鬱であった。
※冒険者専門学校
古き時代から脈々と続く職業、冒険者を育成するための教育機関。各所に出没する魔物の討伐、点在するダンジョンの探索など、危険な業務に従事する冒険者を目指すものたちのため、様々な技術技能を教え込む。
なお冒険者とは一種の派遣事業の扱いであり、世間一般からすると社会的立場は低いと思われている。そのせいか自ら望んで冒険者になろうとするのは、よほどの事情がある者か奇人変人のみと言われている。
なんかこう、千獄のほうが行き詰まっていまして、つい思いついたものを書き出してしまいました。
現代社会ファンタジーというか、ファンタジー世界が現代クラスにまで発展した感じの世界観。しかし中身はギャグでよくありそうな展開だ。面白くはなりそうですが多分続かない。
なお登場キャラクターの名前にはある法則がありますが、気付いた人は作者のナカーマ。




