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ギロチンと首と 2/2

「おはようございます」


 翌朝、探偵は明石(あかし)の仕事場である工房を訪ねた。


「申し訳ない」奥から顔を出した明石は、「新規の注文は受けていないんだ。私ひとりでやっている工房なもので、現在抱えている仕事だけで手一杯でね」

「僕は客じゃありません」

「……?」

「探偵です」


 明石は怪訝な表情をして、眼光も鋭いものに変えた。


「探偵さんが、何の用かな」

「自首を促しに来ました」

「……何を言っているのか。忙しいので、これで失礼――」

「まだひとり残っていますよね」


 奥に引っ込みかけた明石は足を止めた。


「あなた特製の凶器は警察が押さえました。もういつものアリバイトリックは使えませんよ。それともまた一から作製しますか、ギロチンを」

「……全て知っているようだな、君は」

「ええ、ですからこうして――」

「ならば、私の気持ちも汲んでくれ。あとひとり、それで最後だ」

「どうやってアリバイをこしらえるんです?」

「あれが押収されてしまった以上、そんなことを考えても仕方がない。正面から行くよ。どうせ最後だしな」


 明石の視線は、工房の机に置いてある鋼鉄製のハンマーに向いた。


「捕まっても、どうなってもいいということですね」

「……せっかくだ、君の推理を聞かせてくれないか。大勢の容疑者の前で『さて』と言う舞台を用意してあげられなくて残念だが」

「僕はそういうのにはこだわりませんよ。それでは……」


 探偵は少しだけ笑みを浮かべてから、


「あなたは、殺害するターゲットを何らかの手段で拉致して、レンタルしていたトラックに積み込みました。その中には凶器として使うギロチンも入っています」

「スタンガンを使ったんだ。首から上を狙ってね」

「それが首を持ち去ったもうひとつの理由でもあったわけですね」

「ああ、ギロチンも、ひとりでも分割して組み立てられるような構造に作った。自分で言うのも何だが、いい出来に仕上がったと思うよ」

「腕のよい職人さんですね。惜しい」

「続けて」

「はい……あなたは殺害場所に、人の来ない、だがなるべく町から離れていない場所を選びました。アリバイトリックに関係してくるためです。あなたは現場でギロチンを組み立て、拉致した被害者を後ろ手に縛ってから台に据えて目を覚まさせると、即座に、有無を言わせず、被害者の口に一本のロープを咥えさせました。ギロチンの刃を支えているロープです。あなたは被害者が置かれている状況を説明します。現在咥えているロープが頭上にある鋭いギロチンの刃に繋がっていることを。口を開いてロープを離したが最後、落下したギロチンの刃が自分の首を切断するという寸法です。まさに命綱だ。

 そこまで説明すると、あなたはその場を立ち去ります。アリバイを作るためです。つまり、被害者がロープを咥えていられる間に、あなたは人目に付く食堂へ移動します。被害者が力尽きてロープを離したとき、すなわち被害者の首が刎ねられ絶命したその瞬間、あなたは全く別の場所にいたということになる。わざと店員と揉め事を起こし、自分を強く印象づけることも忘れません。少しでも被害者に頑張ってもらい時間を稼ぐため、もしかしたらあなたは、何分か耐えきったら助けてやる、というようなことを言っていたのかもしれませんね。人間の噛む力、咬合力(こうごうりょく)は体重とほぼ一致すると聞きます。現場に残されていたギロチンの刃の重量は約四十キロでした。成人男性であれば、数分から十分くらいは支えきれるのではないでしょうか。命が懸かっているとなると、火事場の馬鹿力的に普段以上の力を出せるかもしれませんしね。

 そして、悠々と食事を終えたあなたは現場にとんぼ返りします。そこには、とうに体力の限界を迎えて首と胴が離ればなれになった被害者が待っていました。あなたはギロチンとともに、被害者の首も回収します。もちろん血痕や髪の毛が車内に残らないよう、シートを敷き、細心の注意を持って作業に当たったことでしょう。だから、あなたが借りていたトラックをどんなに調べても、被害者の血痕のひとつ、髪の毛一本も発見できないでしょうね」

「それには絶対の自信があるよ。ちなみに、そのとき着ていた服も下着に至るまですぐに焼却処分したことは言うまでもない。それよりも、よく凶器がギロチンだと分かったね。それに、殺害方法とそれを利用したアリバイトリックも」

「ギロチンのほうは、第二の現場と、異様に鋭い切断面から推測したんです。ただ、頭部を持ち去った理由が分からなかった。その目的は、頭部というよりは被害者の口内を見られたくなかったからですね。ロープを咥えている力に限界が来て口を開いてしまう瞬間、ロープが離れる勢いで被害者の口内を傷つけたり、歯が抜けたりしてしまうから。あなたは現場に散らばった抜け歯の回収も忘れなかった。さらに、昨夜の現場で、咄嗟に逃げなければならないにも関わらず、あなたが首の他にロープも切断して持ち去ったのもそれが理由でした。ロープには、くっきりと被害者の歯形が残っていたからです。散らばった被害者の歯の回収までは無理でしたが、歯だけならば発見されたとしても、トリック解明にまでは至らない可能性もある。ですが、ロープを、正確にはロープにくっきりと残っている歯形を見られたら、あるいは付着している唾液のDNAを調べられたら、トリックは一発で露見してしまう。だから多少の危険は犯してでも、被害者が咥えていた部分のロープだけは回収せざるを得なかった」

「ご名答。いや、しかし驚いたよ。そこまで見抜くとはね。私も君らのような探偵が活躍した小説はいくつか読んだことがあるが、やはり探偵というのは大したものだね」


 明石は胸の前で数回手を打ち合わせた。探偵は少しだけ頭を下げると、


「では、僕の勝ちということでよろしいですね。自首していただけますね」

「それとこれとは別問題だ」

「明石さん……あなた、こんなことをして――」

「娘が喜ぶはずがない、と言いたいんだね。ああ、そんなこと、君に言われなくても承知しているよ」

「だったら――」

「勘違いしないでほしいのだが、私が、娘が喜ぶはずがないと思っているのは、娘がもう死んでいるからだ。死んでいるものは喜びも悲しみもしない。当たり前のことだろ」

「それでは、どうして」

「復讐というのはね、死んだもののためにやるものじゃない。生きているもの、復讐者が自分自身のためにやるものなんだ。私がこうして娘を不幸にした男どもを葬り続けているのはね、そうしないと私の気が済まないからだ。それだけのことなんだよ。

 拉致して、ギロチン台に拘束して、ロープを咥えさせ、これから自分にどんな運命が待ち受けているのかを聞かせたときの奴らの顔ったらなかったよ。私はあえて自分の正体を、犯行動機を教えなかった。あいつらは、頭の中で今まで犯してきた悪事の数々を逐一思い浮かべたことだろうね。

 君の推理は正しかったよ。私は奴らに、十分間この状態に耐えきることが出来たら助けてやる、と言った。もちろんそんなつもりは毛頭なかった。あいつらを置き去りにして、私はたっぷりと三十分は食事を楽しんだよ。もしかしたら奴らの中には、十分間ロープを咥えきった猛者もいたかもしれないね。それなのに一向に助けが来ない。どんな気持ちだったんだろうね。想像するだけで愉快だよ」


 ふふ、と明石は笑った。その笑顔が引くと探偵は、


「最後のターゲットの男の周囲には、これまで以上に徹底して警官の警護が付きますよ。もうあなたには手が出せない」

「関係ない。邪魔をするなら、警官だろうが誰彼かまわず道連れにするだけだ。無論……」と明石は机に歩み寄ってハンマーを手に取ると、「君もな」

「それは出来ませんね」

「君には体術の心得もあるということかい? 私のような素人の攻撃など、ものの数ではないと」

「違います。あなたには出来ないと言ってるんです」

「……何がだ」

「明石さん、あなたは昨夜、どうして現場から逃げ出したんですか」

「あんなところを見られたら、逃げるしかないだろう」

「別の選択もあったのではないですか」

「……何が言いたい」

「あの場合、一番手っ取り早いのは、目撃者の口を封じること、つまり、殺してしまうことです。周りにはあなたと目撃者以外、誰もいなかったんだから。そうすれば悠々と作業を再開できて、今までの犯行同様、ゆっくりとギロチンも、付近に散乱した被害者の歯まで回収することが出来たでしょう。でも、あなたは目撃者には指一本触れないまま逃走しましたね。なぜか。無辜の一般人を傷つけること、命を奪うことがあなたには出来なかったからです。世の中には、復讐のため、自分が手を掛けるのは復讐対象である極悪人だけと言いながら、犯行を目撃した全く無関係の他人までも容赦なく殺してしまう犯罪者が大勢います。でも、あなたは逃げた。殺さずに逃走した。僕の言いたいことは以上です」


 探偵は踵を返して出入り口に向いた。明石は、自分が手にした鈍く光るハンマーと、探偵の無防備な背中とに何回か視線を往復させたあと、ハンマーを一度振り上げて、ゆっくりと机の上に戻した。


「さっさと帰ってもらえるか。仕事がある」


 明石の声を背中で聞きながら、探偵は工房をあとにした。



「ついさっき、明石が自首してきた。工房には未処分の頭部があることも自白したよ。十分な証拠になるな」


 その日の夜、警部が探偵に電話を掛けてきた。そうですか、と短く答えた探偵に、


「あとな、明石が最後のターゲットとしていた男だがな、護衛に付いていた俺を鬱陶しがって因縁を付けてきたんで、公務執行妨害で逮捕してやった。まあ、そのほうが警護しやすいと思ったからわざと突っかったんだが……。で、ついでだから何か余罪があるか調べてみたんだが、これが出てくるわ出てくるわ。あれじゃあ、かなりの長期間塀の中で生活することになるな。執行猶予もつかんよ。それと、事件が起きて堂々と捜査の手を入れることができたおかげで、最低でも売春組織のほうは壊滅に追い込めそうだ。こっちとしちゃ臨時ボーナスみたいなものだったよ」


 ほくほく声で警部が言った。ここでも探偵は、そうですか、とだけ返した。


「あ、それと」と警部の声は続き、「明石が、君に礼を言っていたぞ。報告は以上だ……あ、待て、このヤマが片付いたら少しだけ暇になる。どうだ、久しぶりに飲みに行かないか。たまにはカフェインじゃなくてアルコールを摂取しようじゃないか」

「……ええ、ぜひ。もちろん警部のおごりで」


 探偵は明るい声で答え、電話の向こうからは、給料日前だぞ、という警部のぼやき声が聞こえていた。

 お楽しみいただけたでしょうか。

 冒頭に書いたように、本作のトリックは漫画『魁!!男塾』に出てきたギミックを使わせてもらっています。あまりに荒唐無稽な殺害手段のため、当初は犯人をギロチンが大好きなシリアルキラーに設定しようと思っていたのですが、本格ミステリとしては異常犯に逃げるのはあまりよろしくないなと思い直し、では、こんなに恐ろしい殺害方法を選ぶ真人間(?)とは、いったいどういうものだろう? と考え、宿怨に支配された復讐犯しかないなと、本作のプロットが決まりました。

 ところで、今回の小説を書くために久しぶりに『男塾』を読み直してみたのですが、漫画として面白いのはもちろん、「義呂珍」の他にも、ミステリに転用できそうなギミックがまだまだありました。

「日本男児の生き様は 色なし 恋なし 情けあり」『魁!!男塾』最高です。

 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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