その二
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ぼくは姉や大切な友人の死を通して何かを考えている。もしくは、ただ考えているふりをしている。もしくは、姉や大切な友人の死を通して何かを考えるという行為を検討しているのかもしれない。そして、原子の粒より小さくなれないマトリョーシカのように、行き場のない困惑を抱えているのかもしれない。
❸
街のことを話したから今度は【スクール】について話すよ。それから【失われた世界】についても機会があれば話さなければならないね、ぼくにはそうする義務がある気がするから。
ぼくは【スクール】が好きだ。好きでもあるし、嫌いでもある。別にアンビバレンスな気持ちがある訳でなくって好きの反対は興味がないということだからさ。人間は、好きなものや嫌いなものについては語れるけど、興味のないものは語れない。当然想い出すこともできない。そう考えると悪口を言われるのも、1つの幸福だと考えられるよね。そう考えて、自分を慰めることができる。
【スクール】は、街の外れの森林地帯の空閑地にあるんだ。ロコロ調の建築様式でつくられたものものしい建物でね、そこで各々が必要とする勉強をしたり、様々な遊びをする。ぼくはそこで法律を習っており、民法の法定地上権の約束事を覚えるのに苦労しているんだ。遊びの時間は、子供たちに混ざり砂いじりをして時間をつぶしているよ。民法の勉強は嫌いだけど、子供たちと接する時間はとても貴重な時間だね。ぼくは純粋なものが好きだから、子供たちが大好きだ。けれどぼくは積極的に、ぼくから彼/彼女たちに働きかけることはしない。なんで?って彼/彼女らの、そういった無垢で清潔な部分が、ぼくの手垢で汚れることを恐れているからだよ。世の中には100の天使と1000のナイフがあるんだ。
【スクール】の最年長は、60代の好々爺で、みんなからは髭爺と呼ばれているよ。歳をとったヒトが自発的に卒業をせずに長いこと【スクール】にいると、大抵気狂いになってしまう。ぼくは、様々な人間が気狂いになるところをこの目でみてきた。髭爺にもその兆候らしきものが散見されている。
一番小さい子だと、6歳の兎ちゃんという女の子がいる。すこし見栄っ張りなところがあり、聞きかじったことをさも自分の考えのように話すところが、ぼくはとても可愛らしいと思っているんだ。
【スクール】でぼくは様々な経験をし、たくさんの彼/彼女たちと関係を結んだ。彼/彼女らはぼくに誠実にこころを開こうとしてくれたしね、ぼくも彼/彼女たちのために与えられるものをすべて与えようと試みたよ。でも、結局ぼくは期待に応えることはできなかったな。期待されればされるほど信頼が恐ろしくなり、自ら進んで道化を演じ軽蔑を頂戴する道を選んでしまった。彼/彼女たちは悲しい顔をしてぼくから興味をなくすと、各々の場所へ去っていった。その事実はぼくを酷く傷付けた。ヒトは傷付いたぶん優しくなれるというのは実は少し嘘で、ほんとうはね、そのぶん、過敏に、繊細になるだけだ。その繊細さが他人にもあることを知るとき、ヒトはほんとうに、傷付いたぶん強く優しいヒトになれる。ぼくはおそらく、当時も今も自分のことしか考えられていない。
てのひらには遊び終わった玩具があり、ぼくの自尊心はしっかりすり減っていた。皆はどこへ行ってしまったのだろうと途方に暮れさえしたよ。宿命染みた無力感に苛まれ、他人との関係を一連のルーチンワークと決定づけ、川の流れを見つめるようにこなしていくようになってしまった。
納得のいかないことばかりだと思う。でも、彼/彼女たちは間違いなくぼくに優しくしてくれたんだ。それは確かにかつてのぼくに対してなのかもしれない。今のぼくはすっかり臆病な人間になってしまった。達観などではなく、真剣に人生を楽しむこころをなくしてしまったんだ。
それでもね、彼/彼女たちは、間違いなくぼくに優しくしてくれたことがあったんだよ。
【スクール】から300歩ばかりのところに図書館があり、そこで働く司書さんと、ぼくは近々仲良しになりたいと考えている。