恋にしだかれて
「健司さん、私をしだいて」
直子は言った。
健司は狼狽えながら拒む。
「いや、おれには妻も子供もいるんだ。ごめん直子、きみをしだくことは出来ない。」
そう言って健司は申し訳なさそうに直子を抱く。
そして、直子の胸に手を伸ばし、紺のブレザーのボタンの隙間からYシャツ越しに直子の胸を揉み...
「!」
「ダメだダメだ!ごめん直子。おれはお前をしだけないんだ。」
「なんで!しだくかしだかないかはあなた次第じゃない!」
「絶対ダメだ。しだくのはもう完全に浮気だろ。もう止めよう直子...」
静まり返る部屋。次第に二人の影も薄く色を落としていった。部屋の隅に置いてある観賞用シダ植物はもうカピカピになっていた。
ゔぉほん、ゔぉほん
咽る音に驚く二人。山へ行っていた祖父が芝刈りから帰ってきていた。川へ行っていたはずの祖母もいつの間にか帰ってきている。祖母の顔はどこかしだかれた後のように火照りつやつやとしていた。
「おじい様!帰ってきていらっしゃったのですか!?」
「おや、直子さん。いらっしゃい。晩御飯でも一緒に食べていきんさい」
祖父はしらこい顔で言う。
「いえ!もう帰りますので」
二人はバタバタと部屋を飛び出していった。
もう、辺りは暗い。季節は春。夜空に満天の月が煌めき、街のあちこちにライトアップされた桜が咲き乱れている。直子を駅まで送る健司。街灯の端、一角のベンチでカップルがしだきあっているのが見えた。静寂が二人を火照らす。足早に通り過ぎながら、風に舞った花びらを目で追って健司は、ふと立ち止まる。
そこには満開の枝垂れ桜が咲誇っていた。